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メディアグランプリ

本日も、熊本城は空気みたいです


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:羽田さえ(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
熊本城は、熊本市の中心市街地からすぐ近くに建っている。
熊本へ引っ越して来て間もないころは、その景色が珍しくておもしろかった。
 
繁華街の中にある職場から2分も歩けば、交差点から天守閣が見えるのだ。
スマートフォンを取り出して写真を撮っていたら、観光客みたいだと同僚に笑われた。
「城は熊本人にとっては空気みたいな存在やけんね」と彼女は言った。身近すぎて、そこにあって当たり前、普段あまり意識もしないのだ、と。
 
しばらくして私自身も熊本の生活に慣れてくると、いちいち珍しがって写真を撮るようなことはなくなった。熊本城は見慣れた風景の中に溶けこんで、背景のひとつになった。
 
そうして熊本へ来て何度目かの春、熊本地震が起きた。
最初の大きな地震は2016年4月14日、午後9時26分。震源近くの最大震度は7、熊本市内では震度5強から6程度だった。家の中は、本棚の中身が飛び出したとか、置いていた天ぷら鍋がひっくり返ったとか、それくらいで済んだ。ほっとして、阿蘇や西原、益城といった被害の大きな地域を心配する余裕もあった。
 
2度目の大きな揺れが来たのは、2016年4月16日、午前1時25分。
最初の地震より、はるかに大きな地震だった。
激しい地鳴りと横揺れで目が覚めた。震度6強の揺れの中では、立ち上がることもできない。LDKのほうから、ガシャガシャと色々なものが倒れる音が聞こえる。
長い揺れがおさまって、おそるおそる動き出す。家の中はぐちゃぐちゃで、停電と断水が起きていることが分かった。幸いなことに建物そのものは無事だった。
 
外に出ると、近所の皆も外に出てきていて、暗い中でも何やら騒がしい。
あちこちの塀が倒れて、道路がふさがっているようだ。車は通れそうにない。
すぐに職場に向かうことになった夫は、自転車で出かけて行った。
 
真っ暗闇の中、持って出た毛布にくるまって見上げた空は、何だかやけに星がきれいだった。私は遠くで鳴り響くサイレンの音を聞きながら、きらきらと光る星を眺めていた。
 
熊本城にも大きな被害が及んでいたことを知ったのは、翌朝だった。
電気が復旧したのでリビングへ行き、倒れていたテレビを起こして電源を入れてみると、初めに目に飛び込んできたのが熊本城の映像だった。
瓦が落ちてぼろぼろの天守閣、大きく崩れた石垣、落ちた石でふさがれた頬当御門。一本足になってしまった飯田丸五階櫓。地震が起きたのが真夜中でなく昼間だったら、観光客や関係者がたくさん犠牲になっていたかもしれない。
 
声も出なかった。
断水が続いているとか、食器棚も冷蔵庫も倒れて家の中がひどい状態だとか、夫がいつ帰るか分からないとか、そういうこととは違う種類のショックだった。
 
私の職場からは、しばらく休業になるため出勤する必要はないという旨の連絡が来た。
職場の近くまで行けば目の前にあるはずの熊本城のことが少し気がかりだったが、見に行くような余裕はなかった。
都市ガスと水道はしばらくダメらしい。浴槽に水をはっておいたので、トイレを流したり手を洗ったりするくらいは問題ない。食べるものも数日分なら何とかなりそうだが、飲料水がなかった。
コンビニやスーパーはひとつも開いていないし、自動販売機はすべて売切れ。キッチンの一番奥の棚に入れていた2リットルのペットボトル6本セットは、倒れた食器棚と冷蔵庫に阻まれて、自分ひとりで取り出すことはできそうになかった。
 
避難所となった小学校に給水車が来ると聞いて、出かけていった。整理券をもらって並ぶ。長い列にしばらく並んで、2リットルのパックに入った水を受け取ることができた。
体育館はもちろん、校舎の中は教室から階段まで、自宅で過ごせなくなった人たちであふれていた。ひときわ大きな人だかりができている部屋には、どこからか運ばれてきたテレビが置かれている。あちこち壊れた熊本城の映像が、繰り返し流れていた。
 
3日後に水道が復旧し、自宅でふつうに過ごせるようになった。ガスも使えるようになった。私の職場は10日ほど休業した後で通常稼働に戻り、たまりにたまった仕事を必死で片付けるうちに、あわただしく毎日が過ぎていった。
 
地震から数か月が過ぎて、ようやく熊本城の復興に向けて行政が動き出した。
それは、人命に直接かかわるような問題に目途がたったという目安でもあった。希望を与えるニュースではあったが、天守から石垣まですべて直すには、途方もない予算と20年あまりの年月がかかるということも同時に伝えられた。ちょっとつらかった。
 
その頃から、熊本城をのぞむ交差点を通りがかると、再び写真を撮るようになった。
「本日の熊本城」とか何とかコメントを添えて、SNSにアップする。晴天、くもり、大雨。日によって表情が違う。城の足元の木々が、季節を写し取る。新緑や紅葉、まれに雪景色。季節の移り変わりとともに、修復中の熊本城はどんどん姿を変えて行く。
友人たちだけでなく見ず知らずの人まで「いいね」をくれたり拡散してくれたりすると、何だか誇らしい気持ちになる。
 
もうすぐ、あの地震から2年になる。熊本城は今なお修復作業中だ。
クレーンが何本も行き交い、屋根の上には白いテントがかけられている。天守閣の本体は足場に囲まれて、ほとんど見えない。
 
それでも、そのぐるぐる巻きの熊本城を、今日も飽きずに写真におさめる。
城を取り囲む桜がちょうど満開で、とてもきれいだ。
 
たしかに熊本城は空気みたいな存在かもしれない。
大きな地震が来ても、崩れかけても、いつだって静かに建っている。当然のように、黙ってそこに存在している。でも絶対に、なくてはならない存在なのだ。

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2018-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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