プロフェッショナル・ゼミ

「かわいい」を受け入れたら幸せの種は大きく育つ《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:べるる(プロフェッショナルゼミ)

「おーい、メガネザル!」
男の子たちはにやにやしながら、そう言った。私はえ? と思ったまま固まっていると、
「お前のことだよ、メガネザル!!」
小学校のクラスメイトの男の子2人は、そう言いながらケタケタと笑って、走りさった。

男の子たちが投げた言葉の意味が、私には分からなかった。2人が立ち去ってからようやく、私がメガネをかけているからあの子達は「メガネザル」と言ったんだと気付く。人は本当に悲しい言葉を言われると、無になるんだなと思った。私は口をぎゅっと結んで、悲しい気持ちが自分の中に広がっていくことに耐えた。大丈夫、なんてことない。そう慰めてみても、悲しかった。

私は4歳の頃に先天性の遠視と乱視と診断され、ケントデリカットのような牛乳瓶の底のようなメガネをかけさせられた。今のようにおしゃれなフレームもなかったので、飴色のめちゃくちゃダサいメガネだった。度も強かったのでレンズも極厚で重く、ずりおちるメガネをずり上げながらかけていた。
「何でメガネをかけているの?」と言われることはよくあった。それだけではなく「だっせー」とか「真面目ぶってる」とか良く分からないことも言われたこともあった。でも、正義感の強い友達が「ださいって言う奴がださいんだよ!」と言い返してくれたり、親も先生も「気にしなくていいよ」と言ってくれていたので、私は特に気にすることはなかった。

だけど、メガネザルと言われたことは、ショックだった。メガネザルって動物だよね? すごい悪口だよね? しかも私は女の子なのに……。
メガネをかけているのは、私のせいじゃないのに。ゲームのやりすぎや、漫画の読みすぎで目が悪くなった訳じゃない。生まれつきで、私にはどうすることも出来ないのに。かけたくてかけている訳じゃない。かけなかったら生活できないから、かけているのだ。それなのに、そんなひどいこと言うなんて。でも、メガネをかけているのは、真実だ。だったら、仕方ないのかな。ひどいことを言われても。

「視力検査の結果が悪くて、メガネをかけることになったんだよね」
ある日、友達のミカちゃんが、私に打ち明けてくれた。ミカちゃんは、かわいくて勉強も出来て運動も出来るというすごい子だった。みんながミカちゃんには一目置いていた。「メガネってちょっと憧れていたんだよね。たまちゃん(私)と一緒だね!」と、私に笑いかけてくれた。メガネに憧れてるって、ミカちゃんて変わってるなぁ。メガネをかけてても、いいことなんて何もないのにな。でも……と、ワクワクしているミカちゃんを見ながら、私には悪い感情が湧いてきてしまった。ミカちゃんがメガネをかけたら、あいつらもミカちゃんのことを「メガネザル!」って言うんだよね。そしたら「メガネザル」って言われるのが、私だけじゃなくなる。メガネザルと言われることは悲しかったけれど、ミカちゃんも一緒なら耐えられるかもしれない。ミカちゃんには申し訳ないけれど、私には少しだけ希望がわいた。

だけど、ミカちゃんがメガネザルって言われる日は来なかった。

ミカちゃんがメガネをかけた日、あいつらは「ミカちゃんはメガネなんてかけてません」という風な、よそよそしい態度だった。あいつらだけじゃない。クラスの誰もがミカちゃんのメガネのことに触れなかった。

私はその光景を見て、メガネをかけても「メガネザル」と言われる人と言われない人がいるということを知った。ミカちゃんみたいな人だったら、メガネザルって言われないんだ。私がメガネザルって言われるのは、メガネをかけているからだけじゃない。私がメガネをかけているから、メガネザルって言われるだ……。

それから私は「どうせ私なんて何をしたってメガネザルなんだ」と思うようになった。そう思ってしまったら、出来なかった勉強も運動も更に出来なくなって、どんどんどんどん何もかもがうまく行かなくなった。どうせ私なんて。どうせ私なんてと思ってばかりだった。自分はメガネザルという枠から一生出られないと思った。
私はまだ小学生だったけれど、私は何をしてもダメだし、結婚も出来ないだろうから、ひっそりと生きていこうと決めた。

