メディアグランプリ

ひとりぼっちのわたしにだって海はある。


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:酒井美千代(ライティング・ゼミ特講)

 
 
江の島に着くとそこに少女が座っていた。体育すわりで厚手のパーカーを頭からかぶっていた。今日は8月。じっとしている女の子は、この街の夏に不釣り合いだった。すごい目力でこちらを見ているので
「こんにちは。暑くないの?」
と声をかけてしまった。
その少女は、無表情のままだった。いや、かすかにこちらに視線を移したかもしれない。
「まあいいや」
小声でつぶやき荷物を抱えてゆっくりと歩き出した。少女のことは気になったけど約束の時間に遅れないようにしなくてはならなかった。
江の島は久しぶりだった。何年ぶりかな? 歩いていくと右手にパンケーキのお店を眺めてメニューを持ちながら並んでいる人々をみてなんだか休日の気分で浮かれてくる。人並みに休みもいいもんだ。左手には天然石のお店があり店の前にはターコイズや銀のアクセサリーがディスプレイされている。そうそう、タロットと数秘術なんて占いや鑑定のお店も人だかりができている。江ノ島はいつもいろんな顔を見せてくれる。そこにいる人、景色、季節、そして風かな? 信号を渡ると江の島の橋が見えてきた。いつもテレビの天気予報で見ている波打ち際の景色が広がるあの橋だ。サーファーたちが波乗りを楽しみ海を風と戯れてる。彼らは一年中浅黒く日焼けしている。いわゆる健康的っていうのはこんなことなのかな? 私は都会のど真ん中でパソコンと向き合い残業に追われている。空しくないと言ったらうそになる。だが、今日は休日なんだ。レジャーってわけではないけど休みなんだ。しかも特別に休暇をもらったのだ。実は幼いころ、私は江の島に住んでいたのだ。こうみえて湘南育ちなのである。家族も海にいつもいたし、海の家をやっていた。その頃の私は夏が嫌いだった。江の島なんてもっと嫌いだった。大っ嫌いだった。でも、今日はどうしても江の島の夏を感じたかった。
わたしは、小学校3年生のころ、近所に住んでいた薫子ちゃんとよく遊んでいた。薫子ちゃんは一人っ子でお母さんはいつも家にいておとうさんも休日は薫子ちゃんとよくお出かけしていた。私の家は夏は海の家をしていたので仕事が忙しくて、夏休みはほったらかしにされた。だから、いつも薫子ちゃんとあそんでた。そして、今日は薫子ちゃんの家にお招きされた特別の日なのだ。お昼は薫子ちゃんちでバーベキューをする。お庭で水遊びをして楽しみだなあ。それから、薫子ちゃんと一緒に浴衣を着せてもらってお祭りに出かけるのだ。ヨーヨー、綿菓子、金魚すくい、的あて? 江の島のお祭りがあって花火大会もある。これがみんなと同じみんなが楽しんでる夏休みの過ごし方なんだ。海の家のせいで大嫌いだった夏休みが初めて楽しいと思えた日だった。祭りに足を運ぶとやぐらが組まれていた。大きな声を上げて太鼓をたたく人もいる。太鼓の響きが日本の夏に溶け込んでいくようだった。景色も音も色合いもひとつになっていた。いつも演歌なんて聞きたくないと思ったけど今日はソウルミュージックに聞こえてくる。人というのは勝手な生き物だ。幸せってよく知らないけど自分の感覚でいられるときなのかなってその時思った。終わらないでと願う時間があること。十分幸せと言うのかもしれない。いや、あのときわたしは天にも昇る気持ちでこんなにうれしい時間を過ごせることが怖いくらいだった。
その夜、夏祭りも終わり、町内会の役員の人たちが椅子をたたみ、机を倉庫へ運んでいた。
片づけをみてると泣きそうになった。
「帰りたくない」
そうつぶやく前に涙があふれてしまった。
「まあ、どうしたの?」
薫子ちゃんのお母さんはいつだって優しい。声を聴いてるとそれだけでもういいといいたくなる。
「おかあさん、今日一緒に泊まりたいな?」
薫子ちゃんと手をつないで私もうなずいた。
「そうね、じゃあ、お母さんとおとうさんにご挨拶してきましょうね」
 
私はまた初めて友達の家に泊まれることがうれしくてお母さんの待つ海の家に向かって走った。少し走ると人だかりが見えてきた。なかなか前が見えない。大人たちが道をふさいでいた。
「すみません、通してください」
人並みをかき分けて前へ前へと進む。
「……」
言葉にならなかった。
立ちすくむ私の前で両親のいるはずの場所が、火に包まれていた。
「おかあさん、おとうさん……」
叫ぶ私を薫子ちゃんのお父さんが抱き上げた。
私はその日一番大切な2人を失った。
 
私は今日、江の島にお墓参りに来たのだ。
両親の眠る場所。
二人はいつも大好きな江の島を眺めている。
夏祭りの今日、星空の下で花火大会がある。
海辺でかわす乾杯はどんな味がするだろう。
 
お父さんお母さんの好きだったテキーラを飲んでみようと思う。
 
幼いころ、大嫌いだった江の島の夏。
なくなればいいのにと思っていた海の家。
 
ほんとは大好きだったと気が付いたよ。
 
これからわたし、
江の島の海岸線沿いにちいさなカウンターバーのあるお店を始めることにした。
また江の島に住むよ。
 
あの日から真夏も寒くてたまらない気がしてたけど
寂しかったんだ。
 
もう、真夏にパーカーはいらない。
 
 
***

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2018-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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