メディアグランプリ

しんどいときほどしんどいって言うのは難しい、とは思うのだけれど。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:櫻井由美子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「しんどいなーって思うときほど、動画に撮っておくといいよ」
 
わたしが2年前に出産し初めての育児にあわてふためいていたとき、姉からかけられた言葉だ。
 
生まれたばかりの赤ちゃんには夜中もだいたい3時間おきに起きて授乳するものだ、ということは産む前からわかっていた。わかっている、つもりだった。
 
産む前になんとなく想像していたわたしの「3時間おきに授乳」のイメージは、だいたい10分くらいで授乳をして、飲んだら赤ちゃんは満足してぐっすり眠って、それからわたしも眠りについて、残りの2時間45分くらいはゆっくり休む。それからまた起きて、10分くらいで授乳して、眠って、というようなものだった。甘かった。ほんとうに甘かった。
 
実際はどうか。
夜中の1時に娘の泣き声で目を覚ます。まず授乳は10分なんかじゃぜんぜん終わらない。慣れていないわたしは1回の授乳に30分以上かかることもザラだった。なんとか30分ほどかけて飲ませたら、次はゲップ。ゲップをさせないとせっかく飲んだものを吐き出してしまうことがあるからゲップをさせてね、と産婦人科で習ったのだけれど、これがなかなか出ない。でも30分もかけてがんばって飲ませたものを吐かれたらたまらない。そう思い、抱っこしながら娘の背中をトントンしているうちに1時間が経過する。
 
そもそも夜中の授乳は、自分も赤ちゃんも布団の上で横になりながらやれば負担が少ないと聴いていた。飲ませながらそのまま自分も赤ちゃんもいつのまにか寝てしまいました、という先輩母たちの言葉を信じ、わたしもその作戦で行こうと思っていた。寝ながら出来るならぜんぜん大丈夫、そう思った。でも実際にやってみたらぜんぜんうまく出来なかった。なんだか変な姿勢でかたまってしまい身体のあちこちが痛い。娘もぐずぐず。結局は寝室から出ていつもの慣れ親しんだ居間のソファーで授乳するしかなかった。
 
やっとゲップが出た、これで眠れる、そう思って寝室に戻り娘を寝かせる。寝てくれ。頼むから寝てくれ。いくらそう願っても寝ないものは寝ない。泣いている。顔を真っ赤にしながら泣き叫んでいる。オムツを替えてみる。抱っこして、もう一度寝かせてみる。寝ない。
 
夫も起きて交替で抱っこをしながらなんとか寝かせようとするのだけれど、寝ない。飲み足りなかったのかもしれない。振り出しに戻ってもう一度飲ませてみる。少し飲ませて、ゲップをさせる。ついでにオムツも替えて、寝かせてみる。寝ない。あぁもう2時間が経つ。
 
眠たい。もうむりだ。わたしも眠いが夫も眠い。そりゃそうだ、朝から仕事に行って帰ってきての夜中の3時だ。眠たくないわけがない。仕方がない。もうわたしたちに出来ることはない。お隣さんうるさくてごめんなさい。泣き叫んだままの娘を横目に見ながら、うとうとし始める。……ハッと気づくと泣いていた娘も寝息を立てている。よかった。寝てくれた。いったい今は何時なんだろう? 時計を見ると4時。3時間が経っていた。そこから少し休んで、また娘の泣き声で目を覚ます。
 
もちろんその時々によって娘の機嫌は良かったり悪かったりしたから、毎日がこの連続ではなかったのだけれど、それでも、産後体調もまだ元には戻らない中での新生児の育児は、ただかわいいという思いだけではどうにもならないしんどさがあった。
 
2つ年上の姉は二児の母だ。わたしよりもだいぶ前に出産している。産後その姉に「しんどいよー眠たいよーうるさいよー」とぐちをこぼしたとき、姉は「そういうしんどいときほど、動画に撮っておくといいよ」と言った。
 
それまでわたしは、娘の笑顔や、すやすやと眠っているときの表情なんかをよく写真や動画に撮っていた。けれども、娘がぜんぜん寝てくれなくて夜中にギャンギャン泣いているところを動画に撮ろうなんて思ってもみなかった。そんな極限の状況で、動画なんて撮ってる余裕なんてないよ。そう思ったりもした。
 
それでもあるとき、そのギャンギャン泣いている娘を動画に撮ってみた。撮った動画を姉に見てもらった。「これは大変だったねー! よくがんばったね。ほんとおつかれさま」そう言ってもらったとき、涙が出そうだった。自分のしんどさを理解してもらえたような気がした。
 
「しんどいときこそ、動画に残しておくと良いよ」
 
姉がそう言ったのは、しんどい状態のときにはそのしんどい状況に飲み込まれて「つらい」と言えなくなってしまう、「つらい」と誰かに伝える体力や気力さえ残されていないようなそんな状況が産後にはある。でも、しんどい状況にあるということを自分から誰かに伝えない限り、それを理解してもらうことは難しい。そのことを理解していたからなんじゃないかと思う。
 
だからこそ、そのしんどい状況を動画に残し身近な誰かに見てもらうことで、自分の状況をわかってもらい、共感してもらい、そうすることで自分が救われることがあると知っていたからじゃないだろうか。
 
産後2年とちょっとが経った。子育てにおけるしんどさは時々刻々と変化していて、今はもうあの産後すぐのような夜寝られないしんどさはない。何をしても泣き止まない、なんてこともない。
 
そのかわり最近はいわゆるイヤイヤ期というものに振り回されている。
「ごはん食べる?」「たべない!」「食べないんだったらお母さん食べていい?」「たべる!」
「お風呂入ってきて」「いやだ!」「じゃあもう入らなくていいよ」「はいるー!」
「お布団かけて」「かけない!」「あぁそう、じゃあかけなくていいよ」「かけるー!」
 
すべてがこんな調子で、何をするにもこれまで以上に時間がかかる。ほんとうに面倒くさい。
 
こういうときこそ動画を、と思っても、2歳の娘はすでにカメラの存在を意識してしまって、スマホのカメラを向けるといつもどおりのイヤイヤを出してくれない。
 
こんなときこそ、書くしかないのかもしれない。そう思った。動画を撮ってそれをシェアするのと同じように、今の状況や自分の気持ちを文章にする。言葉にする。そしてそれを読んでもらうことで自分の現状を理解し、共感してもらえたら、それによって自分が救われることがあるかもしれない。現に今まさにこの文章に書いた娘のいやだいやだっぷりを見ていたら、なんだかおかしくなって笑えてきた。そうだ。書くことの効能は、誰かに共感してもらうことだけじゃない。自分の状況をすこし客観的に見ることで、自分が冷静になれる。そういう効果もあるのだと思う。
 
文章を書くことには、エネルギーがいる。ほんとうにしんどいときには、書く余力なんて残ってないよと思うこともある。それでもわたしは書きたい。しんどいときこそ、自分のために書いていこうと思う。
 
 
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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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