メディアグランプリ

父でもなくパパでもなくお父さんになりたくて。


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記事:大久保忠尚(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
朝6時50分。
 
スマホの目覚ましが枕元で鳴り始めた。
目が開ききらぬまま手探りでタイマーを止め、僕はもう一度夢の中に逃げ込もうとする。しかし、1分後にまたスマホはスヌーズで僕を起こし始めた。
諦めきれないまま、うっすらと目を開く。春らしい日差しがカーテンの隙間から差し込み、外からは小鳥のさえずりが聞こえる。目の前の道路を歩く革靴の音、通学路を走る子供達の足音と元気な挨拶が外には広がっているようだ。まだ少しだけ肌寒い4月の空気を鼻の先で感じながら、少しでも温もりを感じようと毛布で顔を覆う。ふわふわとした質感はお気に入りで、この毛布があるからこそ、僕はこうして何度も眠りの世界へと連れて行かれてしまうのだろう。
 
毛布を被ったまま、寝返りを打つ。毛布とお揃いのふわふわの枕カバーが僕の頬を優しくなでた時だった。
 
「お父さんの匂いがする」
 
その香りは僕を一瞬で夢から覚めさせた。
 
 
5年前。仕事で年上の男性と話していた時のことを覚えている。
「30歳になったら、枕からお父さんの匂いしますから。ほんと、30になったら急にきますからね」
 
僕は先月30歳になったばかりだ。
それまで加齢臭と言うのか、お父さんの香りなんてまるで感じていなかった。しかし30歳になって1ヶ月。なんだか部屋の匂いが変わったと思ってはいた。ただそれも、冬の間に寒さゆえにあまり窓を開けなかったから換気ができていないのだろうな、と思っていた。しかし、暖かくなり窓を開け、換気をしてもなにやら今までと違う香りが部屋のどこかから漂っていた。そして、その正体が枕だったことに気付いたのだ。
 
もうそんな年になってしまったのか。正直ショックだった。
しかし考えてみれば周りには既に子供がいる同級生や後輩だって多い。僕の父だって、30歳の時には既に5歳になる兄を育てていることになる。
今の僕に果たして子供を育てられるだけの度量があるだろうか。結婚もしておらず、当然子供もいない。自分の父親のことを素直にすごいと気付いた。
 
僕の父は、いわゆる「親父」というタイプではないし「パパ」というタイプでもない。「お父さん」という言葉が一番しっくりくる男である。
普段の僕は父に対して、小言がうるさかったり、酔っ払うとだらしなかったり、休みの日は何もせずにずっとテレビを見ていることなどをつまみ上げ、バカにしている。
 
しかし、今の僕と同じ年に、既に子供を育てていることを考えると、僕よりもはるかに立派な男性だな、と感じてしまった。
背も高く、体つきも比較的しっかりしている。誇れるような大学を卒業し、名前を聞けば分かるような企業で働いていた。話をすれば色々な知識が会話の中で登場し、素直に物知りだなと感じることが多い。車の運転が好きで、旅行に行く時はほとんど車を運転して連れて行ってくれた。
こうして考えてみると、とても素敵な良いお父さんだと思う。
 
今の僕はといえば、身長が低く、どちらかといえば非力である。一浪したものの滑り止めの大学しか合格できず、ある程度の企業に就職はしたつもりだが給料は決して高いとは言えない。自分の興味があることならまだしも、ニュースや社会の話題は表面的なことしか分からず、歴史や地理に関しては分からないことがほとんどだ。運転免許こそとったが、ほぼ運転しないまま気付けばゴールド免許になっていた。父とは正反対である。
30歳になり突如自分から発せられたお父さんの香りが、自分のお父さんには決して届いていないことを僕に気付かせたのであった。
 
 
普段はバカにしている父だが、一人暮らしをするようになってから、度々二人で食事をするようになり、一緒に住んでいた頃よりもよく話すようになった。
 
話す内容といえば、母のことや、僕の兄のこと、新しく家族になった兄の奥さんや孫娘のことなど、家族の話題が多い。普段はわざわざ話題には出さないが、二人だけで会って話をしてみると、お父さんがどれだけ家族のことをよく見ているか、そしてよく考えているかが分かる。
 
「あいつ、あんまり興味ないふりしてるけど、ネックレスとかあげると喜ぶんだよね」
と母について照れながら話すし、
「あんまり自分から話さないけど、結構あいつもみんなのこと考えてるんだよな」
と兄のことを嬉しそうに話す。
「最近おじいちゃんのマネするようになったんだぜ。俺、そんなに腕組んでること多いかな?」
といつも写真を見せながら3歳になる姪っ子について話をする。
 
そんな家族の話を聞いていると、きっと自分に対しても何かを考えてくれているのだろうな、と思う。恥ずかしくてそれは聞けないが、少しずつ大人になるにつれ、お父さんの偉大さを感じることが多くなっていると感じた。
 
 
枕から感じたお父さんの香りは僕を少し憂鬱にさせた。
しかしそれは、今まで僕を育ててくれた人への感謝の気持ちを僕に届けてくれたのだった。
 
 
先日誕生日を迎えた母へのプレゼントについて話をしていた時にお父さんは言っていた。
 
「プレゼントは別に何が欲しいとか聞かなくていいんだよ。相手のこと考えて、何をあげたら喜ぶかなって考えたものあげればいいの。まあ、俺はいまいち喜んでもらえないことがほとんどだけど」
 
父の誕生日は10月。当分先だ。
しかし6月には父の日がある。いつも母の日の陰に隠れて、どこか放っておかれがちな父の日。
思えば、僕も母の日こそ毎年何かをプレゼントしているが、父の日にプレゼントをした記憶があまりない。
 
あと2ヶ月。いつもより少しだけお父さんのこと考えてあげよう。
これだけ時間があれば、何か喜びそうなものがプレゼントができるかもしれない。
 
 
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2018-04-12 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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