メディアグランプリ

人生の曲がり角には湯気が立っている


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ノリ(ライティング・ゼミ 特講)

 
 
そのころ、わたしは、多分、「しあわせ」、という名前のもとにいたんだと思ってた。思って、信じていた。信じて、疑わなかった。
 
いろんなアルバイトを転々とするフリーター生活も四年が過ぎようとしていた。5年目、には、突入したくない。月々の家賃を稼ぐことが第一の自分に2年に一度やってくるアパートの更新料は、あまりにも現実的でない金額だった。2年前は、バイトを3つ掛け持ちしていたから、なんとか支払えたものの、今のわたしには、そこまでの余裕はなかった。かといって、これからバイトを増やしたところで、間に合いはしない。どこか、他人事のように諦めていた。
 
「そろそろこっちに住む?」
 
だから、遠距離恋愛を5年ほど続けてきた彼からそう言われた時、うれしいのと同時に、「しめしめ」、という気持ちだった。好きな彼とやっと結婚できる気持ちに嘘はない。けれど、これで更新料を払わなくて済む! やったあ!
わたしは実にいろんな意味で、ガッツポーズをしていた。
 
それからは毎日がきらきらした。
幸い住むところは、彼の就職先がマンションを用意してくれていた。わたしの一人暮らしの部屋よりも、彼の下宿していた四畳半よりもずっと広く、キッチンも充実していて、風呂トイレも別。二人で住むには十分すぎる設備だった。
 
「わー! きれいだね!」
婚約指輪、と呼ぶにはあまりにも安かったけれど、それらしきものは買ってもらった。銀座のデパートにいって、手頃な指輪を買ってもらったのだった。
友人たちはそんなものでも褒めてくれた。
そして、彼の就職する京都に行くことになっていたわたしの送別会も開いてくれた。友人たちは喜んでくれたし、彼とは毎日のように、一緒に暮らした後のことを電話した。
28のわたしには、これがいわゆる「幸せ」なんだな、そんな風に思えていた。
思えていたのだ。あの日が来るまでは。
 
それはあるバイト終わりの夕方だった。
その日は、正しくはその日「も」、夕食の支度をするのが面倒なわたしは、ローソンで一つ50円のコロッケを買って帰った。お米を炊いて、キャベツもなしに食べる。ケチャップをつけて食べる。おかずはコロッケだけだ。
 
それはそんなに特別に貧しい献立、でもなかったし、逆に特別贅沢な夕食、というのでもなかった。気が向いたときに、最寄りのローソンで買ってくる、いるものコロッケだったのだ。
 
わたしは、かすかな牛肉の味と、じゃかいもの味、それからケチャップの味をもぐもぐ、もぐもぐ堪能していた。
「ゲフ!」
すると、どうしたのだろう。急に苦しくなって、わたしはコロッケを喉に詰まらせて咳をした。
気がつくと、わたしは泣いていた。びっくりした。
鼻水を流して泣いていた。
 
コロッケのせいだろうか、いや違う。コロッケはいつもと変わらない、美味しさだ。じゃあなんだろう。なんで、泣いているんだろう。
カーテンを閉めない小さな一人暮らしの部屋に、西日が差し込んでいた。
わたしの質素な夕飯を置いた小さなテーブルには、向かいの席が空いている。
そうして思った。
 
「さびしい」
 
すぐに電話した。
「あ、もしもし」
「はい、どした?」
「なんか、今、ごはん食べてたらなんか、一人で寂しくなって……」
「早くこっち来なさい」
「うん、そうする」
電話の相手は、結婚を控えた彼氏……、ではなく、実家の母親だった。
 
わたしは更新料を払わずに、春には彼の家に行くはずが、なぜか、一度、実家に帰ることにしたのだった。
「それがね、実家から嫁に出したいって親が言うからさ」
不思議に思う友人たちには、そんな言い訳をしていた。
友人たちもそれを信じて、疑わなかった。少なくともわたしにはそう見えていた。
 
「やっぱりちゃんとやりたいんだよね、一応、長女だから」
「じゃあ、決めてから電話してくれる?」
「え! なんで、一緒に決めないの?」
「勝手に親と決めればいいだろう?」
それから実家に帰ったわたしと彼は、毎晩電話で連絡を取り合った。
結婚式のことで毎晩もめた。
長女だからと両親のためにも結婚式をしたいわたしと、結婚式にお金をかける価値を見出せない彼と、話がまとまることはなかった。
そうこうするうちに、距離も手伝って、どちらかというのでもなく、彼とは別れた。
と思ったら、彼はすぐ別の女性と結婚した。
むしろ最後の方は、二股だったのではないか。という疑惑も残しながら。
彼は単に、結婚がしたかったのだと思った。
 
「結婚する前でよかったよ!」
「そうだよ、結婚したら苦労してたかもしれないよ!」
「うんうん、ほんとひどい! 呪ってやる!」
この間までおめでとうと言ってくれていた友人たちは、一斉に彼の悪口を言い、わたしを慰めてくれた。やっぱりうれしかった。
それからフリーター生活を、思わぬ形で辞めることになってしまったわたしは、人生を大きく変えた。
 
今でこそ、結婚しなくてよかったな、とは思うけれど、結婚してたらしてたでどうなったのかはわからない。
 
「このままじゃまずいよ!」
人生の岐路でそんなアドバイスをくれるのは親友だけではない。信頼のできる先輩や両親だけでもない。なぜか、いつも食べている一個50円のコロッケが教えてくれることだってある。
少なくともわたしは、コロッケを食べた時の涙が、その後の人生を変えてしまった。そうしてその涙と「さびしい」という気持ちに従った結果、出会ったたくさんのことがあった。
 
自分の人生を振り返ると、その大きな曲がり角に、ご飯の上に乗った、薄っぺらい、なんの変哲もないコロッケが、ほかほか、湯気を立てているのである。
 
 
***

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2018-03-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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