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下戸の使い道《プロッフェショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山田THX将治(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

 
 
全くアルコールが呑めない私は、昔から時に辛い思いをして来た。
その原因の一つは、いかにも呑めそうな外見に在る。他人よりデカいこの図体は、半端無く呑めそうに見えるらしいので余計に厄介だ。
 
若い頃から、無理にアルコールを勧められるのが嫌だった。どれ位呑めないかというと、体内にほんの少しアルコールが入ったりしたら、瞬時で意識が飛ぶ位だ。
体調が悪い時等、“オロナミンC”や“ユンケル”で十分に顔が赤らんでくる。
これはアルコールが呑めないレベルではなく、肝臓が全くアルコールを分解出来ない、一種の肝臓障害なのかもしれない。
実際、父方の伯父は同じく全くアルコールを受け付けなかったが、肝臓障害で60歳を目の前に亡くなった。確か、今の私の年齢だ。
そうなると、私も長生きできないのではないかと、何かと焦る今日この頃です。
血統的に呑めないので、周りに習慣的に酒を呑む大人が居なかった。年頃になって、イタズラで呑んだことも有ったが、体質に合わないせいか‘酒=気分が悪くなる飲み物’のイメージが定着した。ただ、酒が呑めないと大人に成ったと認めてもらえない気がして、なるべく隠すようにしていた。若い頃は。
 
今でもそうだが、夜の会合には、特に食事を伴いそうな時は、必ずと言って良い程、車で出掛ける。車を言い訳にするのが、最も簡単なアルコールを断る口実だからだ。しかも、嫌みなく差し支えなく断ることが出来る。
始めは若い頃、年長者の酌を断るのが失礼と思われる習慣から、車で来たことを口実にした。その時ばかりは、呑めそうな体躯をいじられることは厭わなかった。
そうなると、会合に呼ばれなくなることも増えてくる。都合がいい事も多いが、少々淋しくなる。
必要な会合に呼んで頂く対策として、方法を考えた。先ず、場をシラケさせない為にカラオケは真っ先にマイクを取り、会計時は計算役を面倒でも務め、どんなに遠くても御偉いさんを送って帰るという、皆から喜ばれるすべをいつしか会得出来ていたのだった。
すると、夜の会合にも呼ばれる機会が増えるから不思議だ。
 
その点、気心の知れた古くからの友人達は、私の弱点とメリットを心得ていて、深酒しそうな集まりには、必ずと言っていい程私を呼ぶようになった。勿論、私に酒を強要したりなどはしない。
私はというと、周りがだいぶ出来上がってくる頃合いを見て会計と集金をし、メンバーの自宅を考え、どのルートで送るのが最短かと思い巡らし車の席順を決めるのだ。
皆は、寝呆けていても自宅前に送り届けて貰えるのである。
一度だけ、車に乗せた4人が誰も寝ず、大声で同じ話を何度も繰り返すので、
「手前ぇーら!うるせぇー!静かにしろーぃ!!」
と、怒鳴ったことが有ったっけ。
でも、酒宴で下戸が出来る、下戸が役に立つこと等、せいぜいこれ位しかないから仕方が無いだろう。
しかしこれも、決して嫌なことはない。
全く呑めない私を、気兼ねなく誘ってくれる友人の存在を、今では有り難いと思っている。この歳になっても、友人に困ることは無いからだ。
ただ次の日の、車に籠った酒臭さには少々幻滅するが……
仕方が無い。下戸の使い道など、余り無いのだから。
 
下戸の私には、もう一つ特技がある。当時まだ少なかった若い頃から、“その手”の男性に好まれてしまうことが多かった。保身の為必然的に“その手”の女装を素早く嗅ぎ分けられるようになったのだ。こけだって、もしかしたら、いつもシラフで居られる下戸の使い道の一つかも知れない。
 
