プロフェッショナル・ゼミ

家族に対して素直になることが一番むずかしい《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:小山 眞司(ライティング・ゼミ プロフェッショナルコース)

別れには色々種類がある。友達、夫婦、彼氏、彼女との別れ。良い別れもあれば、後味の悪い別れも世界中に溢れかえっている。その中でも家族とのケンカ別れは、血がつながっているという点で修復がたやすく思われるが、こじらせた場合はお互い謝る恥ずかしさが先に立ってきっかけを失い、気がつけば長い年月が経ってしまうことがある。

弟が家を出て行ってもう20年になる。原因は母との些細なケンカだった。
それ以来実家に顔を見せることもなく、年に一度だけ、会ったことの無い奥さんから年賀状が届くだけである。
僕を含め家族が知っている彼の情報は今栃木で二人の子供と奥さんと四人で暮らしていることだけである。

弟が誕生したのは僕が6歳の時だった。
知らせを受けたのは、近所の定食屋で父と二人夕食を食べながら、小さいテレビで国民的ヒーロー「背番号3」の引退セレモニーを見ていた時だった。
僕は正直なところ弟の誕生よりも、二度とプレーするスーパースターの姿が見れないことに涙している、父とほかのお客さんの姿が気になって仕方なかった。知らせを受けてすぐに、引退セレモニーでの名言の余韻を引きずりながら父と二人で病院に駆けつけたが、実はその時のことはあまり覚えていない。
覚えているのは母が優しい顔で僕に「今日からお兄ちゃんだね」と言ったことだけだ。

弟に対する母の熱のいれようは凄まじかった。
母からすれば、すでに僕という失敗作品を既に流出してしまってるため、もう二度と失敗を繰り返したくなかったのだろう。
無理もない。お世辞にも出来が良いとは言えない長男である僕は、今でもフラフラし、自由奔放に生きている。まさか40年後も独身だとはさすがの母も夢にも思っていなかっただろう。まさに期待を上回る失敗作品ぶりだ。申し訳ない。

期待を一身に背負った弟は幼い頃から夜更かし禁止。兄である僕があまりにもテレビが好きで夜遅くまでテレビを見るようになってしまったため、弟は最初から禁止された。ドリフもザ・ベストテンも知らずに育てられた。残念すぎる。すまない、弟よ。

弟は小学校に入ってまずピアノ教室に通わされだした。クラスのみんなが放課後に野球をする時、ピアノがあるために帰る時の辛さは想像を絶する。
やる気がない弟は、結局3年もかけて初級用バイエルを1冊も終えることもできなかった。音楽の才能もない子どもに、見切り発車でとりあえず習わせるところは実に母らしい。
ピアノ発表会で演奏中に大声で声援を送られたのも弟はかなり恥ずかしかっただろうと思う。なんせ隣りにいた僕でさえ、顔から火が出そうになったのだから。
弟よ、ピアノを習ってること恥ずかしかっただろう。
でもな、母さんは自分は全く音楽経験もないのに、狭い我が家でお前のためにピアノを買って教室まで探して来たんだぞ。

小学校高学年になるとピアノをあきらめて、毎日の塾通いが始まった。我が家のDNAを考えれば無駄な投資であることは火を見るよりも明らかなのだが、兄の二の舞いはさせないと固く誓った母の足掻きだったのであろう。
毎日の塾通いの成果を求めた母が立てた作戦は弟の中学受験だった。
結果は見事失敗。だから言わんこっちゃない。
不合格を知った時、母親は弟の前では涙を見せなかった。
「こんなことなら毎日みんなと野球してたら良かった!」
と泣きじゃくる弟を只々励ましていた。
弟よ、何年間も放課後にみんなと野球をさせてくれなかった母さんを恨んだだろう。でもな、あの日母さんはお前が寝静まってから
「あの子の大事な時間を奪ってしまった。ごめんよ、ごめんよ」
と親父の前で大泣きしてたぞ。

おそらく弟は知らないと思うが、弟の受験の前1ヶ月間、母は毎晩近くの神社まで「お百度参り」に通っていた。
お参りの後、毎晩疲れて帰ってくる母を見ながら、子供心に「こんなに非科学的なことをしても何の意味もないし時間のムダだ」と思っていた。ただ、何かしてやりたいが何をすれば良いかわからずに出た行動が「神頼み」だったのだろう。息子の実力を絶妙に信頼しきれていないところが母らしい。そして毎晩通った近所の神社が、安産のご利益で有名ではあったところも実に我が家の母らしい。

