プロフェッショナル・ゼミ

地域通貨という扉の向こう《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:青木文子(プロフェッショナル・ゼミ)

※このお話の登場人物は仮名です。

「そんなの、無理ですよ!」
思わず口から言葉が出た。今から20年前。私は東京のある団体のスタッフをしていた。その事務所でのミーティングの最中。大丈夫だからやってごらん、そんなことを言われても無理だ。だってどう考えても理屈が通らない。

「ぶんちゃん、大丈夫。怖がらなくて良いですよ。」
その言葉は私の中でなんどもリフレインして響いた。どうしてそんな風にいうことができるのだろう。

当時、その団体で立ち上げようとしていた地域通貨。その地域通貨の起案を担当していた。起案とは新しく始める地域通貨のルールを決めること。ところがそれがなかなか進まない。いくら本を読んでみても、勉強をしてみても、どうしても理解出来ない部分がある。理解できないというよりも、気持ちの中で「恐れ」のようなものが湧いて来るのだった。

地域通貨といってあなたは何を想像するだろうか。地域通貨の話をするとこんな反応が返ってくる。
「地域通貨ってお金なの?」
「じゃあ、それって円と交換できるの?」
「どこで使えるの?何が買えるの?」

私もはじめはそんな風に考えていた。地域通貨とは、あるコミュニティーやある地域でだけ流通する通貨だ。通貨の発行は日本では日本銀行が行うので、厳密にいうと通貨ではない。

この頃、日本ではわたしが関わっている団体以外にも地域通貨を使っていこうというひとつの波が来ていた。そのきっかけになったが当時放映されたNHKのドキュメンタリー番組『エンデの遺言』だった。エンデとは『はてしない物語』や『モモ』で有名な児童文学作家なので、知っている人も多いかもしれない。エンデが経済や通貨、その仕組や人々に与える影響について話をした長いインタビューから作られた番組が『エンデの遺言』だ。この番組は大反響を呼び、今は『エンデの遺言』という書籍にもなっている。

地域通貨にはいくつかのやり方がある。この時、この団体でやろうとしていた地域通貨は「通帳方式」というやり方だった。仮にその地域通貨の単位を「ポン」としよう。AさんからBさんがAさんが作ったクッキーを500ポンで買うとする。すると、AさんとBさんはお互いの通帳を開いて、Aさんの通帳にプラス500ポン、Bさんの通帳にマイナス500ポンと書き込む。この方式は紙幣なしに、通帳でそれぞれのお金が増えたり減ったりしていく方式だ。そして円と違うのは、色んな人からいろんなものを買ったり、サービスを受けている人は通帳がマイナスになっていくということ。「円」の世界での通帳のマイナスは、銀行からお金を借りているということになるけれど、地域通貨の世界では通帳がマイナスになっているからといって、どこからお金を借りているわけでもない。ただ、マイナス、という事実があるだけだ。

私の中に「恐れ」が湧いてきていた。心の中にある、こんなつぶやきがその恐れの源だった。
「通帳に沢山のマイナスを作った人が転勤とかで居なくなったらどうするの?」
「マイナスを沢山つくって、その人がじゃあ、地域通貨使うのやめますっていったら、そのマイナスはどうなっちゃうの?」
その答えは考えても考えてもわからないままだ。

私の恐れの源は「マイナス」というものの扱いから来ていた。私はそのことをある人に相談した。今回の地域通貨立ち上げの相談をしている河野さん。河野さんは地域通貨の研究を長いことしている方だった。

「河野さん、マイナスを沢山抱えた人が居なくなっちゃったらどうするんですか?」
「だって、言い換えれば、借金をあちこちからしたままその人が消えちゃうってことですよね」
「それともちゃんと通帳をプラスマイナス0にしてから抜けてもらわなきゃいけないんでしょうか」

私の言葉を河野さんはじっと聴いていた。そして、ゆっくりとこう言った。
「ぶんちゃん、大丈夫。怖がらなくて良いですよ。」
「えっ? でも。怖がるとかじゃなくて、マイナスがそのままになっちゃったらどうするんです」
なおも続けて自分の不安を言葉にしようとする私に、河野さんはもう一度こういった。
「ぶんちゃんの中にある怖さは、「円」しか知らない世界で生きてきたからです」
「ここまで起案ができていたら大丈夫です。ぶんちゃん、まずは地域通貨やってみて下さい。怖がらないでやって見て下さい。大丈夫、きっと見えてきますから」

