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メディアグランプリ

ドライヤーがくれた暖かい縁


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:北古賀昌子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
自閉症の息子は、2秒目を離すと何処かに行ってしまう。
いつも私はあわてるし、事故に遭わないように追いかけるし、何だか母のことなんか構わずに振り向きもせず行ってしまう息子に、切なささえも覚える。
 
ある日、私が床の洗濯物に目を落とした2秒の間に、息子は一瞬で姿を消してしまった。
オカルトでもミステリーでもなく、とんでもない脚力と運動神経によって、私が追いつけないほどの速さでいなくなってしまった。
私にはもともと運動神経なんてものは備わっていない。というわけで、文明の利器を使うしかない。
あっという間に駆け抜ける息子の姿を、車を走らせながら捜すのがほぼ日課だった。
そしてこの日も同じように、私は車もまばらな町内の道を捜し回った。
 
探している内に、道路の真ん中に息子の靴が脱ぎ捨てられているのを見つけた。車を停めてサッと回収するのも、田舎道だからこそ出来る所行だ。
もう暫く走らせていると、今度は息子のシャツが……そして、その先にはズボンが……。
一つ一つ回収しながらも、そうであって欲しくないと焦る私の気持ちを完全に底に突き落とす、がっかりさせるものが落ちていた……。
素っ裸じゃんよ! どうすんだよ!
 
息子は皮膚が非常に敏感で、服の着用を嫌がる傾向がある。
とにかく、小学生でまだ小さいとはいえ、不審者でいる時間はなるべく短時間であるに越したことはない。
私は毎度のように地域の派出所に電話をした。
 
何度も呼び出しを食らっている地元の警察は「あ、まただね」みたいな対応だった。
そもそもこの地域に引っ越して来たところで、真っ先に管轄内の派出所に息子の顔写真と特徴を書いた紙を渡して、何かあった時はお願いしますと伝えていた。
なにせ息子は脱走マンだ。
息子も一目置いている父がいる時はいいが、母一人の手には負えない。
ここの警察は優しい。息子がいなくなって連絡をすると、業務としては当たり前かもしれないが、見つかるまで探してくれるし、人として本当に優しく対応してくれる。
その日、連絡をすると「通報があって、たった今保護したから迎えに来てね」との返事。
丁度旦那も帰って来たので、一緒に派出所に行くと息子はバツ悪そうな顔をした。
 
息子は、何と裸エプロンをして、おまわりさんにジュースをおごってもらって飲んでいた。
たぶん、自分の仕出かしも分らず、ご満悦でジュースを飲んでたんだろうな。
おまわりさんの説明では、直ぐ近くの大型スーパーの家電売り場で、ドライヤーの吟味中に御用となったようだ。
というか、実はこの地域は特別支援学校のある地域だ。しかもこのスーパーは、よく学校の生徒達が買い物学習として利用している店舗だ。
たぶん店側は、完全に不審者の小学生が、間違いなく要支援の人物であると一瞬にして見分けることが出来たのだろう。
最初に気付いたパートのおばさんが、ちょいとちょいと! と息子を呼んで、サッと従業員エプロンを着せてくれたらしいのだ。
それからすぐ、親が探しているだろうと警察に連絡してくれたのだった。
「エプロンは返さなくてもいいですよ」と店側からの伝言をおまわりさんからもらった。
何だかあったかい気持ちになった。
 
そうか。ドライヤーだったか。
ドライヤーは大好きだ。うちのドライヤーも何台壊されたか分りゃしない。
吸い込み口の網や吹き出し口の金具を指でパキパキ割ったり、中の電熱線を引っ張り出したり、何だかやたらと楽しそうに分解する。
これを普通、世間では「破壊行為」と呼ぶ。で、自閉症の息子は、この行為も「問題行動」と捉えられるわけだ。
 
この日はもう日が暮れてしまったので、翌日そのスーパーに息子の写真と特長を書いた紙を持ってお礼に行った。
プリントには私の携帯番号も書いていたので、スーパーのスタッフは笑顔で「これはインフォメーションに貼っておいて、何かあったら電話しますね」と言ってくれた。
 
それから2年ほど、息子を介してスーパーのスタッフさんとやりとりがあった。
つまりはその間に、息子がよく店舗内でやらかしたということだけれど。
壊したドライヤーを何台も買い取った。その度に、スタッフは申し訳なさそうに会計をしてくれた。
いやいや、壊したのはこっちなんです。
ただ、あの全裸事件から全裸で脱走することはなくなったので、これだけは助かった。
一人で店舗内に姿を現せば、すぐ私に電話をしてくれたし、私が息子を捜してスタッフに聞くと「今日は見てないよ」と答えたりしてくれた。
ある日、電話をもらってあわててスーパーへ行くと、男性スタッフが息子の側にいて、息を切らしてやって来た私にこう言った。
「お母さん、今日はドライヤーを壊さないで我慢してくれました。良かったです! 偉かったです!!」
私は何だか少し泣きそうになった。
「ありがとうございます!」
暖かい気持ちに触れて、そう言うのが精一杯だった。
 
いつの間にかスタッフと私は、息子を真ん中に不思議な関係を構築していた。
息子が一人で店内に現れても、暖かい目で見守ってくれた。
私にも笑顔で「大丈夫ですよ」とよく言ってくれた。
何だか変な関係で、何だか暖かくて、とても有り難くて……。
 
2年を過ぎる頃に、息子は脱走してスーパーに行かなくなった。
満足したのだろうか。飽きたのだろうか。理由は謎のままである。
 
ところで私以外の家族はみんな、ドライヤーの中を分解するのは「わかるー!」のだそうだ。
何もない中から作り上げることだけではなく、出来上がったものの中を想像して調べるのが「わかるー!」のだそうだ。
 
私は、自分自身が残念だ。
 
***

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2018-04-19 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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