プロフェッショナル・ゼミ

私は彼がいないと生きていけない《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:一宮ルミ(ライティング・ゼミプロフェショナルコース)

「あいつは俺がいないと生きていけない。けどお前は1人でもやっていけるだろ」
20年以上前、こんな、同時流行っていたトレンディドラマでも言わないような、陳腐なセリフで、当時付き合っていた人から、振られた。
彼が心変わりした相手は、バイト先のコンビニで知り合った子だという。何度か見かけたことがあった。小柄でかわいらしくて、色白で、痩せてて、長い髪の子。彼女の纏う色は、薄いパステルカラーだと思った。
私とは、180度違う。そうか、こういう人が彼の理想の恋人だったんだ。

「あいつは俺がいないと生きていけない。お前は1人でもやっていける」
ああ、そうでしょうよ。1人でも自立して生きていくために、必死で勉強して大学へ通って、世の中のことを知り、いつも気を張って、努力してきたんだよ。もうちょっと、そういうところをわかってくれる男だと思っていたのに、そうじゃなかったんだ。
あーあ。
私も男を見る目がなかったわ。

振られて、数日後に、黒くて重くて、鬱陶しくて、全然似合ってもなかった長い髪をバッサリと切って、ショートカットにした。
メガネもやめて、コンタクトレンズにした。
スタイルのいい子が好きな彼のために、励んでいたダイエットだってやめた。
負けず嫌いで、わがままで、やかましくて、家事の嫌いで、勉強が好きで、本が好きで、甘いものが好きで、お酒が好きで、人に頼らなくても1人で生きていけていける、これが本来の自分で、でもそれは、彼が嫌いなもの全部だった。
髪を切り、コンタクトにし、ダイエットをやめることで、ずっと彼に嫌われないために封印していたものを解放した気がした。

彼と別れてしばらくして、大学の構内でしばらく会っていなかった友人に久しぶりに会った。高校時代からの友人で、同じ大学に合格したけど、学部が違っていたので、入学してからほとんど顔を合わせたことがなかった。
それなのに、あの日なぜか友人は私のいる学部の構内を歩いていたのだ。
開口一番、
「髪の毛、どうしたん!? っていうかメガネは? 近くに来るまでわからなかったよ!」
友人はそういって、私の顔をまじまじと見つめた。
「ああ、イメチェンしてみた。彼氏と別れたし」
「ええ!? 何で別れたの!?
「他に好きな子ができたってさ」
「本当に!? でも、髪切ってかわいくなったよ」
友人は、そう言って、にっこり笑った。
「今の方が、ずっとかわいい。だって、近くに来るまでわかんなかった。可愛い子が来るって思ったら、ルミさんだったもん」
そんなにかわいい、かわいいって、どうしたんだ、こいつ。
「それにしても、振るなんて、ひどいよね」
「もういいんよ。もうこれ以上は無理だったんよ。それより、暇になったし、どっか遊びにでも連れてってよ」
友人は、またにっこり笑って、
「いいよ、行こう行こう」
と明るく誘ってくれた。
それが、のちに夫となる人との再会だった。

その後、再開した日の言葉どおり、時々、一緒に出かけるようになった。

夫は、前の彼とは180度違う人間だ。
頼りなくて、あまり健康でもなくて、男らしさもあまりなくて、すごく心配性でネガティブ。
でも、すごく賢くて、優しくて、真面目で、一生懸命で、周りに気を使って、親友との絆が深い。

当時の田舎の若者は、車でデートが当たり前だった。カセットテープに好きな音楽を入れて、カーステレオで流しながら出かけるのが、お決まりだった。
一緒に出かけるようになって、しばらくして夫の親友が私にいった。
「あいつな、ルミさんと車で出かける時は、カーステレオでかける曲に、失恋の歌は入れないっていってたよ。前の彼氏と別れたばかりで、失恋の歌聞いたら思い出して辛くなるかもしれないからって。かなり気を使ってんな」
申し訳ないことに、親友から聞かされるまで、それに全然気づかなかった。
でも、そこまで考えるのか、この人。優しすぎるというか、気を回しすぎるというか。呆れるけど、自分のためにそこまで考えてくれていることが、うれしかった。この人と結婚すれば、ずっとこんな優しい気持ちを私に向けてくれるんだなと思った。
しばらくして私と夫は付き合うことになった。
そして、その数年後、私たちは結婚した。
結婚前は、頼りなさそうな夫を見て、実家の母は、私を心配し、
「本当にあの人でいいの?」
と何度も口にしていたが、結婚後は彼の人柄にすっかり惚れて、
「あんたたちが別れるっていう時は、絶対原因があんたにあるのよ」
と夫が原因で離婚することはないと言い切るほど、絶大な信頼をよせている。