だってだって。そんなマイナスのまま、その人が居なくなっちゃうなんて、絶対に上手くいかないよ。心の中ではまだそんなセリフが残っていたが、腹をくくった。ええい、もうこうなったらやってみよう。仲間たちへの説明するのも私の役割だ。そして地域通貨をスタートさせたのだった。
仲間たちに説明会を何回か開いた。もちろん、私の持った疑問と同じ疑問を投げかけてくる仲間たちもいた。それに明快に答える言葉は持っていなかったが、同じ言葉を繰り返した。

「まずは、やってみようよ」

私の返事はそれしかなかった。そして地域通貨を始めることになった。

はじめにやったことは、メンバーそれぞれにできることと、やってほしいことを書き出して、壁に張り出すことだった。やってあげられるところには「足をもんであげられます」「買い物の手伝いができます」「得意のケーキを売れます」「話を聞いてあげられます」といろいなことが地域通貨の金額を名前と一緒に並んでいた。やってほしいところには「庭の草むしをしてほしい」「子供の面倒を1時間見てほしい」「車の掃除を手伝ってほしい」などがやはり地域通貨の金額と名前と一緒に書き出された。やれることリストとやってほしいリスト。これを眺めてそれぞれにお願いしたりされたりの地域通貨のやりとりが始まった。

「なんだかね、この地域通貨って不思議だね」
しばらくしてそんなことを言いに来る人が増えてきた。
「これが始まってから、人に声をかけられることが増えたんだよね」
いつもは無口な人がちょっと嬉しそうにそう言いに来た。
「よくわからないけれどさ、なんだか笑うことが増えたんだよね。どうしてだろう」
小さな子連れのお母さんがそう言いに来た。

メンバーが私のところに言いに来る言葉を聴きながら、河野さんの言葉が私の中で思い出されていた。地域通貨の役割とは、通貨が持っていた本来の役割を取り戻すことにあるという。通貨の役割とは人と人のやり取りをつなぐこと。

河野さんはこう言っていた。
「通貨ってね、社会の血液みたいなものなんですよ」
「誰かが1万円をしまったままではその1万円は誰も繋がないんです。でもその1万円が1ヶ月の間に5人の間に渡っていったとしたら、その1万円は5万円分の仕事をしたってことです」
「通貨が人の間を沢山行き来するということは、それだけ人と人の関わりが増えるということなんですよ」

ではその通貨がなぜ、別の力を持ってしまったか。それは「利子」とが発明されたことによる。すべてのものは壊れたり、腐ったりしてその価値が下がっていく。ところが「利子」という力でお金だけはその価値が上がっていってしまうのだ。その「利子」の力を省いて、お金の本来の役割に戻すのが地域通貨なのだ。この通帳方式は「利子」なし、であるが、あえて「マイナスの利子」をつけた地域通貨などもある。例えば1ヶ月立つと、5%分価値がへる貨幣などだ。具体的には、1ヶ月後にその額面の5%にあたるシールを買って貼らないと、通貨として使えなくなる方法などがある。もし、あなたがこの通貨を手にしていたとしたら、どんなことが起こるだろうか? 多くの人は5%のシールを貼る前に使おうとする。すると、通貨がどんどん使われて、社会の血液として、人の間をぐるぐると元気よく回りだすのだ。

地域通貨を始めてから人と人のやり取りが増えてきた。地域通貨をはじめてから人と人がつながるようになってきた。

ふと気がつくと、私の中から、あの恐れが消えていた。そのことを私は河野さんに言いにいった。

笑いながら河野さんが言った。
「ぶんちゃん、マイナスが沢山ある人というのはどういう人だと思いますか?」
私はその答えがわからずに黙ったままだった。
「それはね、人と沢山関わったという証拠なんです。人に沢山何かを頼むことができた人、なんです」

自立という言葉がある。自立とは自分ひとりで何かをする、何かをできる人、と今まで定義されてきたが、最近あらたに、こんな定義が言われるようになってきた。「自立とは頼れる先がたくさんあること」「自立とは依存先を沢山もっていること」

そう考えると、地域通貨が走り始めたことで、そこにかかわったメンバーはすこしづつ人に頼ることができて、すこしづつ自立ができ始めているといえるのかもしれない。

円という世界から離れてみえてきたものは、人はもっと人に頼っていいという世界だった。私達が当たり前と思っている世界を離れる時にもつ「恐れ」はシグナルのようなものなのかもしれない。その「恐れ」の向こう側にこそ、扉がある。もし、あなたの中になにかの「恐れ」があるとしたら、そのときこそ、その「恐れ」の向こう側に行ってみようではないか。そこにこそ、新しい世界への扉が待っているのかもしれないのだから。

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