プロフェッショナル・ゼミ

みたらし団子は手段でしかなかった《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:中野 篤史(プロフェッショナル・ゼミ)

違和感に気づいたのは、桜新町駅の出口をでて50m程歩いたところだった。その場に立ち止まりその違和感の出所を探る。なんだろう? 5秒ほど考え込む。「ああ! やっちまった。棚に忘れた!」思わず小声がもれた。6本のみたらし団子を、電車の荷物棚に忘れてきたのだった。一瞬取に戻ろうかという思いが頭をよぎる。でも、すぐに考え直した。電車はとっくに出発している。すでに手遅れだ。駅に戻り終点の長津田駅でピックアップしてもらおうかとも考えてみた。いや、そんなことをしても、取に行くのに往復で1時間以上かかってしまう。それなら、渋谷に戻って買ったほうがまだ早い。全身の力が抜けていく。呆然と歩道に立ち尽くしている間、家路を急ぐサラリーマンやOLが、私を通り過ぎていった。あー、しまったなー。せっかく買ってきたのに。ううーー、お腹の底の方から悔しさがこみ上げてきた。

今夜は、妻の妹と小1になる双子の子ども達が家に遊びにきているのか。「妹と、双子ちゃんがきているよ」妻からメッセージが届いたのは、ちょうど恵比寿にある会社のビルを出てところだった。せっかくだから、お土産を買ってかえろう! なんとなくワクワクして、気分が盛り上がる。渋谷駅で山手線を降りると、地下にある東急フードショー向かった。パン屋のアンデルセンを通り過ぎ、梅園の大福を横目に見つつ、サザエへ向かう。子供たちのことを考えると、梅園の大福より、サザエのみたらし団子のほうがいいだろう。サザエは、北海道生まれの和菓子屋だ。もともとは、昭和32年に函館でサザエ食堂としてスタート。従業員のおやつとして、おはぎを作っていたのがお客さんの目に留まり、おはぎを販売をすることになったとのこと。それが人気となってしまい、食堂からおはぎ屋さんへ転換。そした、現在の和菓子屋「サザエ」となったようだ。通路の先にあるサザエが視界にはいってきたが、いつもと様子が違う。

「おっ、ついてる!」今日に限って、一人も並んでいない。サザエにはいつも4、5人の列ができている。なぜそんなことを知っているのか? それは東急フードショーが私の帰りに道になっているからだ。毎日大福や団子、ケーキなどをウィンドショッピングしながら帰るのが、私の楽しみだ。実際には買うことの方が多いのだが……。
「すみません、下の段のみたらし団子を6本ください」とサザエの店員さんへ注文した。「はい、どうぞ」。包みが入った袋を手渡された。それを右手でうけとる。想像していたよりズシリという重みが、指の第二関節へ伝わってきた。うーん、なんか嬉しくなってきた。

金曜の夜8時頃ということもあり、いつもほど込んでいない地下鉄半蔵門線の渋谷駅ホーム。やってきた各駅停車に乗む。いつもはギュウギュウつめの車内も、今日はそれほど混んでなく、車内の奥ほどまで乗り込む。団子を目の前の棚へ乗せると、バックから本を取り出し、読み始めた。「次は……まち。次は、さくらしんまちです」と、車内アナウンスが流れる。気づくと桜新町駅に着こうとしていた。普段から、物を置き忘れたり、なくしたりすることはない。それが、自分のとりえだとも思っていたのに……。

凹んだ心をリカバリーできないまま、再び家路を歩き始めた。置き忘れたショックと、自分への腹立たしさが一緒に胸の辺りを回っている。なぜ置き忘れてしまったのか? いつもなら食パンを棚においても忘れないじゃないか。いまさら考えてもしょうがないとわかっていながら、思考が考えることをやめようとしない。まあ、幸いだったのは、「みたらし団子をかったよ!」と、妻へメッセージを送っていなかったことだ。もし、送っていたら、みんなを落胆させるところだった。知らなければそれでいい。私がみんなにその話をしなければ、彼らはこの事実を永遠に知ることはないのだ。

