プロフェッショナル・ゼミ

エクスペクト・パトローナム!!《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:こしばのりこ(プロフェッショナル・ゼミ)

「これは、リンショクさんたちで、お願いします」
新しい職場、新しい仕事を始めて間もなくのことだった。
仕事を指示してくれる社員さんから言われた言葉に驚いた。
「わ……わかりました」
とりあえず答えたものの、私の眉間にはシワが寄っていた。はずだ。
「リ、リンショク!?」
私は頭の中にある辞書のページをバラバラバラとめくった。かろうじて知っているのは、昔、古い本の中で見つけたケチを意味する言葉、「吝嗇」。しかししかし、きっと、違う。
「リンショクさんって何ですか?」
すぐにそう聞ければよかったのだが、職場に入ったばかりの遠慮と、その言いぶりがあまりにも自然で圧倒されてしまい、聞けずに流してしまった。

後になって、同じ臨時職員で、経験の豊富な北野さんに聞いてみると、
「臨時職員だから、リンショクだよ」
と、実にあっさりした答えが返ってきた。
「あー、そうか。略してるんだ」
「リンジさんって言うこともあるよ」
「へえ……」
あっさりしたものだったけれど、決しておもしろくはなかった。
「臨時職員」として入社したことを自覚し忘れていた私も私だが、ここでは、雇用形態で人を呼び合うんだということが、斬新だった。

「リンショクさん」の対となるのは「ショクインさん」だ。
期間限定のバイトのような形で働く臨時職員に対して、正社員として採用されている職員ということらしい。雇用形態はもちろんだが、「リンショクさん」と「ショクインさん」は、ロッカーの場所も、休憩室も、送別する人へ贈るプレゼントも、忘年会の席も、別だ。明確に区切られている。

「これはリンショクさんたちで」
「リンショクさんのどちらかに」
「リンショクさんの中でお願いします」
毎日一度は必ず「リンショク」と呼ばれる。
それでももし、この職場に臨時職員が100人、せめて10人でもいるならば、そうまとめて呼ばれるのも仕方ないなあと思うかもしれない。
けれど、臨時職員は私のチームに三人、もう一つのチームに二人。それならば名前で呼んでもいいところを、職員さんたちは「リンショク」呼びを止めることはない。

「リンショクがここまでやって、あとはショクインさんに任せるの」
「テーマはショクインさんが考えて、リンショクさんが作る」
「それはショクインさんがやることになってるから」
それどころか、臨時職員たちも、自分たちのことをそう呼ぶのは普通になっているようだ。臨時職員の先輩から仕事を教わる時や、質問した時。まるで他人事のように、何度も「リンショク」を連発するのを聞いた。

いつからこの職場が臨時職員を雇うようになったのかはわからないけれど、「リンショク」という言葉は、すっかり当たり前になっていて、ここで働く人の共通認識になっていることがわかる。

「こんな世界があるんだなあ」
私はそう感心する反面、差別的な含みを持った言葉に、ふつふつと鳥肌のたつ気持ち悪さを抑えられなかった。

「リンショクさん」
「リンショクさん」
それでも毎日呼ばれるうちに、大きなハテナマークも「吝嗇」の文字も浮かばなくなっていく。毎日仕事をすればするほど、自分が「臨時」で働く職員ということを自覚させれられていった。

「それは聞いてみないとわかんないなあ。私たちリンショクだし」
私が臨時職員として働き始めて半年が経つ。
自虐的な意味は込めているが、その言葉を会話の中で普通に使っている自分がいる。
これは「慣れ」なのかと思ったけれど、きっと違う。

私は仕事をするからには、できる限りのことはしたいと考える。自分だけにできる仕事、なんていう大げさなものではないけれど、なるべく周りの役に立っていきたいと、考えて行動しているつもりだ。

しかし、私はきっと、この職場で、「臨時」以上の仕事をすることはないだろう。

気がついてしまったのだ。

毎日「リンショク」という呪文を聞くたびに、私自身が、「替えのきく」、「その場しのぎの」、「一時的な」、「これまで何十人も何百人もいた中の一人の」、「臨時」、そのものになろうとしているのではないか。
あんなに嫌がっていたけれど、私は自分を「臨時」に合わせようとしてきているのではないか。

それでもいいか。
なんてったって私は「リンショク」なんだから。
そうだ、「ショクインさん」とは違うんだから。

くさくさしながら働いていたある日のことだった。

「こしばさん、この仕事お願いしたいんですけれど」
「え? あ、はい。私でいいんですか?」
「やっぱり仕事に慣れてるこしばさんがいいと思って」

なんてことだろう。
私は私になってしまった。
臨時、ではなくて、こしば、として働こうと思ってしまった。

呪文を解くのは、同じ、呪文だった。

生まれた時に与えられた呪文。
みんなに一つずつしかない呪文。
いつも胸のプレートに掲げていた呪文。

名前にこんな力があったなんて、失ってみて、始めてわかった。
「臨時」とか「リンショク」とかではなく、ただ名前を呼ばれることが、私は私であることが、とてもうれしかった。

***

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