メディアグランプリ

盆の海とキジムナーの見る夢はささやくように時を刻む


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:白鳥澄江(ライティングゼミ日曜コース)
*この記事はフィクションです
 
最初から予兆はあったのだ。
目覚ましの音が鳴る。朝か。仕方なく起きようとして布団の中で身体を動かした瞬間、ぎょっとした。背中になにか生暖かいものに触ったのだ。おそるおそる振り返ると、すぐ隣に赤ん坊が寝ていた。生成りの柔らかいベビー服にくるまれて、ちいさな手足をぱたぱたと動かしている。なんでここに赤ちゃんがいるわけ? 子どもを産んだ覚えはない。いや、まて。よく思い出せ。産んだまま忘れていたとか? 忘れていたらここまで育つわけがない。とっくに衰弱死しているはずだ。そもそもまだ結婚もしてないし、彼氏もいない。子どもが産まれるわけがない。この子、誰だ?
 
まじまじと赤ん坊の顔を覗き込んだわたしを見て、赤ん坊は声をあげて笑った。
か……可愛い。
思わず抱きあげようと手を伸ばした。
 
「そこで目が覚めたわけ?」
隣に座っていた友人が興味深そうに言った。わたしたちは伊豆に素潜りをしに行く車中にいた。
「うん。めちゃリアルな夢だった。まだ手の感触が残っている」
わたしは夢の中の赤ん坊を思い出した。
「なんだろうね。お盆だからかなあ」
「なにそれ」
「むかし祖母が言っていたんだけど、お盆は亡くなった人がこの世に帰って来るから、海に入るとあっちの世界に連れていかれるんだって」
「まさかあ。迷信でしょ」
「まあね。うちは田舎だからね。あんたの実家は宮古島だっけ?」
 
 就職をするために宮古島を離れてからそろそろ5年が経つ。東京の暮らしにも慣れてきたけど、ときどき無性に海が恋しくなる。そんな気持ちをなだめるために始めたのが素潜りだった。いつのまにか仲間もできて、休みになると伊豆に潜りに行くようになった。
「うん。宮古島にはキジムナーがでるんだよ」
 
あれはわたしが小学3年生のときだった。その頃、絵を描くのが大好きで、暇さえあればノートの端っこに絵を描いているような子どもだった。その日学校が終わって家に帰ると、めずらしく玄関の鍵が閉まっていた。いつもは家にいる母親は急な用事でもできたのか留守だった。仕方ないのでランドセルを背負ったまま家のすぐそばのビーチで砂に絵を描いて遊んでいた。気がついたらあたりはずいぶん暗くなっている。そろそろ家に帰ろうかなと思って立ち上がると、目の前にちいさな男の子が立っていた。5歳くらいだろうか。白いTシャツに半ズボン姿で、見慣れない顔だった。
男の子は大きな目でじっとわたしを見ていたかと思うと、ふと目を落とした。
こんな子、近所にいたっけ? 
男の子はわたしの視線に頓着するようすもなく、わたしが砂に描いた絵をしげしげと眺めている。
「これ、なに?」
 男の子がはじめて口をきいた。
「キジムナー」
 キジムナーというのは赤い髪の子どもの姿をしたガジュマルの木に住む妖怪だ。
「ふうん。面白いね。あのさ、またキジムナーの絵を描いてくれる?」
「うん。いいよ」
「ほんと?」
「うん。大きくなったら、絵描きになるんだ」
男の子は目を輝かせた。
「約束だよ」
指切りをすると、男の子はにっこり笑って森のほうに走って行った。そのとき男の子の髪が燃えるように赤く光って見えた。
 
 もういちどその子に会いたくて、翌日暗くなるまでビーチで待っていたけど現れなかった。それ以来、二度とその男の子が現れることはなかった。高校生になるといつのまにか絵を描くこともなくなった。どこかで自分の才能のなさに気づいてあきらめたのは自覚していた。それでもこうして海に来ると、ふと子どもの頃のことを思い出す。
「あれはキジムナーだったと思うんだよね……」
 
 港につくと、さっそくウエットスーツに着替えて、スノーケルとマスク、それにフィンを持って、わたしたちはダイビングボートに乗り込んだ。港から10分ほど沖に出たポイントでエンジンを切り、海に飛び込む。素潜りなので1分程度しか潜っていられないが海を楽しむにはじゅうぶんだ。
 
 息をとめ、ゆっくり海中に沈んでいく。1メートル、2メートル……10メートル。伊豆の海は魚が豊富だ。オレンジやコバルトブルーの魚や岩棚にへばりついた色とりどりのコーラルサンゴがゆらゆらと揺れている。キンギョハナダイの群れをかき分け、さらに岩礁の向こうにまわり込んで、ふと海底を見るとそこには不思議な光景が広がっていた。
港に大勢の大人たちが集まっている。知った顔が何人もいた。母親の顔も見えた。警察官と救急車もいる。ああ、ここは宮古島だ。三日前の大しけで行方不明になっていた漁師の遺体で上がったので大人たちが駆けつけているのだ。そうか……だからあの日、母親は出かけていたんだ。いままでずっと忘れていた。行かなきゃ。わたしも手伝わなきゃ。なにかがおかしい。素潜りをしているはずなのに子供の頃の光景が見えるわけがない。夢を見ているのだろうか? 頭のどこかで警報が鳴っている。これ以上潜ると息が続かなくて戻れなくなる。みんなのいるところに行かなきゃという強烈な思いに突き動かされるようにわたしは水を蹴って、さらに深く潜ろうとした。 
 
次の瞬間、火がついたような赤ん坊の泣き声が響き渡った。
いきなり現実に引き戻された。息が苦しい。無我夢中で水を蹴って浮上した。海面に戻った瞬間、勢いがつきすぎた反動で50センチほど沈んで水を飲んだ。周囲の友人やボートで待っていた船長がわたしの異変に気づいて、あわてて近づいてくるのが見えた。
助かった……。
心底、そう思った。
 
あとから聞いた話ではわたしは夢遊病のように海底に向かって潜っていったらしい。あのとき赤ん坊の泣き声が響いた瞬間、子どもの頃に出会ったあの男の子が立っていた。真っ赤な髪の毛のキジムナーだ。夢にでてきた赤ん坊の正体はあのキジムナーだったのだ。大人たちが遺体騒ぎにかかりっきりだったあの日、キジムナーはひとりで遊んでいたわたしを見つけた。いや、違う。あの日わたしは砂浜いっぱいにキジムナーの絵を描いていた。あのとき赤ん坊が生まれたのだとしたら……それって……。
 
それから数日後、わたしは都内の画材屋に来ていた。絵を描きたい。いつかあのキジムナーに会えるだろうか? 時が満ちればきっと会える。どうしてそう言えるのかって? それは、あの日この世界にキジムナーを生み出したのは、ほかならぬわたし自身なのだから。
 
***

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2018-03-22 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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