メディアグランプリ

公園でその子に「うち、くる?」とは言ったものの、僕がまったく面倒をみなかった訳。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:石村 英美子(ライティング・ゼミ 特講)
※この記事はフィクションです。

 
 
僕はよく動物を拾う。
子供の頃からそうだった。子犬や子猫、怪我をしたツバメ、元は迷子だったと思われるフェレット。僕がなぜかそう言ったものたちに遭遇しやすい体質なのか、あるいはそれらが僕をめがけてやってくるのか。結局そんな事はどうでもよくて「うち、くる?」と、ついつい家に連れ帰ってしまう。
怪我が癒えて飛んで行くもの、里親が見つかるもの、未だ僕の家に居ついているもの様々だ。慈善なんていう良さげなものじゃなく、なんとなくそうなってしまうというだけのことだった。妻は「今度拾ってきたら家に入れないから」と何度も言い、そして何度も「これが最後だからね」と言った。
だから、今回「それ」を連れて帰ってきたのも当然の流れだった。
 
その日は休日だった。9時過ぎに起きた僕はどうしてもホットケーキが食べたくなった。パンケーキじゃなくてホットケーキだ。同じく仕事休みだった妻にそう言うと「材料買ってきたら焼いてあげないこともない」と素っ気ない返事をした。ウソだ。それいいな、と思った時の妻は大体こんな感じだ。
 
財布をポケットに突っ込み、スマホも持たずに出かけた。最寄りのスーパーまでは歩いて5分。ちゃちゃっと買い物を済ませ、途中公園を抜けて朝の散歩を楽しんだ。まだ冷えるが着実に暖かくなって、桜の蕾も膨らんでいる。時間が早いからか、子供たち(と、それらを引率するママさんたち)の姿はない。砂場の脇のペンキの剥げたトンネル遊具の周りはひっそりとしている。
誰も居ないなら……と思ってトンネル遊具に入ろうとして僕は「んが!」と声をあげた。中に、人が居たのだ。うずくまった小さな体は、もっとちぢみ込んで隠れようとしている感じだった。変な声を出して恥ずかしくなったので、半笑いで声をかけた。
 
「ごめんなさい、びっくりしたけどそっちの方がびっくりしたよね」
 
子供と思って居たその人間は、よく見ると子供ではなくおそらく成人した女性で、暗さに目が慣れてきた僕はもう一度びっくりした。でも今度は驚きの種類が違った。彼女の顔には明らかに誰かに殴られたような痣があり、黒く固まった血の跡も見えた。
「だっ! 大丈夫ですか!」
彼女は頷いたように見えたが、これって全然大丈夫なんかじゃない。
「警察、呼びます?」
今度は大きく首を振った。目は虚ろだったが意志表示はちゃんとできるようなので、とりあえず救急車も呼ばなくていいだろう。そもそもスマホを持ってきてないので警察も救急車も呼べないことに気づいた。どうしようかと迷ったが、僕はいつもの癖でこう言ってしまった。
「うち、くる?」
彼女の大きく見開いた目に警戒が読み取られたので慌ててこう付け加えた。
「僕の奥さん、朝ごはん作るところなんですよ。ほら、そこのマンションの三階。ここに居たって……ねぇ。寒いし、とりあえず。ね?」
彼女は小さく頷いた。
「歩けます?」
彼女はもう一度頷いた。僕の後ろを彼女はトボトボと付いてきた。途中警戒を解こうと、何か話さなきゃと思ったが、目についた木蓮が咲きそうですねとか、猫いるけど平気ですか? 大した話題は浮かばなかった。玄関でインターホンを鳴らし、出てきた妻に彼女を見せ「あの……いいかな?」と言ってみた。一瞬妻の目に怒りが浮かんだように見えたのでドキッとしたが、すぐにニコッと笑って「どうぞ」と言ってくれた。
 
リビングに座ってもらい、お湯で濡らしたタオルで血を吹いてもらった。歳を聞くと21歳だと言う。そこからはあまり僕の出番はなかった。妻は彼女に着替えをさせ、暖かいココアを出し、状況を的確に聞いた。彼女は小さな声で短く答えた。最初は緊張している様子だったが、来客に愛想のいいうちの猫を撫でたら、少しだけ表情が和らいだように見えた。
 
要約するとこうだった。結婚して2年ほど経つが、旦那から浮気を疑われ、束縛がだんだん酷くなり仕事もやめさせられ、ついには家から出してもらえなくなって三ヶ月ほど経つのだと言う。外界から隔離してもなお、携帯やパソコンなど外部と通信できるものは取りあげられ、外から鍵をかけられて居たそうだ。それでもまだ、旦那は彼女の浮気を疑い続け、とりつかれたように暴力を振るったのだそうだ。そして今日の明け方、南京錠を取り付けている金具のネジが緩んでいたので体当たりして壊して逃げてきたそうだが、このあたりまで走ったところで貧血を起こしたのだと言う。言い方は悪いが、絵に描いたようなDVだ。本当にあるのか、そんなこと。と、そこで妻が素っ頓狂なことを訊いた。
「え? 鍵かかってたらトイレはどうするの?」
「いや、そこ重要?」
と僕が突っ込む。
「重要でしょ。それも暴力のうちよ」
「あぁそうか」
「で? どうなの?」
「俺、居ない方がいい?」
「そうか。そうね。そうよ早く気付きなさいよ」
「えぇ? なんだよわかったよ」
「あの!」
と彼女が割って入った。そして、ちょっと笑いながら「おまるです」と言った。こういうとき、笑っていいのか分からなかったが、なぜか三人で笑った。その後、三人でホットケーキ(パンケーキではない)を食べて、妻が何箇所か電話をかけ、彼女を警察に連れて行った。それも最寄りの警察署ではなく、担当課がある少し遠くのところだった。対応してくれたのも女性警察官だったそうだ。
 
僕は、最初に彼女を見つけた時、誰かに襲われたのだろうと思った。でも妻は一目見ただけで大体のことを察したそうだ。その辺はさすが女のなんとやら。だから最初に妻が彼女を見たとき、怒りの感情が浮かんだのだろう。
 
そして、今回僕が連れて帰ってきたのにもかかわらず、その後のことをまるで妻に任せたのには訳がある。まず、女性なので僕は手出しができないのもあるが、今後の彼女のためだった。妻がとある非営利団体を見つけ、彼女はシェルターに行くことになった。そういう女性たちが逃げ込む非営利団体が運営するシェルターは場所を明かさない決まりになっている。特に男性には。それは、追って来る配偶者や、元彼がいて、それらから彼女たちを守るためなのだという。電話での問い合わせだって、男性からだと警戒するらしい。僕と、僕の妻はそれを堅実に守ったという訳だ。
 
そう言ったセーフティネットが存在することを辛い思いをしている人たちに認知されて欲しいものの、加害側には認知されたくない。なんとも歯がゆいというか、矛盾しているが現状仕方ない。彼女が落ち着いて、安心して暮らせるように祈っているが、実質的に僕にしてあげられた事は少ない。付いて来るなと言われて「はい」と素直に従っただけだった。
 
そしてその日、帰ってきた妻がこう言った。
「これが最後だからね」
僕はすみませんと謝った。でもまた僕が「何か」を連れて帰ってきたら、妻は同じことを言って、やっぱり家に入れてくれるのだろう。
 
 
***

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2018-03-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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