メディアグランプリ

天使が微笑む灼熱の世界へようこそ


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:大久保忠尚(ライティングゼミ・平日コース)

「あっつー!」
やばい、つい口に出してしまった。周りの女性達が僕を訝しげに横目で見た気がする。
女性達はボディラインの際立ったタンクトップやタイツ姿で、バスタオルと大きなペットボトルを手にして準備を始めている。

室温は約三十度。湿度は約五十パーセント。照明は薄暗く、心地よい音量で鳥のさえずりや森を抜けていくような風の音が室内に流れている。床面には三十人分のマットが敷き詰められ、壁面は鏡で覆われていた。

こう書くと、大人な雰囲気であまり公に書いてはいけないような場所に聞こえてしまうが、そうではない。

ホットヨガスタジオ。
男性だとあまり馴染みのない場所に僕はいた。

定期的にスポーツジムに通っているが、今までは器具を使ってのトレーニングをしていただけだった。しかし単調なものにも飽きてしまい、同じ料金でボクササイズやリズムバイクなどのレッスンを受けられることを知った僕は、何かに参加してみようと思ったのだ。

そして、ちょうど開催されていたのが、ホットヨガだった。

ホットヨガは女性のやるもの。
そう思いつつ、恐らくこの機会を逃すと挑戦することは二度とないだろうと考えた僕は少しだけ勇気を出して参加してみたのだ。

初挑戦ながら、どちらかというと不安よりも期待の方が少し高まっていた。それは、フィットネスウェアを身にまとい、ボディラインを主張した女性に囲まれながら、心地よいストレッチをしながら時間を過ごす事はそう滅多にある機会ではないからだ。

ホットヨガ、いいかもしれない!
そんな期待を胸に、マットの上に座り僕は開始の時間を待った。すると僕の両サイドには見事にボディラインを主張した男性が並ぶ結果となった。

ピチピチのスパッツ姿の隣人に驚きながら周りを見渡すと、決して多くはないが男性の姿も見受けられた。しかも僕のような初心者ではなく、何回も通っているようで、それらしいストレッチや呼吸法で待ち時間を過ごしている。男性の参加者も意外といるようだ。

初めは女性ばかりの中に放り込まれた、とはいえ自分から飛び込んだのが、敵ばかりだと思っていた場所が、男の自分でもこの場にいて良いのかという安心できる場へと少しだけ変わった。

時間になり、室内の照明が一段階暗くなったかと思うと、先生である女性が全員の前に立った。

「みなさま、本日はご参加ありがとうございます」

とても優しい口調と微笑みで語りかけた後、深々とお辞儀をした先生は、丁寧に一つずつ説明をしていった。彼女のタンクトップとタイツ姿、そして穏やかな笑みを見つめながら僕は思った。

ホットヨガ、いいかもしれない!

期待に胸が膨らんでいく僕と周りの参加者に向けて、先生は穏やかな口調で説明をしていく。

ヨガでは呼吸法が非常に重要らしい。ゆっくり吸って、ゆっくり吐く。呼吸を意識しながら体を伸ばしていく。
さらにホットヨガは室温三十度以上という環境ゆえに、無理せずにゆっくり呼吸をする事、そして水分補給をしっかり行うことが大切のようだ。

また彼女は繰り返し僕たちにこう言っていた。

「この時間は日常から少し離れて、自分と向き合いながらリラックスした時間をお過ごしください」

なんて素晴らしいことを言うのだろう。
前に座り次々とポーズを決めながら語りかける彼女の姿が、天使のように思えた。

楽に座って、大きく呼吸をしながらゆっくりとストレッチをする。暑さで若干の息苦しさはあるものの、その環境がむしろ集中を促し、自分と向き合えるような気がした。

天使と一緒にこのままどこか穏やかな世界へ行ってしまうのではないだろうか。
そう思っていた僕だったが、甘かった。
天使は徐々にインストラクターとしての本性をあらわし始めた。

簡単なストレッチだと思っていた動きが、徐々にトレーニングのように少し無理をしないと維持できないポーズへと変わっていった。

時に体をひねり、時に立て膝の下から腕を背中へ回し、時に腕を天井まで伸ばしてキープするなど、僕の体はポーズをとるたびに小刻みに震えていた。
暑さと湿気が急激に襲いかかる。
前方にいた天使の面影はどこへいったか、その空間が地獄の入口のように思えてきた。

そんな時に先生は優しく言うのだ。
「決して無理はなさらないでください。呼吸から自分のペースを作ってください」
地獄に足を踏み入れそうになった時に天使が手を差し伸べる。
妙な錯覚を覚えながら、僕はできる範囲でポーズを決めていった。

するとどうだろう。
初めはキツさを感じていたものの、適度に水分補給をしながら、自分のできる範囲でやっていると、徐々に体の動きに集中していくようになり、BGMも少しずつ意識から離れていき、自分の鼓動や呼吸の音がとても良く聞こえるようになった。

今でこそ文章にしているが、この時の僕はどこかぽーっとしていて、頭の中でモヤモヤしていたものが少しずつ吐く息や汗と一緒にどこかへ出ていってしまうような感覚だった。
初めは周りを伺いながら参加していたが、気付けば目を閉じながら自分の世界の中に入っており、あっという間に六十分のレッスンは終了していた。

最後にゆっくりと全員で挨拶をし、使っていたマットを拭き立ち上がる。
部屋の出口では天使が参加者一人一人へ挨拶をし、僕にも微笑んでくれた。

「ありがとうございました。またぜひご参加ください」

絶対にまた来ようと思った。

しかしそれは天使の微笑みのせいだけではない。

部屋を出ると自分でも驚くくらい肩が軽かった。ゆっくりと呼吸をし続けていたからだろうか、非常に気分も落ち着き、普段よりも自分の中に酸素を取り込めているような感覚だった。
体も頭も心も軽くなっていた僕は、新しい自分になったような気分で外の世界へと戻ったのだった。

初めは男性が参加するのはおかしいと思っていたホットヨガだが、男性でも一度体験すると良いのではないだろうか。

暑さや湿度という普段体験できない環境に身を置くこと。
その中で自分を見つめ直す時間を作ること。
ゆっくりと呼吸をし、自分のペースを取り戻すこと。
女性だけという縛られた考えを持たず、その感覚を味わってみること。

忙しい日常の中で凝り固まっていた考えや、尖っていた考えがどこかへ消え、きっと素直に色々な考えを受け入れ、優しく接することができるようになれると思う。

マッサージのように誰かに解きほぐしてもらうのではない。
ホットヨガは、自分の動きによって筋肉だけでなく心もほぐしている。

普段自分で首を締めてしまっている感覚を、自分の中の天使が少しだけ手を差し伸べて、思い直させ楽にしてくれる。そんな時間を感じられるだろう。

新年度になり、慣れない環境になった人も多いだろう。
悩んだ時はぜひホットヨガに挑戦してみて欲しい。きっと天使が微笑みかけてくれるはずだ。

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2018-04-05 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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