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メディアグランプリ

絵描きになるなら絵を勉強するな


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:木戸 古音(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「絵を描くのなら音楽は捨てなあかんで」
週一回モデルを描きに通い始めたときだった。
主催者からいきなり釘を刺された。
戸惑いを隠さずに僕は
「音楽は中学から始まって、今は大学でオケでフルートを吹いてるんですけど」
と抵抗する。
「中途半端や。どっちつかずになるで」とさらりとかわされた。
僕は心中思った。
「絵はもともと好きでは、ないやん。たまたまクロッキー会に冷やかしで参加したんや」
さらに思う。
「偶然の絵が今も続いているのは、いわば勢いかな」
「それに生まれて初めて面と向かって見た女のはだかはものすごいショックやったな」
毎週火曜日6:30。自宅からわずか7分ほどのクロッキー会場めざして家族との晩御飯もほどほどにスケッチブックをかかえて向かうのだ。
それがどうだろう。期待にふくらませて急ぐのだが気ばかりがはやり、頭と上体だけが先走り、肝心の足がついていかないのだ。
もどかしい。
毎火曜日6時半はいつもこうだ。それっくらい期待感に疼いて気持ちだけが高まっていた。
「さー、お描き」とばかり眼前に生まれたまんまの姿で自信満々立つモデルに僕の方が恥ずかしくて、たじろいでいた。
特に豊かな胸の二つの頂きを鉛筆で描き込むときとか、
腹部の下を黒々と塗りたくるときは、モデルよりもこちらの方が恥じ入って
まるで悪い事をしているよう。試験の答案を書くふうに片手で覆いながら描いていた。
 
しかし6週目くらい進んだころだ。主催者も僕の絵に関心を示したのか「チラ見」程度に目にとめるくらいになってきた。少しは見込まれたのだろうか。
そこでのひと言、
「音楽はやめたほうがいいよ。どっちつかずになるよ」
といさめられたのだ。
「音楽は僕の基礎です」と心中、戸惑いながらまだ抵抗していた。
頑固な僕は考えるところがあった。
音楽は小学校、中学、高校、大学と真剣にやってきた。
「好きこそもののなんとか」というか音楽にかなり自信があったつもりだ。
ひきかえ、絵は特に好きでもないし、得意だということも、全く無くない。
たとえば絵の指導者から「これはこうだ、ああだ」
と指導されても「なるほどそうですね」と即座に「ぴーん」と来るものがない。
理解できないのだ。
ところが帰宅後、指導者からの教示内容を「音楽」に置き換えてみると
「たぶん、こういう事なのかな」と腑に落ちるときがあった。
 
僕にとっての絵の位置と音楽の身近さを考えると
「クロッキーはともかく、絵を心から好きになれないのに無理することはないな」
と勝手気ままに考えた。
いつもの、のんきな対処法だ。
 
すると、どうしたことだろう。
そうと割り切って、絵の勉強もせずに
友人と、四季折々の各地の行事に参加したり、旅をしたり、いろんな分野の人と接したり、映画、コンサート、友人とバレエを習ったり、文化講演会、オペラ、歌舞伎、文楽、能、落語など誘い、誘われるままに見聞きし、渡り歩いていた。
 
別に絵が嫌いになっていたのではなかった。
要は長くやっている音楽は理屈抜きで好きなのに、
絵に至たってはどうしても理屈で解釈する場合がほとんどで
ハート ツー ハートのパイプが僕には、まだ出来ていないのだ。
 
こんなときはいつも使う秘策、伝家の宝刀が僕にはある。
「ゴタゴタ言わず、10年は継続してみる」
「10年後にその先を考えればいいじゃないか」
「何事も10年継続」僕のいつもの手だ。簡単にはあきらめない。誰が何んと言おうと。
頑固が僕の信条。
 
それで大学を出てから労働者対象の美術研究所に通ってはいた。
でも絵の世界だけで留まっていようとはまったく思っていなかった。
 
するとどうだろう。色々気付く事が出てきたのだ。
たとえば音楽を通じて、絵の具体的な進め方がみえるときがある。
芝居をみていて、こう描こう、ああ描きたいととりとめも無く浮かんでくるのだ。
ぼくのクセだろうか。僕だけか。他の人もそうなのかは分からない。
要は突き詰めて考えても妙案はあまり浮かんでこない。
ところがぜんぜん別のことをやっているとき
「あれぇ」
ふと、とんでもない名案が現れたりしないだろうか。
僕はそういうことが多いのだ。
日常のふとしたとき、トイレの中、自転車に乗っているとき、友人と、とりとめも無い雑談を交わしているとき、寝床に入ったとき、風呂に入って夜空を見上げているとき、
あるいは周辺文化に接しているとき。
 
画廊、美術館に行くと
「これ、ええな」とついつい、人まねをしたくなる。
これでは発展しないだろう。
しかし周辺の文化に接しているときこそ、連鎖反応でヒントを得て、自分らしい発想が
「ぽかーん」と頭を出す。
 
もちろん絵画を最小限学ぶが、それは、技術を学ぶ事だと思う。
技術は否定しないがもっと大事なものがある。
あるいは他人の作品に感動して真似をしても、しかたないだろう。
しかし表現手段の異なる他の分野を「学ぶ」=「まねぶ」ことはちっとも差し支えない。
周辺文化に僕自身がお金と時間をかけてでも接したいという欲求がかなり強い。
「異文化を攻めること」
このことが僕が絵画制作するときの最短の道である。
 
***

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2018-03-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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