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メディアグランプリ

ブスになる、オーストラリア


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉野美穂(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
※この話はフィクションです。
 
最近、おなかがぽっこりしてきた。30歳のひろみは自分の姿を横から鏡に映してみる。胸のすぐしたあたりからゆるやかな曲線を描く丘。ジーンズの上にはぐるりとお肉がついてきた。ひろみはオーストラリアに来てから一気に太った。
 
「ギリホリ」ということばがある。ギリギリワーキングホリデー、略してギリホリ。ワーキングホリデーという言葉は聞いたことがあるだろうか?一年ないしは二年間、海外で生活できるビザのことだ。日本人はオーストラリアやカナダ、イギリスなど様々な国にこのビザを申請して海外生活を楽しむことができる。ただし、このビザには30歳までという年齢制限があった。
 
女にとって20代と30代は明らかに心境が違う。ちやほやされた20代。なんとなく許されてきた。経験や色気がなくても、若さで乗り切れる場面がいくつもあった。年齢に助けられてきたのだ。しかし、30歳という言葉には責任感がある。将来の基盤や自活の道がたっていないと一気に白い目で見られるような気がする。
 
ひろみは日本では看護師だった。16歳の時から5年制の看護学校に通い、二十歳には看護師として働き始めた。実績を積み、信頼され、姉御肌な性格もあって、若くして看護師長にまでなった。看護師の仕事は楽ではなかったが、この仕事は自分にあっている、そう彼女は感じていた。
 
28歳のとき、同期の看護師2人が相次いでカナダとオーストラリアにワーキングホリデーに行くといって仕事を退職した。ひろみはちょっぴり驚いた。みんなキャリアがこれからって時にやめるんだと思った。しかし同時に、彼らの心境に共感することもあった。ワーキングホリデーか、いいなと心の中では思っていた。
 
30歳になる前にという気持ちは自分にも痛いほどわかった。この30歳になるという境目の時期を何もせずに過ぎてしまえば、安定した、そして少しつまらない30代が待っているような気がした。同期の看護師は言った。結婚前に一発ワーホリを挟んでおきたいと。彼女は結婚する予定の彼氏がいた。それでもカナダに旅立っていった。私は彼女の結婚前の最後のアクションにすがすがしさを感じた。いま何かアクションを起こさなければ、だらだらした坂をずっと上っていかなければならないようにひろみも感じていた。
 
ひろみはそれからまた2年ほど同じ病院に勤務したのち退職し、自身もオーストラリアに行くことにした。30歳ぎりぎりで申請したギリホリだった。
 
オーストラリアに来てから私はブスになったとひろみは鏡の前で思う。こちらに来てから4か月、ひろみは8キロ体重が増えた。生活が落ち着くまでと思って続けていた外食がたたったのだ。オーストラリアではレストランで出される食事の量が日本のものと比べると2倍ほどある。手のひらサイズのステーキにホクホク山盛りのフライドポテト。それでも最初は食べることだけが楽しみだったから、いろんなものをたくさん食べた。家に体重計がない生活が続き、気づけば8キロ太っていたのである。
 
また、肌も黒くなった。ビーチに出かけたり、町を散歩したりしていたらあっというまに浅黒くなった。こちらは紫外線の量がなんと4倍で、まさに4倍の速さで日焼けしてしまったのである。昔から、色は白いねと言われて褒められてきたのに、その色白さえ失ってしまった。
 
海外に持ってこられる服の量にも限りがあったから、こちらでは簡単なTシャツに黒のタイツという格好ばかりしている。すぐに汗もかくし、日焼け止めを何度も塗りなおさなければいけないから、化粧もほとんどしなくなった。すっかり、中学生のような見た目になってしまっていた。日本では、ちゃんと30歳くらいの服装で、それなりに化粧もしていたのに。
 
英語だってぜんぜんしゃべれない。専門学校に通っていたときは、英語なんてやっつけ仕事だったから、こちらでは相手が何を言っているのか(それが英語なのかどうかさえも)わからない。日本だったら看護師長、こっちに来たらカフェでコーヒーを買うのでさえ手間取る。今までできていたことができないもどかしさ。プラス、ブスになった。なんでオーストラリアになんて来たのかしらと思っていた。
 
こちらでできた日本人の友達とカフェでお茶をしているときのことだ。
「オーストラリアって昔は犯罪者を流す島だったのよ」と友人は言った。
18世紀にキャプテン・クックというイギリス人が率いる船がオーストラリアに上陸、その後は本土イギリスの流刑地として使われていた。友人の話によると、イギリスからオーストラリアまでの長い航海の間、犯罪者たちは船の上で子作りに励み、到着した新天地で新たなニューライフを始めたそうだ。
 
友人の話が本当かどうかはさておき、確かにオーストラリアには新天地というイメージがぴったりである。まさに無人島に漂流した人間が、全く新しい生活を新しい価値観とともに築き上げていくようなワクワク感がある。
 
ひろみはオーストラリアに来て初めてショートパンツというものを履いた。日本で売っているような太ももが3分の1くらい隠れるやつじゃなくて、おしりとももの境目のラインぎりぎりの本当にショートなパンツである。日本じゃ履けないけど(特に自分の年齢では無理とひろみはおもった)、こっちだったらみんな履いてるしいいよねということで、一着購入。
 
そのショートパンツをはいてビーチに行った。ノースリーブにショートパンツ。サングラスをかけて砂浜の上を歩く。雲一つない空と真っ青な海が目の前に広がるのを前にため息が出た。私が日本で見ていた世界だけがすべてじゃなかったんだとひろみは思った。30歳になるのを機に、これからのプレッシャーや変化のない日々に風穴を開けたくてオーストラリアに来て本当に良かったと思う。30歳になることを身構えていた自分に、怖がらなくていいよ、そうじゃない世界もあるんだよと見せることができてよかった。
 
ブスになったってかまわない。私は今の自分が史上最高に好きである。自分が楽しい女でいられたらきっともっと毎日も楽しくなるだろう。日本に帰るのはちょっぴり怖いけど、この新天地で感じたことはずっと覚えていたい。ひろみはこれからの30代を楽しみに思うようになった。

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2018-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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