プロフェッショナル・ゼミ

木造船《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:高浜 裕太郎(プロフェッショナル・ゼミ)
※このお話はフィクションです。

「他人なんて信用ならない」
基本的に私は、そう思っている。
他人は、何を考えているか分からないからだ。例えば、私によくしてくれる、お隣のおやっさんだって、腹の底で何を考えているかなんて、私には分からない。塞がれている望遠鏡を覗く様なものだ。
よく、作りすぎた肉じゃがを持ってきてくれる、向かい側の主婦のおばさんだって、何を考えているか分からない。本当は、私から何らかの見返りが欲しいのかもしれない。
「考えすぎだよ」とも言われる。
「世の中、そんなに悪い人ばっかりじゃないよ」とも言われる。
私もそうだと思っていた。けれども、今では考えがまるっきり変わってしまった。あの事件以来……。

私は、この国の生まれではない。
15年前、海を越えた、向こうの国から渡ってきたのだ。
当時、「向こうの国」はとても貧しかった。今もこっちの国より、ずっと貧しいけれども、昔は本当に酷かったのだ。
「あれはさ、人間の住む所じゃなかったよね」
私と一緒に、向こうの国から逃げてきた、シンジという人物がいる。シンジとは、こちらに来てから、しばらく一緒に暮らしていた。その時に、よく昔話として、向こうの国の話をしたのだ。もっとも、今会っても、そんな昔話はしないけれども。
そう、本当に人の住むところじゃなかったのだ。私の周りには、常に誰かの死体があった。それは、殺されたり、自殺したり、飢えて死んだ者たちだった。
そんな死臭の漂う国で、私は生まれたのだ。

「ドッ」
家の扉の外から、鈍い音がした。扉と言っても、きちんとした扉ではない。木の板で仕切っただけのようなその扉から、何か鈍い音がしたのだ。
「父ちゃん……?」
当時10歳だった私は、そう叫んで扉を開けた。日がそろそろ沈もうとしている。この時間帯に帰ってくるのは、大抵父親だった。
「父ちゃん!」
私は父のことが大好きだった。父は、休みもなく「仕事」に行っていたけれども、家に帰って来てからは、父と一緒に、ほとんどの時間を過ごした。
父は私に色々な話をしてくれた。それは、ほとんどがおとぎ話の類だった。「辛い思いをして、死んでいったおじいさんが、天国という楽園に行った」という話。「ある日、病気だった女が、花畑にいる夢を見ると、病気が治った」という話をしてくれた。そう、父の話には、いつも「天国」や「夢」や「楽」という言葉があった。そして父は、重ねてこう言っていた。
「お前も、今は辛いかもしれないけれど、いつか天国に行けるんだ。楽園に行けるんだぞ。だから、今頑張るんだ」
父は、それを自身にも言い聞かせていたのかもしれない。彼が動く原動力になっていたのかもしれない。

扉を開けると、私におとぎ話を聞かせてくれていた父が、倒れていた。
「父ちゃん!」
呼びかけてはみたものの、返事は無い。眠っているのだろうか。疲れているのだろうか。
「待っててな父ちゃん、今運んでやるから」
私は、父を担いで、家の中に連れて行った。今の父は、10歳の私でも、軽々と持ち上げられる程に軽かった。
父を担いで、藁の布団に寝せる。きっと父は疲れていて、今は眠っているだけなのだろうと思った。
けれども、1日、2日経っても、父は目を覚まさなかった。
そこで私は気付いたのだ。「父は死んだのだ」と。
思えば、当時の私は「人が死ぬ瞬間」というのを見たことが無かった。街を歩けば、倒れている人もいるし、死んでいる人もいる。だから、「人の死」に対してある程度の免疫はあった。けれども、「人が死ぬ瞬間」を見たことがなかったので、私は父が「死んだ」ということに、しばらく気が付かなかった。
父が死んだ。その事実は、思っていたよりも私を悲しませなかった。むしろ、私にとっては喜ばしかった。
あんなに辛そうに「仕事」をしていた父。給料も貰えずに、まるで奴隷のようにこき使われていた父。少ない配給をほとんど食べず、私のお腹を膨らませようとした父。
父のことは大好きだったけれども、正直、辛そうな父は見ていられなかった。見る度に、どんどん痩せていってしまっている父。そんな父を見ていられなかった。
だから、父は死んで、極楽へ行ったのだと思うと、何だか嬉しかった。父が言っていたように、天国という幸せな空間に、父は行ったのだ。

