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メディアグランプリ

午前5時13分の完全犯罪


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ほしの(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「ゔぅぅぅ」短い唸り声をあげたが、目を開く様子はなかった……。
午前5時13分、東の空が明るくなり始めている。
 
わたしは大学を卒業してすぐ、出会って数ヶ月の男と電撃結婚をした。今思えば若気の至り以外の何物でもないのだが、その時のわたしのおめめはハートだった。彼のおめめも同じだったはずだが、そのおめめは酒を飲むと様子が変わった。「目が座る」とはこういう状態なのかと驚いたのは、籍を入れた後だった。
わたし自身はアルコールに弱く、同じようなテンションで酔うことができなかったのも、彼としては面白くなかったのかもしれない。はじめての口論は飲み屋の帰り道だった。わたしのささいな一言が彼の地雷を踏み、深夜の路上で張り倒された。
今のわたしなら「そんな男とはすぐに別れろ!」とアドバイスをしてやるのだが、当時はそんなことがあっても「好き」が勝り結婚生活は続いた。
 
やがて子どもが出来たが、その子が小学校に上がる頃には、アルコール以外の要素も加わって、夫婦関係は冷めきっていた。もうそうなれば悪循環だ。夫のアルコール摂取量も飲みに行く頻度も日に日に増えた。しらふで帰ってくることなんて皆無。帰って来ても午前様。なんの連絡もなく数日帰宅しないなんてこともザラだった。診断こそされてなかったもののたぶんアル中だったんだと思う。
 
生活費はかろうじて受け取っていたものの、経済的な不安は大きかったので、わたしはパートに出るようになった。早朝、まだ子どもが寝ている時間を利用して、近所の惣菜店でお弁当の仕込みを手伝っていた。
 
その日もわたしは日が昇る前に起きたが、夫のベッドは空だった。身支度を整え部屋を出る。8階からエレベーターでマンションの1階に降りた時、エントランスのソファーで轟々といびきをかいて眠る男を見つけた。そう。夫だ。
8階の自宅に戻り着く前に、眠り込んでしまったのだ。正直、殺意がよぎった。
今日は平日。このままではマンションじゅうの住民が、通勤や通学の前にこのだらしない姿を見ることになる。その中には我が子も、そしてその友達も含まれている。絶対にこのままにはしておけない。
 
必死に声をかけたが、まったく返事がない。酔いつぶれているのだから、当然だろう。パート先に遅刻することを告げ、ペットボトルを取りに戻った。水を飲ませて酔いを覚まさせようとしたものの爆睡していて飲まない。こうなったらと、頭からぽたぽたと水をかけてみる。「ゔぅ」と呻き声をあげるも、目を覚ます気配はなかった。
時計の針は午前5時を回った。さいわいまだ住民は誰も降りてきていない。こうなったら最後の手段だ。引きずって運んでやる。決意するまでに、時間はかからなかった。まずはソファーから降りてもらおうと思った。ドスン。落とすつもりはなかったのだが、落ちた。
「ゔゔっ!」っと、さっきより大きな呻き声をあげたので、ひやっとしたが、酩酊状態は続いている。
 
70キロを超える男を運ぶのは容易なことではない。あたりを見回し、夫の足首を両手で持ち上げエレベーターにむかって引きずりはじめた。わたしに足を引っぱられた夫のシャツはめくれ上がり、出っ腹は露出、両腕はバンザイの形になった。やばい。これじゃあ完全に、闇夜に紛れて死体を引きずってる女にしか見えないじゃないか。
心臓の鼓動が高鳴り、冷や汗が噴き出してくる。証拠隠滅をはかる殺人者の気持ちを疑似体験した。それでも我が子のためにと、母は突き進むのだ! 
となると、これは愛する者のために罪を犯した殺人者バージョンだなぁなどとぼんやり思う。
 
エレベーターの呼びボタンを押す。誰かが乗っていたらどうしようかと一瞬考えたが、エレベーターは無人だった。急ぎ、夫をカゴ内に引きずり入れようとするも、段差で再び呻き声があがった。あわててさらに奥まで引き入れたところで、エレベーターの扉が閉まり始めた。こういう時の扉の速度は思った以上に速い。ぐわっしゃんぐわっしゃん、夫の頭がドアにはさまり、安全装置が働いて扉が開くという動作が繰り返される。
「ウグゥッッ!」今度こそ起き上がってきて殴られるんじゃないかと覚悟をしたが、それでもまぶたが開かない。深酒は恐ろしい。
マンションのエレベーターは8人乗りだったが、横になった大人を大の字で収納する奥行きはない。わたしは夫のふくらはぎを小脇に抱え、その足をほぼ90度の角度に折り曲げ、なんとか扉を閉めた。L字型の夫を乗せ、動き出すエレベーター。そこから8階までの長いこと長いこと。どこかのフロアで止まって誰かエレベーター待ちをしていたらどうしよう。わたしが逆の立場だったら、悲鳴をあげるだろう。
「ちがうんです!」という言い訳は聞き入れられずに、110番通報されかねない。祈るように行き先階ランプを見つめた。
2、3、4、5、6、7そして8。扉が開く。部屋まであと少し! ズルッズルっと音を立てながら、やっと自宅の玄関内に押し込んだ。完全犯罪成立の安堵のようなものを感じた時には、あたりは明るくなりはじめていた。
 
虐待をされた子は、虐待する親になってしまうという話がある。
それが怖くて結婚できないという人もいるという。
わたしは「そんなの嘘だ!」と言いたい。信じたい。
わたしの親の酒癖は悪くなかった。ケンカすら見たことがない。なのに娘は、明け方に死体運搬もどきに、いい汗をかいてしまった。
仲良しの夫婦に育てられた娘は、残念だけど仲良し夫婦にはなれなかったのだ。仲良しの逆バージョン、虐待だけが連鎖するなんて悲しすぎるじゃないか。
 
元夫の酒癖の悪さだって、誰のせいでもないはずだ。そのツケは回ってきて、この出来事からそう遠くないタイミングで、夫はそれを自分で受け止めなきゃいけない事態になった。
長い人生の中では、自力ではどうにもならない環境に置かれることもある。そこから全力で逃げることも必要だ。
けれど、自分だけはごまかせない。環境からは脱出できても、自分自身から逃げることはできない。そこには完全犯罪は成立しないのだ。いいことも悪いことも、悲しいことも可笑しなことも、すべてを経験した過去の自分が、今の自分をつくっている。
 
あの日の修羅場をネタに、今わたしはパソコンに向かっている。そんな今のわたしは、この先に、どんなわたしをつくるつもりなのか。想像すると、恐ろしいけれどちょっぴりワクワクしている自分もいる。

 
 
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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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