下を向きながら、いつもより暗い夜道を歩く。「なにをそんなに凹んでいるんだ。無駄にしてしまったのは580円じゃないか。そこまで落ち込むことでもない」と冷静な自分が言う。
「わかっているけど、5000円を間違えてトイレに流してしまったような気分なんだ」と、おさまりきらない自分が答える。
「いいか、よーく考えてみよう。金額は580円だ。580円を落としたことがそんなに痛いのか?」
「わかってる。わかっちゃいるけど、感情がおさまらない。なんでなんだ?」
「だからさ、俗に言う“プライスレス”ってやつだよ。みなを喜ばせたあげたいっていう気持ちが580円に乗っかってた。それごと棚に忘れてきてしまったから凹むんだ」
「あぁ、そっか。気持ちの分ね。団子をおき忘れてきちゃったから、みんなを喜ばせることができない。それが自分を凹ませている原因ってわけね」
「でも、それって気持だからさ、団子は関係ない」
「どういうことだろうか?」顔を上げると、給水塔の間から、まあるい月が見えた。自分との問答をつづける。
「ようは、みんなをよろこばせることができればいいわけだろ? だから団子にこだわる必要はないんじゃないか? 団子って手段だからさ」
「ああ、なるほどね。そういえば、きな粉と餅がキッチンの収納に入ってたな。それから買い溜めしている、缶のお汁粉も沢山ある」。得意技で攻めるならきな粉だな。夕食後にきな粉餅を作ることにしよう。

「ただいまー」
「おかえりー」と、弾んだ声で妻が応える。少し肌寒い外から家に入ると、モワっとした湿度を含んだ暖かい空気が玄関を満たしていた。もう鍋は始まっているようだ。リビングに入ると、子供たちが勢いよく鍋をつついていた。
みんなが食べ終わった頃を見計らって声をかける。「きな粉餅食べる?」
「たべるーー!」と、すかさずみんなの声が返ってきた。みたらし団子のことは、もう頭の中から消えていた。そうだ、大切なのは目的の方だ。でも人って目的と手段をよく混同する。そして、手段にこだわりすぎて、本人たちの意に反して目的とは反対の方向へ進んでいることも気づかないことが沢山あるんだ。実は、妻の妹が双子をつれて我が家へ来たのには、それと関係するわけがあった。

旦那さんがうちへ行くことを勧めたそうだ。旦那さんのお姉さんの息子さんは2浪して医大を目指しているそうだ。先日、この妹夫婦が旦那さんのお姉さんの家に遊びにいった時のこと。息子さんの状況が状況だけに、家の空気がピリピリしていて、とても居づらかったそうだ。一方うちはどうか? 今年高校に入る長女がいるが、受験勉強中でも和やかな雰囲気だった。でも受験勉強が楽勝だったのかというと、そうでもない。偏差値64以上の都立高校を目指し、チャレンジングな受験をしていたからだ。いったい何が違うのか? 我が家では、子供たちがやりたいことを最優先にしている。言い換えると、彼女たちが人生を楽しんでくれれば、それでいいと考えている。だから、親から勉強をしなさいといったことは一度も無い。もっと言えば高校へ行ってほしいとも、欲しくないとも言ったことはいない。義務教育の後は自分で決めている。もちろん最大限のサポートはするが、彼女たちの人生に、親の期待や常識を背負わせないように気をつけている。だから、受かれば一緒に喜ぶし、落ちてしまったら一緒に悲しむが、そこには強制されてものは一切ない。だから、子供は真剣にやっているが、そこに必要のない緊迫感はないのだ。結局長女は合格した。ちなみに次女は、あまり勉強がすきではない。かわりにピアノが好きで、家ではずっと電子ピアノを弾いている。それはそれで、我が家では全く問題ない。なぜなら、親の目的がはっきりしているから。おそらく多くの家庭では、親から勉強をしなさいいわれるはずだ。なぜか? 勉強ができないといい大学に入れないから。そして、いい大学に入れないといい企業へ就職ができない。いい企業へ就職ができないと収入面でこまるから。収入が少ないと幸せになれない(苦労する)と思っているから、とこんな感じではないだろうか? つまり、子供のために「勉強しなさい」といっている、思いやりのように聞こえるがそうでもない。どちらかというと、勉強ができないと幸せになれないと思い込んでいる親が、自分の恐怖を子へ押し付けていることの方が多い。怖いのは親である自分自身なのに。心理学では投影と呼ぶ。恐怖から発する空気は、ピリピリしてしまうのだ。そんなこともあって、妹の旦那さんはうちに来ることを進めたのかもしれない。

さて、次の日の朝、朝食の食器を洗いながら、リビングにいる妻に話しかけた。「昨日さ、実はみんなに、みたらし団子を買ってきてたんだよ」
「そうなの!?」
「でも、電車に忘れてきちゃってさ」
「えーー、電車のどこに?」
「棚の上」
「そうなんだ」
会話はそれで、終わった。妻の方を振りむくと、妻はコーヒーカップを手にしようとしているところだった。カップを見つめる彼女の目元には、嬉しそうな気配が漂っているようにみえた。

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