メディアグランプリ

シンデレラを狙うおばあさん《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:久保明日香(プロフェッショナル・ゼミ)

「ほら、先輩! もっと急いで下さい!」
精一杯階段を駆け上がっている私の後ろから後輩のミオちゃんがせっつくように言ってきた。あと数分で発表が始まる。急がなければと階段をのぼるスピードを上げたその時
「あ……」
私の靴が脱げた。
「わっ! 大丈夫ですか? っていうか何シンデレラみたいなことしてるんですか」
脱げた靴に危うくつまづきそうになったミオちゃんが言った。

シンデレラ……?
その表現になんだか違和感を覚えた。

「いやいや、そんないいもんじゃないよ。この靴、通販で買ったからサイズがちょっと大きいだけだから」
そう言いながら靴を履き直し、急いで会議室を目指した。
そうだ、私はシンデレラなんかじゃないのだ。だって私はシンデレラになりきれなかったただの一社員なのだから。

その日は16時から会社の役員へ向けて新商品のお披露目発表会があった。
この夏の発売が決まっているその商品は昨年、若手社員が企画立案を行い、その中から、最も優れたものが商品化されるという新しい取り組みの一環から生まれたものである。
もちろん私も企画案を作成し、提出したのだが残念な結果に終わってしまった。最終的に選ばれたのは私より4つも後輩のシズカちゃんの企画だった。

シズカちゃんは「賢くて資料をまとめるのがうまい!」と他の部署から引き抜かれ、私と同じ部署にやってきた期待の新人だった。だけど、シズカちゃんの日頃の様子を見ているとバリバリ働く”やり手の社員”という印象は無かった。私の目には物静かで気が利くが、どちらかというと存在感は薄めの”おとなしい社員”として映っていた。だから私は油断していたのだ。前評判がどんなによくても、見た感じはガツガツしていないし、4つも年下の後輩が私より優れている企画を提出できるはずがないと高をくくっていたのである。

だが蓋を開けてみると私の企画は選考段階で撃沈。彼女の企画は見事、採用となったのである。ショックだった。彼女の企画内容はどんなものなのか早く知りたかった。だからフロアのミーティングテーブルで打ち合わせをしているシズカちゃんの横を何度も通り、その様子を盗み見だってした。しかし内容はほとんどわからなかった。というのも私が横を通るときはいつも主担当者であるシズカちゃんは俯瞰するような形でミーティングに参加していたからである。積極的な発言が無かったために本当に彼女の企画が通ったのかと疑問に思うほどだった。

私達が会議室に入室すると同時にお披露目会は始まった。コソコソと後ろの方の空いている席に着席し、前方に立つシズカちゃんを目にした私は、彼女に対していい意味での違和感を覚えた。
普段はパステルカラーのトップスにふわふわとしたスカートを履いていることが多いシズカちゃんなのだが今日はストライプのパンツスーツに白のカットソーを合わせ、ベージュのジャケットを羽織り、絵に描いたようなキャリアウーマンそのものになっていた。

「それでは、新商品についてご説明させていただきます。まずはこちらを御覧ください」

パワーポイントを使用し、順を追って説明していくのだが、想像以上に上手だった。話す速度、声のトーン、抑揚の付け方……。私がいつもフロアで見かけていたシズカちゃんではなかった。まるで魔法にかけられて別人になったようだった。
普段の彼女を知っている人はそのギャップにひきつけられ、そうでない人も彼女の立ち振る舞いと企画内容にひきつけられていた。発表が行われている数分間、彼女は突如舞踏会に現れたシンデレラのように脚光を浴びていた。

お披露目会が終了し、部署のメンバーで会場の片付けを行っていた。その時、私は机を片付けているシズカちゃんにそっと近づき、声をかけた。正直、心の中は悔しいという気持ちでいっぱいだったが、その一方で役員に向けての発表という大役を無事に務めたシズカちゃんを讃えるべきだとも思ったからだ。

「お疲れ様! 発表、とってもよかったよ。いつもと雰囲気も全然違うし、別の人を見ているみたいだったわ」
「ありがとうございます! そう言っていただけて嬉しいです。チームメンバーの意見をよく聞いて取り入れ、かなり下準備に時間をかけましたから、その甲斐がありました。視覚的な印象も大事だろうから、なめられないように今日はビシッとした服装にしてみたんですよ」
シズカちゃんはそう言いながら質疑応答の対策についてびっしりと書かれたA4用紙とスーツのジャケットをピラピラとはためかせていた。この日の成功は彼女の努力と工夫によってもたらされたものだったのである。

