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メディアグランプリ

恥ずかしげもなく自撮りを載せる女子になりたい人生だった


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:中村 英里(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
インスタで、「#自撮り」のハッシュタグを検索する。
男も女も、老いも若きも、日本人も外国の人も、たくさんの自撮り画像が出てくる。
 
そのうちのひとつ、女の子の写真をタップし、ホーム画面を見てみる。
すると、自分の顔を撮影した写真で、彼女のホーム画面は埋め尽くされていた。
 
ほかの女の子の写真も見てみる。顔のアップの自撮り、その日の服装を鏡に写した写真などなど、やはりその人自身が写っている写真ばかり。
 
あぁ、うらやましい。
ついため息をついてしまう。
私だって、恥ずかしげもなくインスタに自撮りを載せるような女子になりたかった。
 
私は、自撮りというものをSNSにアップしたことはない。
他人が撮った自分の写真をアップしたことならある。
 
そんなにアップしたいならすればいいじゃない。
何をそんなにためらっているんだ、やりたいようにやればいい。
 
そう思う人もいるだろう。
 
厳密に言うと、「自撮りを載せたい」と、「自撮りを載せるような女子になりたい」は、まったく違う。
 
「自撮りを載せる」は、ただの行為だ。
パシャっと撮ってフィルターかけてアップすれば、はい完了。
何のことはない。
 
でも、私はその一連の行為を、恥ずかしいと感じてしまう。
恥ずかしげもなく、自撮りを載せられる女子を、羨ましいと感じる。
 
私の勝手な解釈だが、自撮り=自己肯定感を示すもので、それをガンガン載せられるということは、自己肯定感の高さを表しているのではないかと思う。
私が羨ましく思うのは、その点なのだ。
 
物心ついたころから、自己肯定感が異常に低かった。
 
人よりも少しばかり傷つきやすく、他人の言葉をいちいち間に受けて、傷ついてしまうことも多く、一方で褒めてもらったとしても、それを素直に受け取れないあまのじゃくなところがあった。
 
一言でいうと、面倒な奴だった、ということだ。
 
思春期特有の、感傷的なところがあったのかもしれないが、自分の見た目も、性格も、能力も、全てほかの人よりも劣っていると、なぜか思い込んでいた。
 
思春期を過ぎ、大学を出て社会人になってからも、その思いを引きずっていた。
仕事においても、「できること」ではなくて、「できないこと」ばかり数えて、それを克服しようとしていた。
 
自分の能力をレーダーチャートでグラフとして表したときに、どの能力も均等に高い数値であり、美しい五角形を描けるような人――つまり、「完璧なもの」に憧れていた。
 
自分は、穴ぼこだらけのチーズのような存在で、穴を埋めなければいけないと思っていた。今の自分に足りないものは何か。できないことを、できるようにならなければ。
 
資格を取る。学校に通う。仕事を変える。
足りないものをひたすら探し、新しい知識を吸収し、身につける。
また穴を見つけては躍起になって埋める。
 
そんなことを繰り返していた。
 
しかし、どんなに穴を埋めても、穴はなくなることはなかった。
当たり前だ。世の中に仕事は星の数ほどあり、それぞれに必要なスキルはさらにたくさんある。その全てを網羅することなんて、一生かかってもできない。
 
「苦手なことは、やらなくていいんだよ。それが得意で、やりたい人もいるから」
 
悩んでいるときにいつも相談する、お世話になっている年上の女性に相談したときに、そう言われてハッとした。
 
人には得意不得意がある。
得意なことは、イコール好きなことだ。
好きこそものの上手なれと言うが、好きで仕方がなくてその仕事をやっている人には、どうやったってかなわない。
 
「完璧なんて、目指さなくていいんだ」
 
それがわかったとき、私は「完璧を目指す」という目標を失った。
そして、一歩も動けなくなった。
 
「私が好きなことって、何だっけ?」と。
 
それまでは、求められる役割を果たす、ということをずっと続けていた。
その時いる場所が四角かったら、私も四角くなっていたし、丸かったら私も丸くなった。
会社から求められる形に、常に自分を最適化していた。
 
それはゲームのようで面白かったし、求められることに応じるというのは、確実に感謝してもらえるということなので、満足感にも浸れた。
 
会社員としては、使いやすい奴だったのかもしれない。
でもいざ、「好きなことをしよう!」と思い立っても、自分の形を変え続けたせいで、もともと自分がどんな形をしていて、何が好きなのか、わからなくなっていた。
 
最初は外に答えを求めて、本を読んだり人に相談したりしてみたが、どうも外には答えはない、と気づいた。
 
そこからは、自分の過去をあらいざらいほじくり返して、「何をしている時が楽しかった? どんなときに心ときめいた? 何気なくやっていることで、人から評価してもらえたことって何かあった?」と、考え抜いた結果、「書くこと」を選び、天狼院で学んでいる。
 
私はずっと、外からの評価で自分を保とうとしていた。
そうしないと、人としての形を保てずにモロモロと崩れ落ちて、ただの肉の塊になってしまうんじゃないかと思っていた。
 
そのくらい、自分に自信がなかったから。
だからこそ、求められる役割に応えようとしていた。
 
でも本当は、自分で自分のことを、肯定したかったのだ。
 
「私にはこれがある」と胸を張って言えることが、ただ一つでいいから、欲しかった。
 
それがあれば、自分のことを、好きになることができると思うから。
 
能力を表すレーダーチャートで美しい五角形を描けるような、何でもできる完璧な人に憧れていた。
でも、そもそもそんな人、いないのかもしれない。
 
出来ないことも知らないことも、たくさんある。
でもそれは、できる人に任せればいいんじゃないか。
 
自分が得意なもの一つだけに、120%の力を注いで、グラフをぶち抜くくらい突出させればいいんじゃないか。
 
まだグラフをぶち抜くような突出したスキルにはなり得ていないが、これからも、私は書き続ける。
 
もしいびつな五角形を笑う人がいたとしても、胸を張ってこう言おう。
 
「私には書くことがある」と。
 
自撮りは未だに苦手だ。
 
でももう、「恥ずかしげもなく自撮りを載せる女子になりたい」なんて思わない。
 
自撮りなんかよりずっと楽しい、「書く」という自分を表現する術を見つけたから。

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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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