「メガネやめてコンタクトにしようよ。そんな野暮ったいメガネなんてやめようよ! そんでね、髪の毛もこうしたらいいよー!」
中学校に入ると、おしゃれな友達にそう薦められた。中学生になると急におしゃれに目覚める子も増えた。髪型やスカートの丈や靴下の長さにこだわったり、可愛い服を買いに東京まで行ったり。
でも、私はメガネをかけ続けた。私がメガネをやめてコンタクトにしたところで、何が変わると言うのだろうか? メガネザルのくせにコンタクトにしてる! なんて言われるのは絶対に嫌だ。私は相変わらず「メガネザル」という枠に納まっていた。中学生になってから「メガネザル!」と誰かに言われたことはない。それなのに、私は「メガネザル」という枠から逃れられなかった。

「私はコンタクトだよー。中学まではメガネだったけどね」
高校生になると、友達から実はコンタクトなんだよねって言われることも増えた。メガネをかけているって別に特別なことじゃないのかも……? と思えてきたけれど、私はなかなかメガネザルという枠から抜け出せなかった。
高校には色々な人がいた。中学生の頃に太っていたけれど、ダイエットしてめちゃくちゃ細くなった子や、スポーツで優秀だったのに練習が辛くてグレた子。そんな中にいると、もしかして、人って変われるのだろうか? と少しずつ自分の気持ちも変わってきた。メガネザルという自分を、もしかしたら変えられるのだろうか? と。

高校2年生になって、友達がコンタクトにするというタイミングで、私もコンタクトにしてみようかな……と思った。中学生の頃は友達に薦められても頑なに拒んで来たけれど、今だったら、出来るかもしれない、と。

初めて学校にコンタクトをしていく時は、すこしそわそわした。何て言われるだろう、と少し心配だった。だけど「コンタクトにしたんだー」という反応程度で、傷つくようなことは何も言われなかった。メガネザルのくせにって言われないか、少しだけ怖かった。だけど大丈夫だった。

ほっとしていると、
「たまちゃん!!! メガネは? メガネはどうしたの? 忘れてるよ!!!」と、クラスメイトの佐竹くんが大きな声で私に話しかけながら歩いてくる。
「コンタクトにしたから、メガネはないんだよ」と答えると「ええええーーー! たまちゃんコンタクトにしたの?」と大きな声で驚いた。そんなに驚くことかな? と思っていると「そっちのほうがいいよ! かわいいよ」と言う。

何を言われたのか、分からなかった。

佐竹くんが言った言葉の意味が分からなくて「うん、そうだね」とよく分からない返事をしてしまった。

でも、次の日も佐竹くんは「たまちゃん、おはよう。かわいいね」と言ってきた。

……かわいいって言ってる? 
何で? 何が?
佐竹くんは私に「かわいい」と言っている。
何でかさっぱり分からないが、佐竹くんは、私をかわいいと言っているらしい。

佐竹くんとは、1年の時から同じクラスだった。野球部だからか礼儀正しく、明るくて人懐こい人だ。半年前ぐらい前に、1学年下の女の子と付き合い始めた。のろけ話や悩みを「たまちゃん、聞いてくれる?」と私の席の近くのイスに座り話していく。佐竹くんの彼女はかわいらしい。だから、佐竹くんの視力が悪いとか、極端に変な顔が好きという訳ではないと思う。それなのに、なぜ?

メガネを取ったら美少女だった! なんていうのはマンガの世界だけの話だ。現実は、メガネをとった勉三さんの目が“3”のように、メガネをかけても外しても、顔なんて変わらないのだ。

それからも、佐竹くんは顔を合わせるたびに「かわいいね」と言ってきた。
ある時は、私をじっと見つめて「たまちゃんて、本当にかわいいよね」と言ってきた。「……はぁ……?」と、佐竹くんを引き気味に見ているが、佐竹くんは目をそらさない。それを見ていた佐竹くんの友達の紺野くんが「……お前ら、何やってんの?」と言ってきた。
「……さぁ?」と私は首をかしげた。
「ま、でも、たまこはメガネとってから、よくなったけどさ……」と紺野くんは言った。
「……」に隠されている言葉は「よくなったけどかわいくはない」だと、私は感じ取った。

そんなのは誰よりも私がわかっている。
私は目が悪いけれど、視力自体は悪くない。右は1.2、左は0.6ある。だから、鏡に映る自分の顔はちゃんと見える。メガネをかけていない時も、コンタクトにした時も、私の顔は同じだ。何も変わっていない。勉三さんは勉三さんなのだ。そもそも、私が可愛かったら「メガネザル」なんて言われていないのだ。佐竹くんはきっと私の反応を見ておもしろがっているのだ。気にしないでおこう。紺野くんの言葉が、何よりもそれを示している。