片付けを終え、会議室を出た私とミオちゃんはもと来た道を戻っていた。
トントンとリズムよく階段を降りていたその時、再び靴が脱げた。
「危ないっ! もう先輩、気をつけてくださいよ? やっぱりシンデレラですね。わざとですか?」
ミオちゃんは笑いながら言っていたが私はその時、数時間前に感じた違和感の正体に気づいた。

私の靴が何度も脱げてしまうのはサイズが合っていないからだ。
だけどシンデレラの靴は本来、脱げるはずがないのだ。なぜならばその靴は本来、魔法で仕立てたピッタリの代物のはずだからだ。あまり考えたくはないが、靴が脱げることもシンデレラのシナリオ通りだったとしたらどうだろう。

いつか王子様がやってくる日を夢見てその日に向けて準備を怠らなかったシンデレラ。ひょんなことから舞踏会に出席するチャンスがやってきて、会場では超イケメンの王子様とダンスをすることができた。更に自分と数分踊っただけの王子様が帰り際に懸命に追いかけて走ってきてくれる姿を見たとき、シンデレラはどういう想いだったのだろうか。
「このチャンス、逃すまい!」と思うのが普通だろう。だから、何とかして関係性を繋ぎ止めるために思いついた策が靴を落とすということだったのかもしれない。
シンデレラは努力家でありながら虎視眈々とチャンスを狙う、したたかな女性だったのかもしれない。

私は先程、目の前で全てを完璧に作り上げた、シズカちゃんというシンデレラを目撃した。彼女も物語の、私が考えるシンデレラのような女性だったとしたら……同じ社内に手強い後輩が控えているということになる。そしてシズカちゃんと同じ部署で働き続ける限り、今回の企画案のように何らかの形で対決をしなければならない日がやって来るだろう。彼女の存在はこれから驚異になるに違いない。だが残念ながら今の私にはシズカちゃんのように魅力的な企画を考えられる自信がないし自分に魔法をかける力もない。勝ち目がないのは目に見えていた。

先手を打って裏から手を回してみるか? それとも圧をかけてみるか? そんな悪い考えがむくむくと姿を表してきているのが自分でもわかった。
そこで私は一旦、深呼吸をした。

仮にシズカちゃんがシンデレラだったとしよう。そうしたときに意地悪な考えがむくむくと湧いている私はさしずめ、義姉といったところだろうか。
物語に登場する義姉はシンデレラ同様、舞踏会で王子様に出会えるのを夢見ていた。だけどシンデレラが一生懸命用意したドレスをずたずたに切り裂いたり、膨大な量の雑用を押し付けたりとありとあらゆる手を使ってシンデレラの参加を阻止しようとした。結果、その行いが祟り、チャンスを掴むことができなかったではないか。義姉はきっと後悔したと思う。悪は排除されるのが世の常だとすると、義姉のようになっても輝かしい未来は待っていないことは容易にわかる。

だったら私が目指すべきは、いい人だ。
まずは魔法使いのおばあさんを目指すことにしようと思った。
シズカちゃんとフィールドで相対するわけではなく、同じ側に立つのだ。幸い私は4年、シズカちゃんより長く勤めているという経験がある。彼女に勝てるところとして今、思いつくのはそこしかない。年の近い先輩の一人として人間関係や得意先との付き合い方といった彼女の知らない「経験の魔法」をかけてあげることはできる。

こんな私のことを戦わずして逃げる臆病者だ、卑怯者だと言う人もいるだろう。だけど決してそういうわけではない。たとえおばあさんになっても一人の女性であることに変わりはない。晴れ舞台にもう一度立ちたいと夢を抱いても文句は言われないはずだ。

何かを成し遂げるには準備期間が必要になる。だからまずはシズカちゃんに少しずつ魔法をかける練習からはじめよう。そして準備期間を経てゆくゆくは自分にも魔法をかけられるようになる予定なのだ。

狙うはもちろん、シンデレラ。
魔法使いのおばあさんは虎視眈々とプリンセスへと変身するチャンスを狙っているのである。

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2018-04-26 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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