プロフェッショナル・ゼミ

歳を取っても構うものか、って強がってみる《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:山田THX将治(プロフェッショナル・ゼミ)

「これから、池袋まで出てこいよ」
中学からの友人である小谷からの電話は30年程前、寒い2月の金曜日、それも20時を少し回った頃に入った。当時のことなので、携帯電話ではなく家の電話に掛かってきた。しかも小谷は、彼の自宅からではなく公衆電話で掛けて来た。
「杉山と一緒なんだけど、これから池袋に’戻る’から頼むよ」
‘行く’ではなく’戻る’の言葉に少々引っ掛かったのだが、
「大野も来るからさぁ」
この言葉で、合点がいった。何のことは無い、単なる週末の麻雀の誘いだと思った。我々の世代は今の若者達と違って、4人集まると直ぐに麻雀をやりたがった。
「ああ、分かったよ。一時間で行くよ」
断ったところでしつこく誘う奴だと、私は旧友のことを熟知していたので、無駄な抵抗はせず行くことにした。勿論、私にとっても麻雀は臨むところだ。

当時、西池袋に在った、学生の頃からよく出入りしていた雀荘に私が着いた時には、既に小谷と杉山は到着していた。いつも路上駐車する場所が空いておらず、少し離れた所に駐車したので、少々時間が掛かってしまったのだ。
「大野はまだか?」
そう問い掛けた私だったが、遅れている大野のことより、二人の服装が気になった。いくら寒い真冬とはいえ、室内に居るにしては分厚過ぎるセーターを着ていたからだ。
「そんなに着込んで暑くないのか?」
私の問いに杉山は、
「ああ、暑いんだけど、脱げないんだ」
そう答えて来た。
何でも二人は、スキーに行くつもりだったらしい。その時まだ独身だった杉山は兎も角、既婚者だった小谷は、どうやって家を空ける許可を得たのか、いぶかしく思った。
「いやね、ウチのカミさんが御産で帰省しているものだから、ちょっと羽根を伸ばそうと思って、杉ちゃんを誘ったのさ」
小谷が言い訳をしている間に、遅れていた大野が雀荘に到着した。

事の顛末を、再度大野に説明すると
「それで何故、ここに居るんだ?」
もっともなことを、大野が言った。
「道が混んでたんだよ。それも関越(自動車道)の遥か手前から」
その日、横浜に住んでいた小谷が、戸越の杉山を迎えに行き、そのまま苗場スキー場に向かったのが18時頃だった。週末の金曜日だったこともあって、都内はどこも渋滞していた。小谷が運転する車は、関越自動車道入口から5㎞程手前の豊玉まで来るのに、2時間近く掛かったらしい。しかも、まだ”カーナビゲーションシステム”が登場する5年程前だったその頃、頼りはカーラジオの渋滞情報だけだった。豊玉付近で、ノロノロ渋滞にはまっていた小谷と杉山は、カーラジオから流れる渋滞情報を耳にした。
「関越自動車道下り線新潟方面は、雪のチェーン規制で(タイヤチェーン)装着の為、赤城PA(パーキングエリア)を先頭にほぼ全線にわたり渋滞中です。この渋滞を抜けるのに、およそ5時間程掛かります」
と、絶望的な情報を聞いてしまった。

小谷と杉山はどちらともなく言い出した。
「止めよう」
結果的に二人は、車を反転させると一路都心に向かった。
それで、’池袋へ行く’と言わずに’戻る’と表現した小谷の不思議な電話に、私はやっと納得がいった。
何のことは無い、遠出に挫折した二人の週末を無駄にしたくない’一念’が、大野と私の週末を巻き添えにしたのだ。吞兵衛の小谷が珍しく車で来ていて、いつも私が停めている場所に、奴が車を置いたものだから遠くに停めに行った事を、少しだけ意地悪に言ってみた。私の少しばかりの、腹いせだった。

それ程までにバブル期では、皆がスキーに出掛けていた。映画の『私をスキーに連れてって』の世界である。映画に出てくる女優さん程ではないにしろ、女性に出逢えるチャンスが、スキー場には絶えず有った。
何のことは無い、スキーそのものよりも’アフタースキー’を楽しみにしていた。そんな、”軟派”なことを世を挙げてやっていた、しょうもない時代だった。
その上、夜行バスでスキー場へ向かうのが一般的だったその数年前に比べて、にわかに裕福になった僕等は、関越自動車道が開通したこともあり、自家用車で向かうのがステイタスだった。スキーは荷物が多くなるので、車がやはり便利だ。
新幹線とセットで使われる’スキー宅急便’が登場するのは、もう少し待たねばならない時代だった。
車好きはこぞって、ルーフキャリアーを載せた。冬はスキーを、夏はサーフボードを積む為に。

4人揃ったところで早速、麻雀卓を囲んだ。
麻雀荘はその頃、自由にタバコが吸えたし呑みたい奴は存分に呑むことが出来た。今考えれば、煙モクモクの中に酔っぱらった男の集団が、奇声を上げて固まっているのだから、実に”オッサン臭い”場所だった。それでも僕等は、まだ30歳前後だったことも有り、少しは’イケてる’若者を気取っていた。