父が死んで、私は1人になった。兄弟も、母も、もう死んで、たぶん天国へ行ってしまった。
私も、早く天国に行きたかった。この、砂埃と死臭だけがある国から、早く出ていきたかった。お腹一杯ご飯も食べたかったし、働かないという理由で、ムチで打たれることのない世界に行きたかった。
死ぬ前に、父はこう言っていた。
「精一杯頑張らないと、天国へは行けないんだぞ」
この言葉を覚えていたから、私は頑張ろうと思った。父のように、必死で生きようと思った。けれども、どうすれば必死に生きたことになるのか、全く分からなかった。

私が行くアテもなく、その日暮らしをしていた時に、ある人が私に声をかけてきた。
「なぁ、お前、この国から抜け出す気はないか?」
こんな話、聞かれたら殺されてしまうかもしれない。だから、ソウタは、内緒の話をするように、ひそひそと私に話かけてきた。
ソウタは、私の親友の1人だった。私と、ソウタと、アキラと、ケンジの4人で、よく遊んでいた。
いや、10歳の私たちでも、奴隷のように働かされてしまうこの国では、他の国であるような「遊び」は存在しなかった。ままごとも無かったし、チャンバラも無かった。
あったのは、「盗む」という行為だけだった。隣の畑から食べ物を盗む。隣の家から何かを盗む。そうやって私たちは遊んでいた。私達の関係は、親友というよりも、「共犯者」に近いのかもしれない。
その、「共犯者」の1人であるソウタから、またまた犯罪のお誘いが来たのだった。

「どうやって?」
私は思わず聞き返した。その顔はどんな顔をしていただろうか。彼の話に興味はあったから、少しニヤついていたのかもしれない。
「最近流行ってんだ。木で船を造って、それで海に出るんだ。運が良ければ、1週間くらいで隣の国に行ける」
「隣の国……」
ソウタの話が、思ったよりも具体的だったので、私は少し前かがみになって聞いていた。ここではない、どこかへ行くことが出来る。しかも隣の国だ。
聞くところによると、隣の国は、働いた分だけお金が貰えるらしい。そして、そのお金を使って、人々は生活をするらしい。働くのをサボったからといって、ムチで叩かれることもなければ、父のように痩せこけて死ぬ人もいないらしい。
私にとってみれば、まさに天国のような場所だった。この国で死んだ人は、隣の国に行くものだと思っていたくらいだった。それくらい、私にとって隣の国は、「理想郷」という言葉がぴったりとあてはまる国だった。
「なぁ、こんなところ、早く抜け出そうぜ」
ソウタは、早く決断しろと言わんばかりの顔で、私を見てくる。その顔は、まるで風邪を引いた時のように、熱を帯びていた。
その熱にやられたわけではない。ただ単純に、ここから抜け出したいと、そう思った。天国へ行ってみたいと思ったのだ。

私とソウタ、それからアキラとケンジの4人が「共犯者」となって、この作戦は始まった。それぞれの家を解体して、何日かかけて、夜中に船を造った。
木材は意外と重く、1人では到底船なんて作れそうにない。けれども、4人なら、なんとか船らしきものを作ることが出来た。
そしてある日の夜中、私たちは夜の海に向かって漕ぎだした。
夜の海は真っ暗だった。まるで怪物の腹の中のよう。腹の中を進んでいけば、何があるのだろうか。私たちは、海という大きな怪物に食われてしまうかもしれない。
そんな思いは、4人の頭の中にチラついていただろう。それでも、私達は、「天国」を目指して、舵を切ったのだ。
持ち寄ったありったけの食料と水で、1週間は過ごせると思った。話では、1週間もあれば、隣の国に着くという。
船の中では、希望に溢れた話をした。曇り空がかかっていて、星なんて見えない日でも、私たちは希望を見失わなかった。
「向こうの国についたら、何をしようか」
「俺は、ちゃんと働きたいなぁ」
「俺は、向こうで美人を捕まえて、結婚するんだ!」