こんなことが有った。
学生の時、建て替え前の‘池袋文芸坐’で土曜日の晩から日曜日の早朝に掛けて、映画のオールナイト上映会に、友人の杉山と二人で参加していた。終映後外へ出ると、まだ暗かった記憶が有るので冬のことだった筈だ。
もう始発の時間が近付いていたので、駅へと急ごうとしたら、映画館前の暗がりに居た、二人連れの酔っぱらった‘オカマ’に絡まれたのだ。腕を掴まれたことを発端に、路上で大立ち回りをすることになってしまったのだ。
「あら、良い男!」
野太い声がした途端、オカマに腕を絡められた。
断っておくが、私に“その手”の趣味は無い。当然の様に、その腕を振り解いた。
「無視すんじゃ無ぇーよ!」
素の男の声に帰ったオカマは、後ろから私に飛び掛かって来た。私は武道に多少の心得が有り、こちらも二人なので大丈夫かと瞬時に思ったが、頼みの杉山はどこかに消えていた。奴は元々、気が優しく大人しい男だ。‘さもありなん’等と考えている余裕は無い。二人を相手にしなくてはならなくなったからだ。しかも、女装はしていても相手は元々男だ。酔っぱらい二人を投げ飛ばすのに、かなり苦労してしまった。
オカマの片方に柔道技の‘体落とし’を決めた頃、杉山が、池袋駅前の交番から警察官を連れて駆け付けてくれた。その場を警察官に任せることが出来た。
やはり、杉山は良い奴だ。
一緒に戦ってくれれば、もっといい奴だったが。
 
こんなことも有った。
バブル末期、私は仲間3人に誘われ六本木のディスコ(今のクラブ)のVIP席に行った。大野、小谷、そして杉山というメンバーだった。全員、中高一貫の男子校で6年間机を並べていた仲だ。気心は知れている。特に、大野と小谷は中学二年生の夏休みに、苦労を共にして新聞社の懸賞に応募した仲間だ。
そんな30歳をちょっと越えた位の、むさくるしい男の集団が、何故シャレたディスコに行ったのかは明白だ。目的は当然、女性と知り合う為である。
お金の掛かるVIP席に着いたのは、誰かの交際費で払うことになっていた筈だった。そんな時代だった。自腹を切らない安心感か、はたまた私が居ることで帰りのタクシーの心配をしなくて済むと思ったのか、友人達は入店早々しこたま呑み始めた。当時は、夜の六本木でタクシーを拾うことは至難の業だったからだ。
私はというと、その頃は既に一般的になっていた烏龍茶を飲みながら、キザにシガー(葉巻)を燻らしていた。
出来上がり始めている友人を横目に、
“いい女、来てないかな。しかも、4人連れで”
なんて考えながら、私はぼんやりフロアーを眺めていた。
 
一本目のシガーを吸い終わる前に、友人の中でもっとも出来上がった小谷が、
「下(フロアー)に行ってくるわ」
と言い残し、部屋を出て行った。何故か嫌な予感がした。小谷は出来上がると、自分の好みを後回しにして、誰かれ構わず女性に声を掛ける悪い癖が有った。
もう一人の出来上がり始めた大野が、後を追って行った。
15分程して、二人はまあまあ美形な長身の女性を2名連れて、VIPルームに戻って来た。
色気のない集団に、女性が加わったので座は一気に盛り上がった。女性たちもそれぞれ、好きな飲み物を注文(どうせ払いはこちらだ)し、楽しそうに会話に加わってきた。
「こりゃ、今夜は一番温厚な杉山を連れて帰り、出来上がっている大野と小谷は残して帰れるな」
などと、私は勝手に考えていた。
 
その時私は、大野と小谷が連れてきた美女を何気に見ていて‘ピン’ときた。
妙にデカい足と、手の幅の広さを見て、この美女は間違いなく“男”だと思った。
「葉巻買ってくる」と言い残し、席を後にしようとした。
小谷が「ボーイに頼めばいいジャン」と言ってきたが、放っておいた。
急を要するのだ!
当然シラフの私は、いかにして事を大事にせず(当時のディスコはすぐに出禁になる)3人を救出するかを、考えあぐねていた。
 