なのに、佐竹くんは会う度に「かわいいね」と言ってきた。
「たまちゃん、本当にかわいいね。駅歩いてたらナンパされない?」
されるわけがない。本当に何を言っているのか!? と、心底驚くような発言もあった。
でも、毎日毎日「かわいいね」と言われ続けていると、私もだんだんおかしくなってきた。
私って、そんなに悪くないのかもしれない……? と思い始めたのだ。

私はずっと、メガネザルだと思っていた。メガネザルなのは、メガネのせいだけじゃない。私だからだ。私は何をしても上手く出来ない。劣等感を抱かないぐらい得意なものもないし、友達づきあいだって上手く出来ない。私は元からダメなのだ。何もかもが。

そんな私が今、人生で初めて「かわいい」という誉め言葉を沢山もらっている。
佐竹くんにとっては、何の意味もないことかもしれない。からかっているだけかもしれない。でも、私にとってこんなにも毎日誉めてもらうことは、初めての体験だった。

メガネザルの私が「かわいい」って言われるなんて、ありえない。
でも、もしかしたら「かわいい」と言ってくれる人もいるのかもしれない。そんな人も、もしかしたら存在するのかもしれない。

私の心は佐竹くんが「かわいいね」という度に振り子のように大きく揺れ動いた。
いやいや、そんなはずはない、私はメガネザルなんだと、思う自分。でも、もしかしたら、かわいいって言ってくれる人もいるのかもしれない……と思う自分……。

ある日、私は思い切った。自分を「かわいいと言われる自分」というお皿に乗せてみようと思い立ったのだ……! メガネザルという枠を飛び出して。
最初はこわごわと、本当におそるおそるだった。こんなお皿に自分を乗せても大丈夫だろうか? 怖い。怖い。と思っていた。だけど、誰も何も言わなかった。私は少しずつ心を穏やかにし、手を伸ばし、足を伸ばし、お皿の中で自分の領土を広げていった。それでも誰も何も言わなかった。「メガネザルのくせに!」という言葉は私の中に入ってこなかった。

「たまちゃん、かわいいね」という佐竹くんの言葉に、戸惑いながらも「ありがとう」と言えるようになった。佐竹くんは、にっと笑った。
あぁ、そっか。佐竹くんの「かわいい」は「かわいい」なんだ。
たまちゃん、かわいいねって、本当に言ってくれていたんだ……。

小学生の頃、結婚も出来ないだろうからひっそりと生きていこうと決めた女の子は、今、夫と2人の子どもに囲まれにぎやかな生活を送っている。
振り返ってみて、自分の人生が大きく変わる分岐点になったのは、高校生の出来事だったなと思う。
それは、佐竹くんが沢山「かわいいね」と言ってくれたことではない。

自分自身を見る目を、大きく変えられたからだ、と思っている。

「かわいい」なんて言われるはずないし! と卑下し続ける事だって出来た。それでも、私は揺れながらも、怖がりながらも、自分がずっと居続けた「メガネザル」という枠を捨て、新しいお皿に移ることが出来た。
思えばメガネザルって言ってきたのは、2人だけだった。当たり前だけれど、みんながそう思っているわけではない。それなのに、自分自身を見る目すら、メガネザルになってしまっていた。
時間はすごくかかってしまった。それでも、私が自分自身をメガネザルだと思うことを、やめられたのだ。

コンプレックスや劣等感というものは、立ち向かうことでしか壊せないんだと、知った。と同時に、立ち向かった時には自信となり、自分に根付くものなのだということも知ることが出来た。
私はもう自分をメガネザルだと卑下することはなくなった。誰かに見た目のことを言われても、傷つくこともない。それは、自分自身をメガネザルだと思っていないからだ。

自分は自分だ。だから、何を言われても大丈夫。
そう自分自身のことを思えるから。

コンプレックスや劣等感は、自分が作り出した幻想なのかもしれない。でも、本当の正体は「幸せの種」なのではないかと思う。
立ち向かって壊すことで発芽し、自分の中に大きく根を張り、自信という名の大きな樹を育てる種なのかもしれない、と。

そう思うと、自分の中にあるまだまだ残る劣等感に対して、ワクワクしてきた。私はもっと自分を好きになれる。私の中には自信という名の樹を育てる種が、まだ沢山あるのだ。

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