小学生の時に遊べなかった反動は、弟が中学に入って返ってくることとなる。
プチ非行である。
非行と言っても決して、盗んだバイクで走り出したり、覚えたてのタバコをふかしたり、ましてや夜の校舎窓ガラス壊して回るようなことはしない。傍から見ていても可愛いものだった。思い切ったグレ方さえ出来ないことは我が家のDNAが持つ「いさぎの悪さ」を物語っている。

弟が初めて彼女を家に連れてきた時の母の狼狽ぶりはすごかった
男友達が来た時以上に部屋までジュースやおやつを何度も運んで行き、リビングに戻ってきてからも常にソワソワしていた。
僕の同じ頃の経験から推測するに、おそらく弟は「部屋の戸を閉めるな」と言われたり、「彼女のご両親は何されてるの?」と聞かれたりしたことだろう。挙句の果てにその場に座り込んでなかなか部屋から出ていかないという母の必殺技も受けたことだろう。僕の時もそうだったが、自分の息子が選んだ女性を信じられないのは、どうやら我が家の母の習性のようだ。
弟よ、反抗期にあれをされると、彼女に対して恥ずかしいし、ウザかっただろう。ただな、お前が連れてきた何人目かの彼女で水泳部の子がいただろ? あの子が家に来た時、「やっと大人しい子が来た」とすごく優しい顔で嬉しそうに俺に言ってたぞ。一応母さんなりに、お前の性格に合う子をいつか連れてくるのを待ってたようだ。

母の愛情が弟ばかりにむけられていたみたいだが、僕にも多少のおこぼれは与えられた。僕が大学受験で東京に泊まっていた時、たまたま仕事で東京に来た親父と食事をした。その時母からの手紙を渡され、部屋に帰って読んでみた。
下手くそな文字で励ましの言葉が綴ってあった。1週間も経っていないのに「元気ですか?」とか、「ご飯はちゃんと食べてますか?」とか書いてあった。内容としては母なりに例え話を交えて僕を励ましてくれてたのだが、まぁ、その例えの下手くそなこと。全然心に響かなかった。でも、その手紙を狭いリビングのコタツの上で書いている母の姿を想像した時、「頑張ろう」と思った。
残念ながら感動には至らなかったが、すごく温かさが感じられたのを覚えている。

我が家の母はそういう人だ。できの悪い息子たちをいつも応援してくれるのだが、不器用で間が悪い。
弟がアメリカで就職したにも関わらずビザが取得出来ず、帰国を余儀なくされた時、アメリカで働いていた経験のある僕に泣きながら「なんとかしてやってくれ」と掴みかかってきた。当然僕はどうすることもできないと説明したが、母は一向に引き下がらなかった。
その後、親戚や知り合い全てに電話をかけ、「海外経験のある人がいたらビザが取得できる方法を聞いて欲しい」となりふり構わず聞いて回った。
そのことを知った弟はその母の行動に対して「恥ずかしいことを言いふらすな!」とひどく腹を立てた。
そしてそれ以来、弟は二度と帰ってこなくなった。

弟よ、腹を立てたお前の気持ちもわかる。自分が負けたことを母さんに言いふらされた気になったのだろう。でもな、自分でどうしようもないし、どうして良いかわからないが、なんとかしてあげたいと思って人に相談しまくった母さんの気持ちを考えたことあるか? 母さんだって自分の息子の失敗を色んな人に言うのは嫌だったはずだぞ。お前が「もう放っておいてくれ!」と一方的に文句を言って電話を切った後、母さんは「すまないことをした。悪いことをした」と何日間も泣いてたぞ。勝手にキレたお前のことを一切悪く言わずにだ。これが子を思う親心なんじゃないか? お前も今、親になったのなら、この気持わからないか?

だから、なぁ、そろそろ一度帰って来ないか? お前も今更照れ臭い気持ちはわかる。ならば俺が間に入るから。きっと母さんは嬉しいのに嬉しくないふりで、普通に「おかえり」って迎えてくれると思うよ。ちょうど今年の結婚記念日は金婚式だ。感謝を込めて俺たちでお祝いしないか?
母さん元気に振る舞ってるが、随分弱ったぞ。
今ならもう誕生日に電話をかけてきて受話器越しに「ハッピーバースデー」を歌われることもないと思う。だから安心しろ。
あれはどんな顔して聞けば良い? と思ったよな。

お前の帰りを誰よりも待ってるのは母さんだ。
あっ! ただ一つ、帰りに「これも持って帰れ」と要らないものまで色々渡されることだけは覚悟しておいた方が良いかもしれない。

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