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メディアグランプリ

インバウンド対策は学芸会のように


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田順一(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
うわあぁぁ! ヤバい! どうしよう!? 出張先の温泉旅館に着き、
部屋に入ると頭を抱えた。翌朝から仕事でお客様とそのご家族の接客役を
務めなくてはいけないが、何の準備もできなかった。しかもゲストご一行は
皆、香港から来る中国人だ。
 
「悪いけど、行ってくれる?」
職場で上司の部長から言い渡されたのはちょうど一週間前。他の部下たちが
いる前で、他に行ける人がいないから、と申し訳なさそうな表情で言われたら
課長職を務めるこちらとしても無下に断るわけにはいかない。
「あ、はい。分かりました……」
冷静さを装って、え! そんなの急にムリ! と叫びたい言葉を飲み込んだ。
 
季節は雪が降り積もり始めた12月だった。その雪が見たいからと、今年も冬の
北海道には香港、台湾、インドネシアなどのアジア各国から大量の観光客が
がやって来る。自分の当時の勤務先は観光バス会社。年末年始はその観光客を
ゲレンデへ送り込むため、フル稼働でバスが動き続ける状況となる。
 
海外のゲストが日本でまず求めるのは、不自由なく英語の話せる現地のガイド。
そんな人材を北海道で探すのは簡単ではない。当然、忙しくなればなるほど、
人手不足は深刻になる。英文学科卒業、という私の経歴を覚えていた上司が
頼み込んできた理由だった。
 
すいません……、当時はあまり真面目に授業を聞いていなくて……、そもそも
学校にすら、まともに行っていなくて……とは、やっぱり部下たちのいる前
では言えなかった。
 
「このアプリ、けっこう使えるぞ!」
思い出したのは、台湾に行った経験のある友人の話だった。
教えてくれたのは、Google翻訳というアプリ。でも、一日中ゲストのそばに
いなきゃいけない状況で、どうやって使えばいいんだ?
 
学生時代の友人の顔にさっそく電話を掛ける。夜更け過ぎの電話に、
友人は嫌な声も出さず、こちらの窮地を察してアドバイスをくれた。
「とりあえず、聞かれそうな事や言わなきゃいけない事だけ、アプリを
使ってアンチョコ作っておけば? いざとなったら、スマホのGoogle翻訳を
同時通訳モードにして、お客さんに差し出したって、別にいいんだから」
 
それだ! ありがとう! 明日の朝までもう時間が無い。
すぐにアンチョコ作りを始めなくては。
 
『ようこそ、北海道へ』『シートベルトをお締めください』『お忘れ物はありませんか?』必要なフレーズをGoogle翻訳で英文にし、旅館の部屋にあったメモ用紙に書き込んだ。
 
アンチョコは、メモ用紙10枚以上ほどになった。簡単なフレーズだけでも
覚えておこうと、次はそのメモ用紙の英文を繰り返し声に出して読む。
 
なんか、学芸会の練習みたいだな。
 
たどたどしい自分の英会話の発音を聞いて、ふと小学校のころの
自分を思い出した。学芸会で披露する『アリババと40人の盗賊』の劇、
その劇のセリフを覚えようと、練習中たどたどしい口調で台本を読み上げた
自分やクラスメイトたち。
 
あの時、担任の先生が言っていた。
「いきなり上手くなくてもいいよ! まずは大きな声でセリフを何度も
言って覚えよう!」
「大きな声を出せば覚えるし、本番でも緊張しないよ!」
そのアドバイスが頭に思い浮かび、部屋で何度も大きな声でメモを読み上げた。
 
翌朝、会社のバスに乗り込み、香港から来たゲストの元に向かう。
バスが付くなり、ゲスト達はどんどん乗り込んできた。
よし、まずはご挨拶から。
「Good Morning !  Welcome to Hokkaido! 」
その後も、シートベルトをお締めください、お忘れ物はありませんか? と
昨晩覚えたフレーズを元気に言ってみる。私の英会話を聞いて、
一瞬、顔を見合わせるゲストの皆様。ひそひそ話をした後、
「Hello〜」「Morning〜」
とてもゆっくりとした返事が帰ってきた。
 
バスが目的地に向かって出発する。その後も車内で話しかけられたが、
「Coffee,Please ?」「Wi-Fi,Wi-Fi !」と極めて簡単な英単語だけ。
どうやら、こっちの低い英語力は筒抜けでバレたらしい……。
 
その日一日、旅館のメモ用紙は手放せなかった。メモを見ながら
拙い英語で観光地を案内したり、時にはバスの中で子供たちと遊んだり
しつつ目的地に到着。なんとか役目を果たし終えた。
 
その結果、すっかり職場で「英語が話せる人」と認定されてしまった私は、
その後も5回ほど海外のお客様をお迎えする役を仰せつかった。
時には空港でハンバーガーを大量に買い込む手伝いをしたり、
またある時には、空港に荷物を忘れたお客様と慌てて引き返したりと、
どれも思い出深い。
 
気が付くと、拙いながらも英語を話すことに抵抗が無くなっている
自分がいた。外国人の話す英語もなんとなく聞き取れる言葉が増えた。
 
もう海外のお客様をお迎えしろ、と言われても慌てることはない。
私のポケットには、いつもあの旅館のメモ用紙を忍ばせているからだ。
それを手に取るたび、あの先生の優しい声が聞こえてくる気がする。
「いきなり上手くなくてもいいよ!」と。

***

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2018-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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