メディアグランプリ

“あっち側”に通じる扉


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:夏目則子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
高校時代、その友人の家に初めて行ったときのことだった。友人の母親が、ソーサーとセットのティーカップ入れた紅茶と、ケーキ皿に乗せられた小さなケーキを出してくれた。そのケーキは、ショートケーキしか知らなかった私にとって初めて見るものだった。紅茶はティーポットに入れられていた。
「お紅茶、お替りしてね」
そう彼女はやさしく微笑んだ。家の中なのにきれいに化粧をして、こぎれいな普段着を着ていた。カップとソーサーはお揃いで、きれいなブルーとゴールドで縁取られていた。
 
それが、私が初めて“あっち側”の世界の存在を知ったときだった。
 
今考えると、なんてことはないことだったのかもしれない。しかし16歳の私には衝撃だった。世の中にはこんな世界があるのか、と愕然とした。
 
私の家にはいわゆるティーカップセットなるものはなかったし、もちろんケーキ皿も。喫茶店ならともかく、普通の家庭でそんなものを揃えて使うという発想がまったくなかったのだ。ケーキを食べるときは食パンに貼られているシールを集めてもらえる白いお皿を使っていて、それが我が家でもっとも洒落たお皿だった。1980年代初め、高度成長期からバブル期に向かう間のことである。地元の小学校、中学校時代の友人宅はみな私の家と似た感じだったので気づかずにきたが、高校には広範囲のエリアから生徒が集まるので、そこで初めて異質な世界の住人である友人ができたのだ。高校時代は結局、それらの友人たちを羨ましく眺めるだけで、深く関わることはなかった。
 
大学に入ると、付属中学からあがってきた友人たちのきらびやかさに圧倒された。同じ18歳なのに、違う世界を生きている。ファッションも、遊びも、会話も何もかもが、ただ凄いというしかなかった。そして自分という存在に恥ずかしい気持ちを覚えた。彼らは長期休みになると海外旅行に出かけた。親が資金を提供してくれるらしい。学費も通学の交通費も自分で稼がなければならなかった私は、ひたすらアルバイトにはげんだ。彼らの家庭では、家族の誰かの誕生日にはレストランに出掛けてお祝いをするらしかった。私の家では、ファミリーレストランに行くのがたまの贅沢だった。
 
そんな大学時代、“あっちの世界”と“こっちの世界”には大きな見えない壁があることを知った。
それでも大学生活を過ごす中で、時がバブル期を迎える景気の後押しもあって、私は少しずつではあったが、“あっちの世界”を知っていった。
 
それから就職、結婚、出産を経て引っ越してきた街で、自宅マンション周辺を娘と散歩してみると、豪邸が立ち並んでいた。我が家と道を1本隔てただけなのに、そこはとても遠くに見えた。おそらくそれらの家は買うと何億円もするだろう。
 
“こっちの世界“から”あっちの世界”を分けるのは何なんだろうか?
どうすれば“あっちの世界”に行けるのだろうか?
初めて疑問を持った瞬間だった。“あっち側の世界”とは決してお金を持っているということではない。豊かで文化的な暮らしをしていて、自分の欲しいものを手に入れている人の世界だ。 たとえ真面目に努力したとしても、現状の生活の延長にその世界がないことはわかっていた。きっとどこかに、“あっち側”に通じる扉があるに違いないと思った。そしてそれ以来、私はその扉を探すようになった。
 
その扉へは人が連れて行ってくれ、鍵を開けてくれることが大半だった。
 
娘が転園した保育園のママ友はキャリアを積んでいる人が多く、大学卒業後すぐに結婚・出産した私を、キャリアを積むという扉に導いてくれた。新しく働き始めた会社で付き合いのあった方が新しい職場を紹介してくれ、よりやりがいのある仕事をするという扉を開けてくれた。そこで可愛がってくれた先輩が、憧れだった海外での仕事につながる扉を教えてくれた。その後会社から独立したが、サラリーマンで企業が守ってくれる立場から、自分で舵を取る立場になった中で、色んな人が様々な扉を教えてくれた。独立したての頃は、それまで知り合うことのなかったような人も含めて、多様な人に出会う。時には間違った扉を開けてしまったこともあった。せっかく教えてくれた扉を、開ける鍵を見つけることができないこともあった。
 
結果として、私はまだ“あっちの世界”の扉を探している。目指している世界の扉はまだ見つかっていない。私の扉探しはまだまだ続く。生まれついて“あっちの世界”で暮らす人はそんなことを考えもしないのだろうと、ふと思うこともある。うらやましくはあるが、仕方がない。“あっちの世界”を知らない方が幸せだったかもしれないと思うこともある。でも知ってしまったのだから、それも仕方ない。新しい世界への扉を開けるごとに、また違う新しい世界が見えてくるから、私の扉探しは欲望が果てない限り、一生続くのかもしれない。“あっちの世界”への扉は、欲望という果てない海への入り口かもしれないけれど。
 
 
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2018-03-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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