プロフェッショナル・ゼミ

大人の国は怖い国《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

僕は子供の頃、よく怒られていた。
例えば、小学校の窓ガラスを割ってしまった時も、先生からこっぴどく叱られた。親まで学校に呼ばれて、親と一緒に先生に怒られ、家に帰ってからは親に怒られた。
「なんでそんなことをしたんだ!」
先生も親もこう言う。なんでもなにも、友達とふざけ合っていたら、たまたま割れてしまっただけなのに。
「今度から、気をつけるように!」
先生も親も、決まり文句のようにそう言った。

ルールを守らなければいけない。
僕は子供の頃、よくこう言われていた。
物を盗んではいけません。人を騙してはいけません。人を殺してはいけません。
ニュースを見て、何か悪さをした人が映っていた時、親は僕にこう言った。
「ほら、悪い事をしたら、ああやって顔と名前がテレビに映ってしまうんだよ」と。
僕も、ニュースに自分の名前と顔が映るのは嫌だった。しかも、悪人として。だから僕は、親のいいつけも守った。ルールを守っていれば、怒られることはないし、テレビに顔が映ることも無い。
僕は、ルールをきちんと守っている子供になった。
学校の友人が、お店で万引きをしたことがあった。けれども、僕はそれに加担しなかった。なぜなら、それはルールに反しているから。ルールに反しているということは、良くないことだから。
学校でいじめが発生したこともあったが、僕はそれに加担しなかった。なぜなら、それは悪い事だから。
そうやって、自分の中で良い事と悪い事を分別しているうちに、僕の中での正義感が確立してきた。一体、どういうことが良い事で、反対に何が悪い事なのか、自分でも分かるようになっていた。

世の中には、ルールという絶対に破ってはならない法則のようなものがあって、それを破ってしまったら、テレビに映ってしまうか、何かしらの罰を受けることになってしまう。そういうことが、僕にも何となく分かってきた。

そんなある日、僕は小学校の職員室に行く機会があった。
小学生である僕にとって、職員室というのは、何だか入りづらい所であった。室内の空気が何だかピリピリしているような気がした。
けれども、時間帯は夕方で、もう6時になろうとしていた。職員室の中も、人がほとんどいなかった。そのせいか、いつものピリピリとした空気が、少しだけ緩和されているような気がした。
僕は、担任の先生に用事があったのだ。ちょっと部活動をしていたせいで、時間帯が遅くなってしまったのだ。
「コンコン」
僕は職員室のドアをノックした。中から返事は無い。職員室の中は見えるようになっていて、電気すらついていない。窓から、西日が射しこんでいるだけである。
「誰もいないのかな……」
もう1度ノックをしてみる。けれども、返事は無かった。
「失礼します……」
僕は職員室の扉をゆっくりと開けた。中に入ると、物音1つしなかった。
「いないのかな……」
職員室には人の気配がしなかった。それにしても、なんで職員室には鍵がかかっていなかったのだろう。
「教室を最後に出る時は、カギを締めて行くように!」
僕は先生から、毎度のようにこう言われていた。だから、職員室でも同じことが行われていると思ったのだ。職員室も、最後に出る人がカギを締めることになっていると。
けれども、先生だって忘れる事くらいあるだろう。僕はそれに関しては大して気にしなかった。

職員室に誰もいないことを、僕は確信した。
「また明日来ようかな……」
そう心の中で呟いて、帰ろうとした。
その時、かすかに物音がしたのだ。
何か、布が擦れるような音がしていた。シュッシュッという音だ。僕は、それが何の音なのか、分からなかった。
僕は興味本位で、音のする方向へ歩いた。もちろん、極力足音を立てずに。
なぜ足音を立てずに歩いたのか、分からない。けれども僕は、本能的にそうしてしまったのだ。あるいは、誰もいない、静かな職員室という空間が、僕をそうさせたのだろうか。無用な音は立てないようにと、職員室の空気が僕に圧力をかけたのかもしれない。
僕は、そろりそろりと、音のする方へ近づいた。音はどうやら、給湯室と書かれた部屋から聞こえてくるようだった。
その部屋は、職員室の奥の方にあった。僕らが普通に学校生活をおくる上で、全く関わらないであろう部屋。その部屋に気付いた時、僕はそんな印象を受けた。
布が擦れるような音は、その部屋に近づくにつれて、大きくなっていった。そして、次第に人の声も聞こえるようになった。
女性の声だった。小さいながらも、少しだけ甲高い声を出している。
僕は恐る恐る、その部屋に近づいた。布の擦れる音と、女性の甲高い声……一体、何が行われているのか、僕には分からなかった。
そして僕は給湯室の前まで来た。給湯室の扉は開け放たれていたので、中を覗くことが出来た。
そこには、知らない男女がいた。けれども、よく見ると、どこかで見たことがある先生達のようだった。
その2人は、僕に背を向けていたので、僕の存在には気が付いていないようだった。
男の先生が、女の先生の後ろに回って、身体を激しくぶつけている。それに応じるかのように、女の先生が、甲高い声を出した。
それを見た瞬間、僕は見てはいけないものを見たような気分になって、すぐにその場から離れた。もちろん、僕の存在がばれてはいけないと思ったので、来た時と同じように、物音を立てずに歩いた。

その場面は、僕にとって衝撃的だった。僕はただその場にいただけなのに、何だか悪い事している気分になったのだ。
そして僕は、そういった場面に出くわしたことを、誰にも言えなかった。先生にも、友達にも言えなかった。何だか、このことを言ってしまうこと自体が罪のように思われた。

