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記事:海 うみ子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
あれは昼じゃない。夜だった。
その日、私の記憶で、唯一、父は泣いていた。
そんな父を遠くから眺めながら、
「大丈夫やからな」
と、叔母たちが私に言いながら、
「こんな小さい子残して、かわいそうになあ」
と、泣いていた。
気づいたら、弟までみんなにつられて泣き出していた。
 
私は、なぜみんなが泣いているのかわからない。
だって今日は、母が久しぶり家に帰ってくるのに。
そう、その日、母は亡くなった。
 
 
「おねえちゃん〜、待ってよ〜」
と、妹が呼んでいる。
「はやくしてよ、もういくで!」
と、小学生になったばかりの妹を急かした。
あの日4歳だった私は、6年生になり、妹は1年生になった。
 
母が他界して数年後、父は再婚した。2度目の結婚は、お見合い結婚だ。父のお見合いには一緒に連れて行ってもらっていた。後の母となる人に、私は
「私らのおかあさんになってくれる?」
と口説いたらしい。そのため、いまでも母は、
「お父さんと結婚したというより、あんたらと結婚したっていうのが正しいな」
と笑う。
父の再婚が決まったときは、幼い私と弟は、おかあさんがうちに来る! と大騒ぎして喜んだ。新しい母のことをすぐに「おかあさん」として受け入れた私達に、母も私達を「我が子」として愛情深く育ててくれた。
 
 
しかし、妹が入学したすぐ後に事件は起きた。
休み時間に、一人のクラスメイトが、にやにやしながら
「あんたんち、弟とはよう似てるけど、妹とは全然にてへんよなあ」
と、いう。
彼女は、我が家の事情を知っていて、敢えて、そう言っているのは一目瞭然だった。周りの友達たちも、次に私が何ていうかなと、ちょっとおもしろそうに伺っている。頭がカーっとなって、おてんばな私は、そのクラスメイトに突っかかっていった。
「だからなんやねん」
そう言って、怒った。まわりにすぐに止められたが、私は怒っていた。
涙は必死で我慢した。
家の外では泣いてはいけない。
私はかわいそうなんかじゃない。
うちの家族は、かわいそうなんかじゃない。
 
小学生の高学年にもなると、母が病気で他界してしまったことも、父が再婚したことも、妹とは腹違いの兄弟ということになるということも、理解する歳になっていたが、それは私の中では特に問題となるようなことではなかった。父も母も大好きだったし、年の離れた妹はかわいくて仕方がなかった。
同時に、自分の境遇が周りとはちょっとだけ違うということも理解し始めていた時期だった。周りに「かわいそう」と言われることが悔しかった。
だから「外で泣かない」というルールは、無責任な言葉を発する大人への小さな反抗だったのだ。
家族のことをかわいそうだなんていうことなんて、許さない。
母や、父や、妹を、幼いながらに精一杯に守ろうと戦っていた。
 
 
時がたって、私も31歳になった。
仕事に恋にと忙しく、前に実家に帰ったのはいつか思い出せない。
あれだけ家族を守るんだと奮闘していたのに、電話もかけていない。
しかし、誕生日のその日、パソコンを開くと1通のメールが届いていた。
父からだ。
はじめてのことだった。気軽な気持ちで開いてみると、
 
「誕生日おめでとう。元気にやっていますか?
あなたもおかあさんの年をこえましたね。
こちらはみんな元気ですよ。
いつも無茶なあなたですが、これからも健康に気をつけて笑顔で頑張ってください」
 
パソコンに慣れていないのがバレバレの短い文章だった。
娘が妻の年齢を超えていく。
父はどんな気持ちでこの日を迎えたのだろう。
母が他界して、戦ってきたのは私だけではなかったようだ。
父も、新しい母も、家族それぞれがみんな頑張っていたのだ。
かつては、あんなに涙は流すまいと戦っていた私は、メールを開いたカフェで一人、泣き続けていた。悲しいんじゃない。嬉しいのとも違う。
ただ、泣き終えたあとはとても晴れ晴れとした気持ちになっていた。
 
思春期には一丁前に反抗期もあったし、父や母に怒ったり、泣いたり、感謝したり、いろんな感情をぶつけながら、大きくなってきた。
弟と妹とは今でも仲良しだと思う。誰かが拗ねないようにと、母がいつも徹底してなんでも3等分してきてくれたおかげで、飲み物も小さいケーキでも、3等分するのは得意だ。
 
小さい頃から、母はよく言っていた。
「あんたは、お母さん2人もおるし、おばあちゃんなんて3人もおってええなあ。お年玉もいっぱい貰えるし。めちゃラッキーやで」
と。私も素直に「私ってラッキーやなあ」と思って育った。
そのことが、一番ラッキーだったな、と今は思う。
 
だから、かわいそうなんて呪いはもういらない。
外では泣かないルールももう必要ない。
たくさんの愛に支えられたラッキーガールは、3等分を武器に今日も笑顔を振りまいている。
 
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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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