そんなことを言いながら、私たちは暗い怪獣の腹の中を突き進んだ。
そして、1週間が経った。
周りはまだ、暗い海。島なんて、まだ見えてこない。進むスピードが遅いのだろうか。それとも、知らない間に、波の流れに沿って戻ってしまっていたのだろうか。
「まだかねぇ」
ソウタがそんなことを言いだした。するとケンジが「きっともうすぐさ」なんて言った。
10日が経った。船の中では、もう夢なんて語っていなかった。未だに、島らしき影は見えてこない。4人の頭の中にあった、希望と言う名の太陽にも、雲がかかっているようだった。
「いつ、着くんだ……」
やはりソウタが、1番初めに痺れを切らした。1週間が経過した時点でも、ソウタはもう弱音を吐いていた。それを、あとの3人がなだめるという図式だった。
けれども今では、全員がうつむいている。まるで、隣の国なんて、無いのではないかと全員が錯覚しているかのようだった。
当然、1週間分しか持ってきていない食料も、今では底を尽きようとしていた。
「クソっ!」
不意に、ソウタが立ち上がった。そして、まるで獣が吠えるかのような「ウォォォアァァァ」という声を上げ、次の瞬間……。
私を、海へと突き落とした。
一瞬、何が起こったのか理解が出来なかった。いきなり、視界が真っ黒になったのだ。そして、海面に顔を突き出した瞬間、ソウタが「漕げ! 漕げ!」と叫んでいるのを聞いた。

私を乗せていた木造船は、どんどん遠くへ行ってしまったのだ。
その時の気持ちを、私はまだはっきりと覚えている。「これからどうすればいいのか」とは思わなかった。私の中に湧き上がってきたのは、悲しみと、次に諦めだった。
悲しかった。遠くへ逃げていく船を見ると、まるで希望が見えていくような感覚を覚えた。あんなに私に優しく接してくれたソウタ。あんなに一緒の時間を過ごした皆。それらの思い出が、私を悲しみへと導いた。そして、波に漂いながら、私は生きることを諦めていた。
「ここで死ぬのも悪くはない」
私はそう思っていた。いや、それは「自分が死ぬ」ということを、理解出来ていなかったのだろう。ここで死んだら、父の言っていた天国へ行ける。ならば、ここで死んでも良いのではないだろうか。私は十分に頑張った。そう思っていた。

そうやって、まるで海に投げ出されたゴミのように、プカプカと浮いていた。
すると、1隻の船が私の所へやってきた。私が作ったのと同じ木造船だ。けれども、作りはしっかりとしていた。
「大丈夫か?」
中から、私よりは5歳くらい年上に見える男が顔を覗かせた。これが、後に一緒に暮らすことになるいシンジだった。おそらく、私より年上だから、精密に計算を重ねて、きちんとした木造船を作ったのだろう。見る限り、シンジの他にも5人ほど乗員がいたが、木造船はフラフラとせずに、しっかりと走っていた。
「おい、引き揚げろ!」
シンジは、他の乗組員に命じた。何人かが、私を引き上げようとする。
「やめろ! 俺なんか乗せない方が良いだろ! 離せ! お前らだけで行け!」
私はそうわめいていた。なぜあの時、シンジの好意を素直に受け入れることが出来なかったのか、それは今でも分からない。ただ、私は悔しかったのかもしれない。
「バカ! 関係ねぇ! 引き上げろ!」

シンジのその一言のおかげで、今の私は存在しているのだ。もし、シンジがあの時私を見捨てていれば、私はとうに死んでいただろう。
私は、シンジのおかげで助けてもらった。シンジには感謝しかない。
けれども、私を捨てていったソウタ達を思うたびに、やはり他人は信用ならないとも思うのだ。
人間は、基本的に自分のことしか考えていない。シンジのように、他人の為に尽くすことが出来る人なんて、ほんのわずかだ。
それでも私は、他人という「人の皮を被った何か」を信じるしかないのだ。

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