その男の先生と、女の先生が、給湯室でやっていたことには、僕も心当たりがあった。最近、保健の授業で勉強をしたことがある。けれども、あれは学校でするものなのだろうか。
その男性と女性の先生の行為が、僕には罪のように見えて仕方がなかった。ルール違反のように見えて仕方が無かった。
実際、僕はその後、ニュースで、同じような場面を見た。ニュースは難しく、詳しい事は分からなかったけれど、警察署内で男女が、あの日の学校の先生達と行為をしていたのが報道されていた。
「やっぱり、あれはダメなことだったんだ……」
僕がいけないものを見たと感じたのは、間違っていなかったのだ。僕は、自分の正義感が間違っていなかったことに、少しだけ自信を覚えた。
同時に、いつもあんなに口うるさく、ルールについて言っている先生達が、悪い事をしているということに、失望した。
「なんだ、自分達もルールを守れていないじゃないか」
僕はこう思った。いや、こう思っただけで済んだのだ。
しかし、職員室での事件から数日後、僕はまた裏切られてしまったのだ。
あれは、深夜だった。何時だったからは覚えていない。僕は1度寝てしまってから、トイレの為に起きたのだ。
僕の家では、トイレに向かう途中、今を通ることになっている。けれども、扉が閉まっていれば中の様子を見ることは出来ない。
その日も、僕は同じように居間を通りかかった。すると、居間の扉から、光が漏れ出しているのが分かった。
「まだ、誰か起きてるの……?」
僕は、扉を開けようとした。すると、直前でその手が止まった。
中から、父さんと母さんの声が聞こえてきたからだ。
「あなた、どうするの? こんなことを続けていれば、いずれバレちゃうわよ……」
「分かっている! 分かっているけど、何とか隠し通すしかないんだ……」
「会社のお金を盗んだなんて言ったら、あの子が何て言うか……」
「言うな! いずれ返す。盗んだんじゃない。今は借りているだけだ。いつか必ず返す!」

こんなやり取りが聞こえた。この会話の意味は、小学生の僕にも理解できた。
多分、僕の父さんが、会社からお金を盗んだのだろう。本人は借りたといっているけれども、盗んだも借りたも同じ事ではないだろうか。
僕はしばらくボーっとしていた。けれども、僕がここにいてはいけないことを悟り、自分の部屋に戻った。
布団の中で僕は、何か裏切られたような気分になった。あんなに口うるさかった先生だけではなく、親まで僕を裏切ったのだ。ルールを守らなければならないと言っていた親が、ルールを守っていなかったのだ。
僕は親に対しても、先生に対しても、言いようのない怒りを覚えた。けれども、それを親や先生に言ってしまったら、何か良くないことが起こるということが、僕は子供なりに分かった。だからあの時の僕は、気付いていても何も言わなかったのだ。

そうして、僕が何も言わず、両親も先生も、いつもと同じようなに日常を過ごしていた。
前に、僕がニュースを見ていた時に、親はこう言った。
「悪い事をすれば、テレビに顔と名前が映ってしまうぞ!」と。
けれども、僕があの時給湯室で見た先生達は、いつもと同じように授業をしているし、いつもと同じように子供に向かって叱っている。
「そんなことをしてはいけません!
こんなことを言って、怒鳴り散らかしている。
何の罪を背負いもせず、何の罰も受けずに、いつも通りに暮らしているのだ。
それは、僕の親でもそうだった。
会社のお金を盗んでおきながら、今でもいつも通り会社に向かっている。そして帰ってきたら、僕に説教をするのだ。
「この成績は何だ! ちゃんと勉強をしているのか?」
「部屋の掃除は終わったのか? 宿題はやったのか?」
説教が好きなんじゃないかってくらい、親は僕に向かって説教をする。
そんな説教をしている親も、何の罪を背負いもせず、何の罰も受けずに、のうのうと暮らしているのだ。
僕は、親と先生の背中に、何やら黒いものが見えるようになった。それが、彼らが背負っている罪というものだろう。誰の背中にも、そういった黒いものが見えるようになってしまったのだ。
その背中の黒いものが、大きい人もいれば小さい人もいる。僕は、背中に黒いものを背負っている人を見るだけで、何だか気分が悪くなってしまった。

皆、背中に黒いものを背負って、それを隠しながら生きている。それを隠しながら、子供に向かって説教をする。
そういう人達を見て僕は、何だか嘘つきばかりだと思うようになってしまった。

そして僕は、大人になった。子供の頃に、大人の悪い所を見てしまった僕は、早くから、大人の国の矛盾に慣れることが出来た。
大人の国、すなわちこの社会というものには、悪い人がいっぱいいる。
ルールを平気で破る人、何かを盗む人、人を殺してしまう人……様々な人がいる。
そして、そういう罪を犯したにも関わらず、たまたまそれがバレていない人もいる。そういう人は、罪を背負っていない人と同じように生きることが出来るのだ。
「要は、バレなければなんでも良いのかよ」
子供の頃、僕にもこう思っていた時期があった。けれども、大人になるにつれて、考え方も変わってきた。

世の中には、そうやって罪を犯したにも関わらず、素知らぬ顔して生きている人がたくさんいる。僕はそういう人達を見てきた。だから尚更、そういう人にはなりたくないと思う。
なるべく自分に正直に生きて、なるべく罪を背負わないように、生きていきたい。
僕が子供の頃に芽生えた正義感は、やはり間違ってはいなかったのだ。ルールは、やはり守らなきゃいけないのだ。例え、どんなに破る人が多くても。

大人の国は、怖い国だ。罪を犯した人が、素知らぬ顔で歩いている。そういう人が、何か説教をしようとする。とても恐ろしい国だ。
けれども僕は、そういう怖い大人を反面教師にして、真っすぐな大人を目指して生きていこうと思う。

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