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シェアルームの効用


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記事:橋爪朝寿(ライティング・ゼミ ライトコース)

 
 
ある日、大きな事故に遭って左手が開かなくなった。意識を取り戻すと僕の左手は包帯でぐるぐる巻きになっていて、まるで肘から先がなくなったかのように感覚がなかった。
それを境に学校を辞めて、フリーターになった。しかし、怪我はよくならず、手術のために入退院を繰り返し、そのたびにアルバイトを辞め、日常の動作のみならず、金銭的にも生活は苦しくなった。
これは、当時の僕の最後の入院生活の話だ。
当時、19歳の僕は、バイトしていた会社から自分のデスクがなくなったことを電話で知らされて、また貧しい思いをすることがわかったこと、使っていた右利き用のギターを弾けなくなったことが辛くてひどく鬱々としていた。
入院していた6人部屋の病室のカーテンを閉め切り、薄暗い蒸し器のようなベッドで、家族が差し入れてくれた本を読んでいた。不運にも、遠藤周作の「海と毒薬」(病院で生きた人間の人体解剖が行われる話)を読んでしまい、今にもカビが生えるのではないか、というぐらいに塞ぎ込んでいた。
ろくにひげも剃れないし、表情が疲れ切っているから、10歳以上老け込んでいた。大体の人が僕を30歳ぐらいだと思っていた。
家族以外の人とまともに話す時間と言ったら、看護師さんが点滴を交換しに来るときと、洗面所で苦戦しながら歯を磨くときだけだった。
それでも、その洗面所にいるときに話す相手がいた。隣の女性部屋に入院している、年配の女性だった。女性部屋は不思議だった。男性部屋は入院しているみんながカーテンを閉め切ってふさぎ込んでいるのに、女性部屋の患者は、みんながカーテンを開き、夜になるとひとつのベッドの周りに集まって話をしているのだった。
「そっちは楽しそうですね」
「楽しいわよ。毎日、修学旅行みたいだわ」
「なんだか不思議です……。僕たちの部屋は……」
「陰気よね」
「ストレートですね」
僕は笑ってしまった。久しぶりに人と話して笑った気がした。
「私ね、明日退院するの。お世話になりました」
「そうなんですか。おめでとうございます」
「あなたと話すの、楽しかったわ」
そう言って、その人は病室に戻っていった。僕が病室に戻るとき、その人の病室から笑い声が上がるのを聞いた。
 
次の日の朝、僕は起きると、カーテンを開けた。空気を入れ替えようと思ったのだった。部屋の明かりが差して朝食のスープに反射した。いつもより少しだけ、朝食がおいしそうに見えた。
僕が食べ終わるころ、はす向かいのベッドのカーテンが空いて、そこから中年の男性が出てきた。
「おはようございます」
僕がそう言うと、その男性は会釈して、歯を磨きに洗面所に行った。
しばらく、カーテンを開けっぱなしにしていた。遠藤周作や太宰治ではなく、O・ヘンリの短編集を読み始めた。
カーテンを開けていると、ベッドの前を、部屋の患者たちがトイレの用や飲み物を買いに行くために、頻繁に行き来するのがわかった。僕は、一人一人に会釈をするところから始めた。
一日中カーテンを開けっぱなしにして、次の日も、また次の日もそうした。最初は落ち着かなかったけれどすぐに慣れた。
そうしていると、同じようにカーテンを開ける人が増えた。その人と仲良くなって、二人でコンビニに行って、お菓子を買ってきた。看護師さんに注意されはしたけれど、二人でこそこそとお菓子を食べて、ジュースを飲んだ。
次第に、カーテンを開ける人が増えて、僕が入ってた部屋の全員がカーテンを開いて、眠るまで話をするようになった。いつしか、病室はちょっとしたルームシェアのような状態になっていた。
一緒にコンビニに行き、中庭に散歩に出かけた。誰かが体調を悪くするとみんなで心配し、誰かが退院するときには”卒業”と言って、ジュースとお菓子で祝杯を挙げるようになった。辛いリハビリのことや、入院するまでの経緯をお互いに語り合って、それぞれを労りあった。
僕の手術の前日、隣のベッドの人が、お菓子をくれた。僕の包帯だらけの手に触れて、「がんばれ」と言ってくれた。手術が終わった後の痛みも、全身麻酔をかけるときの苦しさや気持ち悪さももうわかっていたけれど、怖くなかった。
手術が終わってリハビリが始まり、しばらくすると、僕にも”卒業”の日が訪れた。家族が迎えに来る前に、部屋の患者たちと連絡先を交換した。みんな、部屋を出るときに、ベッドから出てきて手を振ってくれた。
 
僕の左手は、手術を重ねても、結局開くようにはならなかった。今でこそそう思えるけれど、最初から生きているだけマシと思えたわけでもない。
退院した一年後に、僕は左利き用のギターを買った。僕の左手は結局開くようにはならなかったけれど、そのギターなら、左手が開かなくても、右手でコードを抑えて、左手の少しの力でピックを握りこんで弦を弾くことができた。
 
あの病室であったことは僕の怪我の経過に影響を与えた訳ではない。しかしあの朝に、カーテンを開けなければ、病室の人たちの支えがなければ、僕は痛みに耐えてリハビリを続けることはできなかっただろう。
きっと、別の出会い方をしていれば、例えば、同じ勤務先、同じ学校に通う人であれば、あの中の誰ともあそこまで仲良くなることはなかっただろうと思う。
僕たちは、あのカーテンを開かなければ、ただ薄暗く蒸し暑いあの場所だったからこそ、繋がり合って、お互いを助けることができたのだ。あの閉塞した近さが、僕たちを助けたのだ。
そう思うと、あの場所にいたことも、悪くなかったと思えるのだった。
 
 
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2018-04-06 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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