fbpx
メディアグランプリ

1万円札を燃やそうとポケットに突っ込んだ日


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:天満薫(ライティング・ゼミ 日曜コース)

 
 
あの日、僕は、お金を燃やさなければいけなかった。
 
「燃やなきゃ。これが唯一、最善の方法だ」
 
用意したお金をポケットに忍ばせた僕は、
“その時刻”がくるのを待っていた―――
 
2009年に、おじいちゃんを「がん」で亡くして以来、ノブ子ばあちゃんの心はみるみるうちに閉ざされていった。
 
「がん」の発覚直後からパニック状態にはなっていた。ただそれだけで済んでいれば、まだマシな状況だったかもしれない。実際におじいちゃんが亡くなり、独り身になってからは、どんどん外界との接触を避けた。家に閉じこもり、急激に社交性を失いはじめたのだ。
 
「ばあちゃんは、ホンマに口から生まれてきとるわ」
 
かつては、誰もが感心するほど(あきれるほど?)、よく喋るばあちゃんだった。親族で集まっても、男性陣や若者に負けちゃいない。ピーチクパーチク、よく舌が回った。しかも、年寄りの悪口というのだろうか、イヤミや皮肉が絶妙にうまくて、いつも思わず笑わされていたものだ。
 
そんな社交的だったノブ子ばあちゃんの面影は、いまやどこにもなかった。周りにほとんど興味を示さず、話しかけても、
「……えー?」
耳まで遠くなってしまった。追い打ちをかけるように「認知症」が一気に進んだ。
 
その年のお盆休みのこと。新幹線と車で5時間かけて、久しぶりにノブ子ばあちゃんの家に帰省した。家の庭でタバコを一服していると、ばあちゃんがすごい形相で駆け寄ってくる。
 
「あんた、何をやっとるん!? 何を考えとるん!?」
「タバコなんて、やめんさい! 今すぐやめんさい!」
 
(あ、ばあちゃん、完全におかしくなってしまった)と直感した。それまでも数年間、僕はタバコを吸っていた。ばあちゃんにとって、けっして初めて目にする光景ではないのだから。
 
わかったわかった、と言って煙を消しても、執拗に問い詰めてくる。食事中や団らん中にもその話題をぶり返して、また「喫煙」を攻撃してくる。当初はうまくかわそうとしていた僕も、異常な攻撃性が続くうちにだんだんと腹が立ち、強い言葉で言い返したり、冷たい態度をとったりするようになっていった。
 
そして1年後、またお盆に里帰りしたとき。「喫煙」というキーワードは、まだ彼女のなかに生きていた。僕を見つけるとすぐに攻撃が始まった。居心地も悪くなり、予定より早くばあちゃん家からおいとますることにして、車に乗った。すると、コンコンと、誰かが窓を叩く音がする。
 
「これ、買いなさい」
 
車のそばに立ったノブ子ばあちゃんが、ハンカチくらいの大きさの、透明なビニールの袋を車内に差し入れてきた。なかには「チラシの切り抜き」が入っている。そこには、こう書かれていた。
 
●●%が禁煙に成功!
本気で禁煙をしたい方に……
12,600円
 
どうやら、禁煙グッズのチラシ広告のようだ。袋のなかには、1万円札1枚、千円札2枚、500円玉1枚、100円玉1枚も一緒に入っていた。合計すると、チラシの商品が、ぴったり買える金額だ。
 
「ええ加減にせえ!」
 
頭に血がのぼっていた僕は、ばあちゃんの手を払いのけるように車を発進させた。
 
それから数年が経った2017年、ノブ子ばあちゃんは天に召された。
 
冷静になればすぐにわかることだが、あの頃のノブ子ばあちゃんは、おかしくなんてなかった。きっと僕を「がん」から必死に守ろうとしていたのだろう。大好きなおじいちゃんを奪っていった憎らしい「がん」から、孫を守りたいという純粋な愛情が、強烈な形になっていただけ。きっと、そうだったのだろう。
 
「自分のためを思って、言ってくれている」
当時の僕は、そう思えるほど大人になれなかった。その後、認知症が一気に進んだため、当時のわだかまりを解消できないまま、僕はばあちゃんを見送ることになった。
 
だから、ばあちゃんの葬儀の日、火葬場でどうしてもお金を燃やしたかったのだ。あの日、車の中に叩きつけられ、行き場を失ってしまった「1万2600円」を。チラシの切り抜きも、お札も、当時の姿のまま、袋に入れて保存してある。それを、ノブ子ばあちゃんの棺のなかに、手紙と一緒に入れて、伝えたかった。
 
「ばあちゃん、オレ、自力でタバコやめたよ。すげえじゃろ?」
 
天国のばあちゃんと仲直りできるとしたら、この方法だろうと思っていた。
 
いよいよ火葬の時間がやってきて、親族が、思い思いの物を棺に入れていく。僕はといえば、ポケットのなかに用意していた袋を取り出すことはなく、結局、燃やしたのは手紙だけだった。
 
だって、燃やした後でお骨を集めるときに、もし500円玉と100円玉が1枚ずつ出てきたら……いろいろ説明しないといけないし、その状況は、きっとばあちゃんだって恥ずかしいだろうから。
 
 
***

この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加いただいたお客様に書いていただいております。
「ライティング・ゼミ」のメンバーになり直近のイベントに参加していただけると、記事を寄稿していただき、WEB天狼院編集部のOKが出ればWEB天狼院の記事として掲載することができます。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜《3/18までの早期特典有り!》

天狼院書店「東京天狼院」
〒171-0022 東京都豊島区南池袋3-24-16 2F
東京天狼院への行き方詳細はこちら

天狼院書店「福岡天狼院」
〒810-0021 福岡県福岡市中央区今泉1-9-12 ハイツ三笠2階

天狼院書店「京都天狼院」2017.1.27 OPEN
〒605-0805 京都府京都市東山区博多町112-5

【天狼院書店へのお問い合わせ】

【天狼院公式Facebookページ】
天狼院公式Facebookページでは様々な情報を配信しております。下のボックス内で「いいね!」をしていただくだけでイベント情報や記事更新の情報、Facebookページオリジナルコンテンツがご覧いただけるようになります。



2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

関連記事