メディアグランプリ

ポケットにたくさんのどんぐりを詰め込んで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:山本しのぶ(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「ああ、恥ずかしい。大勢のひとが見ている。ここから消えてしまいたい」
思えばこれが、わたしにとって初めて感じる強烈な「恥」の感情だった。
 
わたしが通っていた幼稚園は短大の付属で、毎年の秋の運動会は幼稚園の小さな園庭ではなく山の中腹にある短大のグラウンドで開催されていた。いったん園に着いてから、再びバスに乗って移動する。グラウンドでは、それぞれの家族が大きなお弁当箱を持ってレジャーシートを広げている。普段とは違う場所に行く特別感と、一年に一度の運動会の晴れやかさがそこにはあった。
 
事件は朝一番のプログラム中に起こった。園児全員が整列して、大きく広がって体操をする。音楽に合わせて、腕を伸ばしたり、ジャンプしたりをみんなでそろって……。のはずが、ジャンプをするたびに、なにかがわたしのポケットからぽろぽろとこぼれてくる。
 
「しまった!」と「忘れてた!」が同時に頭をよぎる。朝、家の近くで園バスを待っているときに、夢中になってどんぐりを拾ったんだった。気づいたときにはすでに、わたしのポケットからどんぐりが飛び出して、目の前をころころと転がっていた。ぽろぽろぽろ、ころころころ。思わず、拾おうとどんぐりを追いかける。聞こえてくるのは、父兄席からの小さなさざめきのような笑い声。いま思えば、幼稚園児のズボンのポケットからどんぐりがこぼれ落ちるなんてかわいいものだが、そのときのわたしはとにかく恥ずかしくてその場から消えてしまいたくて仕方がなかった。
 
どんぐり集めは楽しい。枯れ落ちた木の葉のあいだや草のなかから見つけて拾うという行為がとにかく楽しくて夢中になっていた。それがこんなことになるなんて……。もともと引っ込み思案で恥ずかしがりのわたしにとって、自分の失敗がひとの注目を集め、笑い者になっているということが耐えられなかった。だから、こんな大人になっても鮮明な思い出として残っているのだと思う。
 
「ひとに失敗を見られて恥ずかしい」は、「ひとに失敗を見られたくない」に容易に変わる。ひとに失敗を見られることを避けたいので、失敗しそうなことにはそもそも興味を持たなかったり、事前に回避するような行動を取ったりするような、そんな人生を送ってきたように思う。それはある意味ではわたしの長所として、「慎重さ」や「冷静さ」として機能していた。しかし、もともとは運動会の日にポケットにどんぐりを詰めてしまうようなこどもだったのである。目の前に魅力的なものがあれば、後先考えずに夢中になって拾ってしまうタイプ。やってみたいと思ってしまったら、あきらめることは難しい。
 
思えば、大学に行くために知らない土地でひとり暮らしを始めたり、大学を卒業して専門学校に入り直したり、一時期は会社経営に携わったり。わたしがわたしの親だったら、危なっかしくて見てられない、そんなチャレンジをいっぱいしてきたように思う。ただ、それはどれもチャレンジではあったけれど、ずっとどこかしら守られていた。親であったり、恋人であったり、友人であったり、夫であったりに。
 
また、もともとが不器用なたちなので、いろんなことに興味をもってはうまくできなくて手放している。それなりに取り繕う術を身に着けてしまっているので、人にはあまりそう見えてはいないかもしれないけれど。どんぐりを中途半端にちょこっとだけ拾って満足したり、ポケットに詰める前に手放したり、思い切りジャンプすることを避けたりすれば、「失敗」はひとに見られない。そして、自分自身でもそれが失敗なのかどうなのかさえわからない。
 
守られて、回避して。そんな人生ってつまらない。どうせだったら、思い切りポケットに詰め込んで動き回ってみたい。そんなふうにいま思っている。わたしがひとりで飛んだり跳ねたりしている分には、人様に大きな迷惑をかけることもそうそうないだろう。これまで生きてきた知恵もそれなりには身に着けている。せっかくならただ散らばせてしまうのではなく、こぼれないためにはどうするか、こぼれたときにはどうするかを考えてみよう。
 
あれからずいぶん経って、わたしはようやく幼稚園の運動会の恥ずかしい思い出から抜け出そうと思っている。わたしの中の恥ずかしがりのこどもに、「もう、大丈夫だよ」と言ってあげたいのだ。あの頃より長く生きた分だけの知恵をもって、夢中になってポケットにどんぐりをたくさん詰め込んでみよう。それがきっと、途方に暮れていたちいさなこどもを救ってくれるだろう。

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2018-05-10 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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