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腹にヒトがいる、ということは


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保田菜穂子(ライティングゼミ・ライトコース)
 
 
 「妊娠してますね。7週目です」
 2月に入った頃、自分の身体に違和感を感じていた。なんとなく気分が優れない日が続いているし、月に一度来るはずのものがない。念のため病院で診察を受けた。まだ心音が確認できないから、来週もう一度診察を受けるように、と言われた。
 結婚したのは去年の秋だ。それからまだ数ヶ月しか経っていない。病院に行く時点で覚悟はしていたけれど、どこか他人事のようだった。その日の帰り道はずっとふわふわしていた。
 夫には、なんて話そう。病院に行くことは伝えてあるから、気になってはいるはずだ。
なんて打ち明けるか、脳内で何度も練習した。とりあえずご飯を食べて、それから改めてきりだそう、しっかり雰囲気を作って……。
 何時間も考えたのに、結局わたしは待ちきれず、帰って来て鞄も持ったままの夫に、勢いのまま話してしまった。
 「赤ちゃん、出来たみたい」
こちらの勢いに押されてしまい、夫はあっけにとられていた。もうちょっといいムードで言えばよかった……。今でもたまに後悔してしまう。兎にも角にも、わたしは妊娠したのだった。
 
 次の週に無事心音が確認できた。エコーには、まだ丸いものしか映らない。到底、コレが人になるなんて思えない。全くピンとこないまま、母子手帳をもらった。電車などでよく見かける「お腹に赤ちゃんがいます」と書かれた、ピンク色のキーホルダーももらった。見た目ではまだまだ妊婦とわからないので、外出時には鞄につけた。自分が妊婦だと自覚できる唯一のものが、このキーホルダーだった。
 この頃から、少しずつつわりが始まった。日中動いていると吐き気がして、キッチンに立ったり、スーパーで食料品を見ていると吐き気が増す。実際に吐いてしまうこともあった。常に船酔いしている感じだ。
 それに、たまらなく眠い。もともと朝は弱い方だが、さらに起きられなくなった。起きたら起きたで、船酔いのような吐き気に襲われる。しばらくの間朝ごはん作りをやめる宣言をし、毎日昼まで眠った。寝ても寝ても、眠い。こんなに寝たのは、人生で初めてだ。
 きっとお腹にいるヒトが、わたしの生命力を全部吸い取っているのだ。仕方がない。そう言い聞かせて、わたしは来る日も来る日も、眠った。
 
 そんな日々が続いてしばらく経った頃から、夫があまり笑わなくなった。年度末で仕事の忙しさがピークを迎えていて、追い討ちをかけるように花粉の時期が始まった。彼は重度の花粉症だから、それだけでも十分体力を消耗する。加えて、帰宅すると、妻が寝ている。疲れている彼にしてみると、わたしはただ怠けているように見えたのだろう。今思えばイライラされても無理はない。だけどあの時、わたしも必死だった。思うように体が動かず、やりたいことができない。東京にはほとんど知り合いもいないから、夫以外に話し相手はいない。でも夫はなんだか疲れているから、あまり愚痴は言えない。わたしが笑顔でいなければ。お母さんになるんだから、頑張らなきゃ。夫に迷惑をかけてはいけない。自分にそう言い聞かせていた。
 
 つい先週のことだ。わたしの心は決壊した。わんわん泣くわたしにあっけにとられている夫に八つ当たりした。泣きながら、不安なのだ、と初めて打ち明けた。泣いて、やっと言えた言葉だった。妊娠するということは、幸せ一色なことだ、と思っていたけれど、実際は全然違った。もちろん幸せなことだけれど、それは同時に恐怖でもあった。今はわたしの中にいるけれど、この人はわたしとは違うヒトなのだ。なんと不思議で、素晴らしくて、だけど恐ろしいことなんだろう。きちんと育てられるだろうか、わたしは母親になれるのだろうか。夫は父親になってくれるのだろうか。その前に、無事に健康で生まれてきてくれるだろうか。全部わからなくて、不安で、怖かった。わたしはその日、夜中まで泣き続けた。理系で超合理主義な夫は、励ますでも叱るでもなく、ただ、わたしを眺めていた。そのことはわたしをどこか冷静にさせた。
 
 きっと、不安で怖いのは、夫も同じだったのだろう。彼もどうすればいいのかわからなかったのだ。なんだか申し訳ない気持ちになって、翌日、迷惑をかけたことを謝ると、夫は何も言わずに頭を撫でてくれた。それからは、またいつものニコニコした彼に戻ってくれた。気のせいか、私たちは以前よりもお互いのことを分かり合えている気がしている。
 
 もうすぐ、妊娠5ヶ月目に入る。出産は、やっぱり怖い。でも、わたしには一緒に戦ってくれる人がいる。そう思うだけで、不思議と不安な気持ちが和らいで、ワクワクしてくる。これからお腹が大きくなっていく度に、もっともっとワクワクが増えていくだろう。
このヒトが生まれたら、きっとまた新しい恐怖が生まれるだろう。でもわたしたちはきっと、軽々とそれを越えられるだろう。なんの根拠もないけれど、そんな気がしている。一人でじゃない、二人でもない、三人でなら。
 
 
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2018-03-31 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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