優しすぎるところと心配性なところはいいことばかりでもない。時には、度を超えていて、私がつわりで苦しんでいたら、
「僕まで気分が悪くなってきた」
と、私を差し置いて、トイレで吐くし、
出産のときだって、痛みで苦しんでいる私より、夫の方が何倍も痛そうな顔をしていた。
でも、私がとうとう出産し、他の家族が生まれたばかりの息子に夢中になっているとき、子供のことより先に、
「嫁さんは大丈夫なんですか」
と私を心配して、先生にたずねてくれたのも夫だった。
それから、夫は、私にああしろ、こうしろとは絶対言わない。
夫といると私はいつも自由でいられる。
好きなことをして、好きなところへ行ける。
どんなことだって、夫は私のすることを否定しないし、むしろ頑張れと励ましてくれる。
まだ保育園児だった子供を置いて、アイドルのコンサートに行きたいと思った時も、長期休暇に一人旅がしたいと思った時も、天狼院書店のライティング・ゼミの受講も一番最初に相談したのは夫だった。
夫なら、理解してくれる。夫ならやってみたらって言ってくれる。そう信じているからだ。
逆に言えば、夫が「やめといたら」ということには、たいていちゃんとした根拠がある。そしてそれは、いつも間違いなく正解だ。

それから、夫は、なぜか今でも私のことを「かわいい、かわいい」というのだ。
確かに当時、髪を切って、コンタクトにしてイメチェンした姿をかわいいというのはわかるけれど、あれから20年が経って、アラフォーを通り過ぎて、アラフィフにも近い私に向かって、今だに酔っ払うと、「ヨメはかわいいなあ」と呟くのだ。
太ってて、負けず嫌いで、わがままで、やかましくて、自己中で、家事もできない女のどこが一体かわいいのかさっぱりわからない。
「でも、なんかかわいいのよ」
と夫はいう。
それでも、あんまり「かわいい」を連発されると、だんだん洗脳されてきて、「もしかして、本当に私はかわいいのかもしれない」と信じてしまいそうになる。
というか、信じてしまっているかもしれない。
前は、太っていることや、色黒なところや、あかぎれだらけの手とか、そばかすだらけの顔とか、もう嫌いなところだらけだったけれど、夫にかわいいと言われるたびに、だんだん気にならなくなってくる。
そんなことは、些細なことで、私の存在が「かわいい」んだと思える。
夫といると、どんなにダメな自分でも、ここで堂々と生きていていいんだと思える。

最近、夫が仕事関係のいろいろな勉強会やセミナーに出席するため、数日間家を空けることが多くなった。
そんなときは、当然、広い寝室で一人寝ることになるのだけれど、そんな時ふと思うのだ。
「いつか夫が先に亡くなってしまったら、自分が死ぬまで、ずっとこうやって一人で眠らなければならないんだ」
もう「かわいい」って言って、自分の存在を認めてくれる人がいなくなる。相談できる人がいなくなる。一緒にでかけることも、話すこともできなくなるのかと考えると、怖くて怖くてたまらない。
「もしかして、私、夫がいないと生きていけないのかもしれない」
それ、どこかで聞いたセリフに似てないか!?

「あいつは俺がいないと生きていけない」
あれは、陳腐なセリフなんかじゃなかった。
彼に、
「俺がいないと生きていけない」
と思わせるほどに、彼が心変わりした子は、本当に彼が大好きだったのだ。彼もそんな彼女が愛おしかったのだ。二人はお互いにベストパートナーだったということで、私に居場所などなかったのだ。
そして、「おまえは一人で生きていける」と彼が言ったのは、私が努力して自立する女だったからではない。私が、彼を心の支えとして、人生のパートナーとして必要としていなかったことを意味するのだ。それは、振られて当然だ。

そして、私にとっては、ここにいる夫こそが、私の心の支えであり、居場所であり、最高のパートナーなのだ。

あの日、私が彼に振られ、夫と思わぬ再会をしたことで、ずれていたパズルのピースが全部カチッと見事にハマった。
運命とはこういうことを言うのかもしれない。

夫よ、ドヤ顔で宣言していいよ。
「あいつは僕がいないと生きていけないんだよ」
って。

そして、死ぬまで、二人で仲良くやっていこうよ。
だけど、一人になるのはすごく寂しいので、あなたが先に死んだら早めに迎えにきてよね。

***

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