プロフェッショナル・ゼミ

0.2%という数値が、新聞に載る写真より大切だった


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記事:田林 洋(ライティング・ゼミ平日コース)
 
「おかけになった電話番号は電波の届かないところになるか、現在使われておりません」
 
3か月間、悩んで悩みぬいた。その結果が、これか。
 
僕は、東京大学に入りラクロスを始めた。ラクロス部は本気で日本一を目指していた。実際に過去何度も学生選手権決勝まで進み、全日本選手権に出場したことがあった。「東大から日本を貫く感動を巻き起こす集団になりたい」という理念にもしびれた。
 
練習は大変だった。朝の7時過ぎにはグランドに行かなければならなかった。体作りや個人技術の向上は各個人、練習は披露の場、レギュラーに学年は全く関係なし、と超実力主義だった。僕は、それも素晴らしいと思った。「当たり前だ、これから自分が駆け上がっていって、ユースに選ばれて、全日本選手権に出て、点を決めるのだから」と。
 
現実は厳しかった。練習に毎日出るのですらつらい。眠たくて仕方がない。自主練をいくらしても、キャッチボールすらままならない。その間に同期のうまいやつらはどんどん上級生の練習に交じっていく。センスが、体力が、根性が、気合が、何もかもが足りない。
 
新人戦ですら出場機会がなく夏も過ぎ、秋が深まったころ、ちょっとしたけがをした。本当にちょっとしたものだった。だが、それからもうやる気はすっかりなくなった。理念なんて自分には遠いもの。日本一は、チームのもので自分とは関係がない。ただ惰性で出ていく練習も、冬が深まると、サボりがちになった。
 
春休みには休部扱いとなった。ずっと、退部に向けて悩んでいた。日本一はかっこいい、でも自分は活躍できない。どうする。3か月かけて「向いてなかったんだ。大学生活はまだあるし、別の道を探そう」と自分を納得させ、当時のキャプテンに電話をかけた。そして、あっさりつながらなかった。自分が世界の終りのように悩み続けてかけた電話だって、圏外、それだけでかからなかった。
 
「あれ、実は俺って、俺が思っているほど、大したことないのでは」
 
と、今思えば笑ってしまうのだが、こんな馬鹿みたいに当たり前のことに、このとき初めて気が付いたのだ。自分は世界にとっては取るに足らない小さな存在だ、と。もちろん、部にとっても。
 
ならば。本当にやりたいことをやろうじゃないか。小さいんだから。何でも自由にやっていいなら、どうする? と頭が突然回り始めた。
 
なぜラクロス部に入った? 理念がかっこよくて、東大がスポーツで日本一になったらすげーと思ったから。今もそれは変わらない。
 
じゃあ、どうして辞めたいんだ? 選手として活躍しなければ、日本一への貢献はできないから。あれ? 今のおかしいぞ。
 
選手としての活躍ってなんでしなきゃいけないの? キャプテンは「それぞれがチームを作っている」といつも言っているぞ。
 
わかった、選手として活躍したいのは自分だ。お前の願望だ。みんなに認められて、その上で日本一になりたいんだ。エゴだエゴ。
 
「俺は、やっぱりこのチームで日本一になりたい。自分がそこに関わりたい。ただ、俺が認められる必要はない」
 
これに気が付いたら早かった。当時のラクロス界には、チーム戦略や分析だけをするバックオフィス的なポジションは存在しなかった。だからそれを「スタッフ」と名付けて勝手に作ることにした。
 
当時のキャプテンや監督に話してみると意外にも「お、いいね。やってよ」と言われた。休部扱いだったやつのとんでも提案を応援してくれた。懐の深い人たちだった。やはり自分は小さく、世界は思ったより広くて優しかった。
 
やることは自分で作った。練習や試合のビデオ撮影から幹部会の議事録取り、学生連盟への対応。毎日のように家で試合をダビングもしていた。やるネタを探して本も読んだ。その中で「マネーボール」(メジャーリーグで野球を数値化することで弱小チームを勝たせた実話)からヒントを得て、ラクロスというスポーツを数値化することにもトライしてみた。
 
すると、面白いことに気が付いた。パスミス率だ。当時の日本代表は10%強。NCAA(アメリカの大学チーム)では、6%を切っていた。この差は、約10回分ものパスミスと同じで、十分試合の流れを左右するレベルだった。日本と世界の大きなギャップがはっきり見えたのだ。日本で模範とされる代表チームの真似が、仮にできたとしても実はまだまだ全然足りなくて、もっと先を目指す必要があったのだ。チームに提案すると、パスミス率について世界基準での高い指標が作られ、チーム戦略の柱の一つとなった。
 
そして、いよいよリーグ戦。東大はどんどん勝ち進み、関東学生大会決勝(当時実質学生選手権決勝)の舞台に立った。相手は当時V7を誇っていた慶応大学。チーム内に何名もユース代表がいた。僕が、そして東大選手の多くが望み、なれなかったものだ。実力差は明白だった。しかし、僕らはチーム全体でミスの少ないラクロスを展開、下馬評を大きく覆し、延長戦の末勝利した。
 
決勝の勝利を記念した集合写真に僕を含むスタッフは映っていない。この写真は部のHPのトップに使われ、東大新聞に使われ、後の全日本選手権決勝戦の前には日刊スポーツにも載った。
 
僕はそのとき、その試合のデータをとっていた。次の日のミーティングの為に。僕にとって、記念はいらなかった。自分を残す必要はなかった。誰かに認められる必要はなかった。
 
パスミス率は、慶応大学8.6%、東京大学8.4%。東大は、0.2%、勝っていた。
 
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