メディアグランプリ

わがまま独身娘から愛情深き母親への詫び状


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:津田智子(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「私はママみたいに洋服には興味ないっていつも言ってるでしょ! 求職活動中だから家にはずっといるけど、いろいろやることがあって忙しいの。試着するのも面倒だし! 自分の洋服は自分で買うから、そこに並べたシャツもスカートも全部持って帰って!」
 
ああ、私はなんとひどい娘だ! 叫びながら後悔していた。母の無念さ、悲しみを考えれば、すぐに前言を撤回して素直に喜びを表現するべきだった。
 
この日、母は大きな紙袋を抱えて私の家にやってきた。自分の家から娘の私のマンションまでは電車で30分ほど。その紙袋には、自分で仕立てたシャツやスカートが10着近く入っていた。
 
洋裁が得意な母の生きがいは、自分で仕立てた洋服を着て出かけたり、娘に着てもらったりすることだ。会うといつも「今はこんなシャツブラウスを作っているのよ。もう少しでできるから、気に入ったら是非着てね」と報告してくれる。
 
一方の私は母と違って洋裁は大の苦手。加えておしゃれや洋服にもほとんど興味がない。しゃれっ気のない洋服で実家を訪れる私のことが心配でならないらしく、いつも自分が作った洋服を渡してくれようとする。
 
母が洋裁にかける情熱は十分すぎるほどわかっている。しかし、この日の私たちは話が全くかみ合わなかった。私はインドラダックツアーのことで頭がいっぱいだったからだ。
 
パソコン作業が一段落した私は母にツアーのパンフレットを見せながら、「昨晩、ラダックの羊飼いの生活を描いた映画を鑑賞してきたの。現地出身者から生活や文化についての話も聴いてきて、とっても楽しかった。7月末にそのラダック人と私の尊敬する文化人類学者の先生がツアーを主催するらしいから、行こうかと思って」と話しかけた、
 
私と興味の対象が全く異なり、心配性で出不精の母。そんな母からすぐに賛同が得られるとは思っていなかった。しかし、「あなたは今、そんな身分じゃないでしょ。インドならママと一緒に10年前に行ったから、もう行かなくていいじゃない。しかも、この旅行代金、高すぎるわよ。宗教団体か何かじゃないの?」と言いたい放題に言われると、私もカチンと来てしまった。
 
「10年前のインド旅行ではラダック地方には行っていないし、今回は普通のツアーじゃないの! ママはラダックがどんなところかも何も知らないでしょ! 私はラダックにはずっと憧れていて、今回ようやく大ファンの先生と一緒に行くスタディーツアーを見つけたんだから、行かないわけにはいかないの。私の人生なんだから、自分で決めさせてよ! もう50歳近いんだから、私のやることに一々干渉しないで!今回行かなかったら、一生後悔するよ! このツアーが今後の私の人生の転機になる可能性だってあるんだよ」
 
一気にまくし立てた後、冒頭の台詞を吐いてしまった。
 
しょぼんとしている母を見て、すぐに「しまった」と思った。母の悲しみが伝わってきて深く反省したが、意地っ張りでわがままな私は心と裏腹にその場ですぐには謝れなかった。
 
母も私も干渉されたり批判されたりすることが大嫌い。わかっているのに、どちらかがつい相手の行動に口出ししてしまい、言われたほうはむきになる。お互い感情をそのままストレートに表情や言葉に出してしまうため、会うとしばしば口論になる。この日もそのパターンだった。
 
気まずい雰囲気のまま数十分たち、怒りと興奮が静まった後、私は母に勧められるままに白地に赤くて小さい花がたくさん刺繍してあるかわいらしいブラウスを試着した。鏡を見ながら思わず「これ、とてもかわいいね」と素直な感想が出てきた。左胸には少し大きめのお花のアップリケがあり、実際にとても素敵なブラウスだった。「でももう行かなくちゃ」
 
この日もヒマラヤンウィークと題する3夜連続のイベントに予約していたからだ。出がけに食卓の上に無造作に置いてあったラピスラズリのブレスレットが目に入り、久しぶりにそれを身に着けることにした。ラダックの件も洋服の件も中途半端な状態のまま、母には合鍵を閉めて帰ってもらうよう依頼して家を出た。
 
駅まで歩きながら、母に申し訳なくて涙が出てきた。小さなか身体で紙袋いっぱいの洋服を持ってきてくれたのに、私はそれらを無下に断り、母を傷つけてしまった。70代後半の母の丸くなった肩、薄くなった髪の毛、しわだらけの顔を思い出し、母が気の毒で心がズキズキ痛んだ。いてもたってもいられなくなり、駅のプラットホームで「先ほどはわがまま言って大変申し訳ありませんでした。いろいろありがとうございました」とショートメッセージを送った。
 
電車の中で座ってからは、左腕にはめたラピスラズリのブレスレットを眺め、触りながら、母に感謝の気持ちを精一杯送った。
 
群青色の宝石、ラピスラズリ。この石には深い青色を生み出す4つの主成分のほかに方解石や黄鉄鉱などの鉱物がわずかに混じっている。そのため、アクセサリーに加工しても青一色にはならず、大抵白い筋や金色の斑点が紛れ込む。
 
球形のラピスラズリ18個が連なるブレスレット。それぞれの石が夜空を宿している。漆黒の闇もあれば、雲に覆われている空もある。雲と星が混在している空もあれば、まばゆいばかりに星が輝く空もある。いくら眺めていても飽きることがない。重くてあまり頻繁には身に着けないけれど、私の大事な宝物。
 
ブレスレットを撫でているうちに母への申し訳なさと感謝の気持ちがラピスラズリの宇宙空間に溶け込み、私は少しずつ心の穏やかさを取り戻していった。
 
ずっと身に着けていると邪魔になるけれど、私を宇宙に連れ出し、力づけてくれるラピスラズリ。ずっと一緒にいると。わずらわしく感じたり、意見の相違から言い合いが始まったりするけれど、宇宙のように深い愛情を注いでくれる母。なんだか似ているな。
 
母の言動にいらつくことはしばしばあるが、恥ずかしながら、私はいまだに母にはお世話になりっぱなしだ。大いに感謝しているし、信頼もしている。母が亡くなったときのことを想像すると、たまらない気持ちになる。
 
ヒマラヤのイベントから帰宅すると、私のクロゼットには赤い花の刺繍のあるシャツ以外に、白地に紺色の模様の入った半袖のシャツ、そしてアイボリー色のスカートもかかっていた。私は即座に母に電話し、たくさんの思いを込めて「今日は悲しませること言ってごめんなさい。素敵な洋服を持ってわざわざ来てくれてありがとう。これからたくさん着させてもらいます。本当にありがとうね」と伝えた。目を潤ませつつ、最高に優しい声で……。

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2018-05-04 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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