まず私は、友人達に知られない様に会計を済ませた。ビックリするような値段を提示された。その当時には一般的になりつつあったクレジットカードで会計を済ませた。六桁に達しようかという現金は、いくらバブル期でも早々は持ち歩かなかったものだ。そして、小谷が勤務する総合商社の名前を、所属部署まで含めて宛名に書き入れてもらった領収書を、忘れずに受け取った。
慌てて店の外に出て、公衆電話(携帯が出てくるのはもう少し後)からディスコに電話を掛け、最も酔ってなさそうな杉山を呼び出した。
「オイ!あの二人はゲイだ。会計は済ませたから、大野と小谷を連れ出して来い。車回しておくから」と告げた。
「エッ!マジ!!」と杉山は驚いていた。
「俺はシラフだ。間違い無い!何でもいいから、俺の言った通りにしろ!」と電話口で叫んだ。
「分かった。何とかしてみる」と杉山は不安げに答えて来た。
温厚な杉山には、若干不安が残ったが他に手が無いので仕方が無い。

私は近くに停めてあった愛車を、店の前まで回し20分程待ったが、3人が出て来る気配はなかった。ジレた私はもう一度、杉山を電話で呼び出した。
「何やってんだ!早くしろよ!」語彙が荒くなった。
杉山は「小谷が言う事聞かないんだよ。お前が勝手に帰れって」と言って来た。
困った私は、
「しょうがないから、大野のカノジョに外でバッタリ遭ったってことにしろ!」と言った。
この当時、大野が付き合っていたカノジョというのが、とんでもなく怖い女性だった。それまで数々の浮名を流した大野が、付き合いだした途端に急に大人しくなった程だった。
 
程無く出て来た機嫌の悪い3人を車に押し込み、一路、大野のマンションに向かった。道中、夢の途中で無理矢理覚めさせられた小谷と大野は、散々文句を言っていた。
しかし、私のお蔭で、その後も同じ店には無事に入店することが出来たので、感謝されても良い位だと思ったりしていたが。
酔っぱらいを相手にしても仕方が無いので、私は意に介さないよう努めた。
酩酊した奴を、本気で相手にしない。これ、“下戸のたしなみ”だ。
 
後年、友人の大野はその怖いカノジョと結婚した。
披露宴当日、私は誤って乾杯のシャンパンを一口呑んでしまった。
動悸が激しくなり、気分が悪くなってきた。顔も赤くなっていたのだろう。
周りの友人が、心配そうに見ていた。多分、帰りの車が無くなるのを心配してのことだろう。
結婚式のスピーチをよく頼まれるのは、下戸にはよくある。酔っぱらって余計なことを話さないからだ。私は、人前で滅多に上がらないことも有って、結婚式に出るたびごとに、スピーチや司会を頼まれた。
勿論、新婦側に両親や親戚が、顔をしかめる様なエピソードはたとえ有っても話さなかった。これ、“下戸の常識”だ。
 
そうこうしている内に、大野の結婚式での友人代表スピーチの順番が私に回って来た。
隣席の小谷が、私の耳元で
「オイ!間違ってもあの日の事を喋るなよ!」
と言ってきた。私は、親指を立てて応えた。
そして、披露宴直前の杉山の言葉も思い出した。
「山田、いつもシラフのお前を、俺は尊敬しているよ」
何の意味かその時は不明だったが、小谷の必死な表情を見てその意味が分かった。一瞬見た大野も、私にちょっとだけ不安を含んだ視線をよこしていた。
酒呑みに対し、言葉を使わずに‘プチ’な意地悪をしてみる。これ、“下戸の楽しみ”だ。
 
それで、どうしたかって?
当然、無事にスピーチしましたよ。
大野は、今でも無事結婚生活を続けてますよ。奥方そっくりの美人な娘さんは、奥方そっくりに大野を怖がらせてますよ。
小谷は、私に結婚式のスピーチをさせませんでした。なんと、司会をさせたのです。こうすれば、余計なことを話さないだろうとの、酒呑みならではの知恵を使ったのでしょう。
そして一番温厚な杉山は、小谷や大野の結婚披露宴の様子を見て懲りたのか、“事実婚”のまま入籍せずに奥さんと暮らしてますよ。
 
こんな、一滴も呑めない私を仲間に持って、友人達は苦労したかもしれない。
でも、その御蔭で私は色々と特技を持つことが出来た。
下戸な私を下手に邪険にせず、上手に使い倒す上戸な友人達に、感謝する次第です。
 
 
*この話は、殆ど実話です。よって、友人達は仮名です。
 
 
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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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