メディアグランプリ

超優等生の答えに先生は激怒した


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記事:草戸コウ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「一番勉強しとるんやから出来て当たり前ったい! みんなも褒めたらいかん!」
 
教室のみんなが静かになった。大声を出したのが先生だったからだ。小学6年生の算数の授業。僕は先生の視線の先を追っていた。クラスメートの中に1人はいる「超」のつく優等生のヨシキ君に向けた言葉だった。その場の全員が混乱しているのが伝わってくる。褒めるなとはどういうことか。彼は放課後毎日塾に通って勉強をしていて、テストではいつも1番の成績を取っていた。どの科目でも先生の質問に対しては、どんなにみんなが頭を抱えている問題であっても彼は真っ先に手を挙げて、正しい答えを口にするのだ。クラスメートの誰もが彼のことを「天才」とか、どこで覚えたのか「神童」と呼んでいた。5年生からの持ち上がりのクラスだったので、2年目に突入したその頃には彼の地位は絶対的ともいえるもので、難しい問題をすぐに解いて発表する彼の姿にいつも歓声があがっていたほどだった……。
 
そんななか、算数の授業で新しい範囲が始まり、難しめの問題の答えを先生が生徒たちに求めたとき、例によって超優等生の彼が手を挙げ、そして正しい答えを言って拍手に包まれていた。算数の授業ではいつも先生から全部で10個くらいの問題を出されるのだが、このとき明らかにいつもと違ったことがあった。優等生以外だれも手を挙げなかったのだ。
 
「どうせ彼が言い当てるのだから、自分が間違った答えを言いたくない」
 
「彼はきっと答えを分かっている。自分が考えなくてもいいじゃないか」
 
クラスメートの頭の中はそんな言葉が浮かんでいたのだろうと想像がついた。自分もそうだったからだ。5年生の頃は自然とみんな手を挙げて、間違っていても恥ずかしさを笑いに変えてくれる先生の話術で授業は盛り上がっていた。それも天才と呼ばれる彼の存在が注目を浴びるようになると、教室の雰囲気は変わってきた。「彼みたいに正しい答えを言わなければいけない」「すごいやつっていうのはちゃんと正しい答えを出せるやつなんだ」といったプレッシャーのようなものを僕は感じていたのを覚えている。その「褒めるな」事件が起きた授業ではヨシキ君だけが手を挙げても、先生はあえて他の生徒を当ててみたりもしていたのだが、「わからない」の一点張りをする場面もあった。そこで仕方なく先生は彼を当てて、その答えに教室中が喜んで「やっぱり天才やね!」とか「すごいな!」となっているところに先生の大声が飛び出したのだ。
 
「一番勉強しとるんやから出来て当たり前ったい! みんなも褒めたらいかん!」
 
僕の頭をその言葉がぐるぐると回っていた。いったいどういうことなのか。その困惑が教室全体に広まっていることに先生は気づいたのか、まくし立てるように泣きそうになっているヨシキ君に向けて言葉を続けた。
 
「ヨシキ、お前最近塾ば行きよらんちお母さんから聞いとるぞ。今お前なんのために勉強しようとか?」
 
「将来研究者になるためです……!」
 
「そうやろうが! ヨシキはみんなに褒めてもらうために勉強しとるんやなかろうが! お前が褒められるんはもっと大きくなってからったい。今満足しとったらいけん!」
 
「すみません……」
 
僕はてっきり発表しようとしない僕らに先生はイラついていたのかと思っていた。そうではなかったのだ。後になって耳にした親同士の噂によると、ヨシキ君はそのとき塾での成績が落ち始めていたらしく、それでも僕らの学校ではトップのままだったのだが、塾を休みがちになっていたのだそうだ。先生は見抜いていた。塾で成績が落ちて来ているなか、学校ではみんなの注目の的であるヨシキ君の心の内を。失敗から逃げようとして勉強の目的を見失っている教え子の弱さを。
 
あの授業で、「すみません……」と答えたヨシキ君はきっと自分を見透かされたことに気づいたのだろう。
 
それからヨシキ君は目を覚ましたように塾に毎日通い始めたのだそうだ。変化はそれだけではなかった。教室のみんなも授業で積極的になりはじめたのだ。そのときの僕の心の変化をしてクラスメートの代弁をさせてもらうと、先生がヨシキ君に向けた言葉にあったように「自分が褒められるのはもっと大きくなってからだ」と思いはじめたのだ。あの授業でみんなはヨシキ君が研究者になるという目標をもっていることを初めて知ることになった。僕はあの頃「すごい!」とか「頭いいやん!」と言われたいがために勉強を頑張るのだと本気で思っていたのだから、ヨシキ君の目標を聞かされた時、彼が塾に毎日通って誰よりも勉強するエネルギーの源を知ったのだ。「褒められたい」ではなくて「何かになりたい」という思いが人を成長させるのだと、先生は伝えたかったのだろうと僕は思っている。
 
社会人になった今も僕は空いた時間を見つけては新しいことを勉強し続けている。まだ「何かになれた」わけでも「何かになりたい」の答えが見つかったわけでもないのだが、それでもこうやって褒められること以外に自分の原動力を見つけて楽しみながら走り続けていられるのは、あのときの先生の言葉のおかげなのだ。
 
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2018-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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