「女の子をナンパしに行くのに、渋滞を苦にするとは、お前らも齢喰ったなぁ」
早くも少し酔いが回って来た大野が、渋滞で挫折した二人をからかい始めた。
「うっせーな!お前なんかこの頃、週末はゴルフばっかし行って、全然付き合わなぇーじゃないか! お前もすっかりオッサンだな!」
普段は大人しい杉山が、分厚いセーターのせいか顔を真っ赤にして突っかった。
「まぁまぁ、つまらん事で直ぐに怒るのは、それこそオッサンだぜ。それより早く切れ(牌を)よ」
私が、二人をなだめた。リーチを掛けていたので、上家(‘かみちゃ’左側の人)の大野が切った牌に、
「あ、それ、ロンね。親の満貫(まんがん)で12,000点」
そう言うと、大野が不満気味に点棒を私に向かって放り投げて来た。私が、ムッとした顔をすると、珍しく酔っていない小谷が
「ちょっと、待てよ!お前等!!」
不機嫌そうに言い出した。
「休憩しよう。みんな、頭を冷やせよ」
そう言い残すと、プイっと外へ出て行ってしまった。
「あいつ、何か怒ってんのか?」
眼で小谷の背中を追いながら、私が呟いた。
「違うよ、車で来てて呑めないから機嫌が悪いんだよ」
杉山が、鼻で笑いながら言った。

暫くすると、車に置いてあったトレーナーに着替えた小谷が戻って来た。
「さぁー、今夜は徹夜だぞ! ビール、御願いします」
我慢出来無くなった小谷は、腹を決めたようだ。’仕方ない’と、私が今晩寝ることを諦めた時、
「さぁ、仲直りしな。これ、店からのおごりだよ」
雀荘のオヤジが、仲を取り持ってくれた。
「もう、みんな子供じゃ無いんだから、小さなことを気にしないで仲良くしなよ。俺の歳になったら、みんなみたいに集まれないぜ」
そう言いながら、生ビールのジョッキ3杯と、下戸の私の為に同じジョッキでウーロン茶を置いてくれた。
「ダンケ!」
僕等が高校生の頃から使っていたドイツ語で、大野がオヤジに礼を言った。
「徹夜の俺は強ぇーぜ」
私が、皆にいつもの冗談を言って笑わせた。
途端に、いつもの仲良しに戻って、4人は麻雀に興じた。

「あの時、大人の階段を一つ登った様な気がしたな」
今年(2018年)2月初旬、あの時と同じ4人で’新年会’と称し、卓を囲んで居た時、普段はバカなことばかり言っている大野が、神妙な顔をして呟いた。
その時の西池袋の雀荘は、21世紀初頭に老朽化で姿を消していた。
全員、還暦間近になった僕等は、30歳の時には行けなかった銀座の高級麻雀荘に集まっていた。
「そういえば、しばらくスキーにも行ってないよなぁ」
「女の子をナンパしたって、誰も付いてこないし。だいたい、声掛ける気力も無いし」
「車だって、ファミリーカーのままだしね」
若い頃の話が出たら、急に’オッサン臭い’話題に終始しだした。
「何、人生の終わりみたいなことばっか言ってんだい。齢は’喰う’もんじゃなくて’重ねる’もんだぜ」
少々キザな事を、私が言った。
「お!流石、ライティングとやらを習っていると、良いこと言うねぇ」
途端に、小谷がツッコミを入れて来た。
「そうじゃなくてさぁ、歳を嘆いていないで兎に角好きなことをやっちゃうんだよ。あ、それ、ロンね」
私が、牌を倒すと
「あーあ、いつまでも能天気な奴には、敵わないよ」
今度は、振り込んだ杉山がぼやき出した。
「そういえばさぁ、何かに書いてあったんだけど”老化”と言わずに”進化”と考え様って有ったぜ」
珍しくまだ出来上がっていない、大野が言い出した。
「それと、”老加”って書くのが正しいって。齢を重ねると、経験が加わるかららしいよ」
「お前も、酔っ払ってないと良い事思い出すねぇ。それ、いつかネタにさせてもらうよ」
そう言いながら、私は考えた。私を含めたこいつ等と、他の同年代との違いは何なのだろうかと。

それは多分、歳に抗(あらが)わず、歳を気にせず人生を送って来たからだろう。
今でもこうして、若い頃と何等変わらず付き合っているし、付き合うことが出来ている。勿論、体力は低下している。しかし、気力は衰えていないつもりだ。
だから、小谷も大野も杉山も、そして私も、還暦手前にしては皆若く見える方だ。
他人はそれを、’苦労がない’とか’お気楽’とか言うだろう。
でも、俺等は”御意見無用”をモットーに好きな事ばかりをして来た。
これは多分、天狼院の三浦店主が常々仰る「好きなことを仕事にする」に通じるものが有ると思った。

これからも、歳を取っても構うものかと、強がって行こう。

人生100年時代なら、まだ、第3コーナーに差し掛かったばかりなのだから。
スパートを掛けるのは、まだこれからなのさ。

*この話も実話に付き、友人達の名前だけは仮名です。

***

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