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重度の行動障害の彼と殴られた私の、優しい時間を獲得するまで


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:北古賀昌子(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
障害児・者の福祉事業に関わるスタッフは、どこも慢性的に人手不足だ。
絶対なるニーズがあり、マンパワーでなければ解決しないことが多いのにも関わらず、リクルートは全くもってうまくいかない。
では、人手不足を解決する方法はと言えば、その答えは簡単だ。
その労力に見合う対価を支払い、モチベーションを落とすことなく働ける職場にすればいいだけだ。
けれど、現実はそうはいかない。動けば動くほど赤字になる不条理さ。
未だに、ボランティアの精神で支えられているのが福祉の世界だ。
 
昔に息子が通っていた施設もそうだった。人手不足を解消するために、そこに通う子供の親達にまで手伝って欲しいと持ちかけた程だ。
その親達の中には私もいたが、もともと障害児達との音楽による療育の仕事をしていたため、声が掛かったわけだ。
一応、障害の種類や特性にも明るいということ、発達心理や支援の方法を勉強しているということで、音楽療法の依頼もあったが、支援全体もお願いしたいということだった。
私は、当時はそこに自分の息子が通っているということもあって、その返答を渋った。
施設の理事長に、たぶん他の親達はあまりいい顔をしないだろうと伝えた。
自分の子供をひいきするんじゃないかとか、施設側も他の子達と差を付けるんじゃないかとか、そんなことを勘ぐられるのは嫌だと答えて、最初は断った。
しかし、どうしても人手が足りない、1年でいいから頼むと押されて、結局は「1年以内にスタッフを探す」と約束してもらって、それを受け入れた。
 
その施設には激しい行動障害の子供達も多く、相手が自分にとって不利益だと思えば、攻撃してしまうような男子もいた。
その男子は、対人関係が上手くいかないので子供同士のトラブルも多く、その子に恐怖を覚える女性スタッフもいた。
そんな彼に「あなたのことは嫌いだ!」と言ってしまった女性スタッフがいた。
彼は知的にも重度だったが、長い年月の経験から何を自分に対して言われているのか位は理解した。
その女性スタッフは標的になってしまい、他害の対象になってしまった。
 
ある日、また彼がその女性スタッフを標的にしていることに気付いて、私は彼の行動を瞬時に止めた。
私が、彼とスタッフの間に体を差し込んで、彼の手を掴んで椅子に座らせると、彼の顔はみるみる激高していった。
まずいな……と思った瞬間だった。
私は顔面を殴られたあげくに腕を何カ所も噛み付かれた。
完全に、女性スタッフから私に標的が移った瞬間だった。
男性職員にかばわれる格好になった私は、彼が離れてからようやく立ち上がったが、うずくまっている間に考えたことは、ただ一つだった。
 
いかん、このままでは、彼と私の関係は最悪になる、何とかしなければ!
 
翌日、腫れてアザのできた顔と、噛まれて青黒くなった腕をさらしたまま出勤すると、その日から私はことあるごとに彼に話しかけた。
最初は彼も「えっ?」という顔をしていた。
私はというと、前日のことなど忘れたかのように彼に絡み続けた。
廊下ですれ違うと「よっ!」と手をあげて声を掛け、作業中はわざと彼の隣に座った。
作業が上手くいくと、私も親指を立てて「やったやん!」と言う。
彼が顔をしかめて別の場所に移動すると、しばらくしてさりげなく私も移動する。
まるでストーカーだが、距離の取り方は、実は殴られた時に学習したので大丈夫。
とにかく時間を掛けていたら、彼にとっては、私が距離を縮めようとしていることが理解しづらくなる。
短期間で「敵ではない」と理解してもらうことが重要なのだ。
そうやって、だんだん私も彼の行動の先が読めるようになって、彼の攻撃の手を避けることが上手くなった。
 
そうして数日が経った頃だった。
彼がトイレから出て来たところに出くわした。
彼は自分の前に立ちふさがれた時、とっさに相手の頬をツネる時がある。
それは、自分を守るための間違った行動なのだが、ちょうどその時、私が彼の前に立ちふさがった状態になった。
その瞬間、彼の右手が私の頬に伸びて来た。
除けようと思えば除けることはできた。けれど、私はそのまま立ちふさがって「よっ!」と言ってみせた。
彼は顔のパーツをキュ〜んと真ん中に寄せて、口をすぼませたまま伸ばした手を引っ込めた。
そして、その顔のまま私の横を通り過ぎたが、なんと彼は鼻歌を歌いながら去って行った。
 
私は、その瞬間「よっしゃ!」と思った。
たぶん、彼は私を受け入れてくれた。敵から、今度は理解者になれるチケットをもらった! と。
 
私の勘は当たったと言っていいと思う。
翌日、玄関にたたずむ彼に「何してんの?」と聞いてみた。
彼は、自分の腕を私の首にガッ! と回して「いこか!」と一言いった。
数少ない彼の言葉の中の一つだが、行きたいところがあるから、付き合って欲しいということだ。
「オッケ〜!」
 
私は他のスタッフに、散歩に行ってくるから、もしも帰れなくなった時は車で迎えに来て欲しい、とこっそりメールした。
スタッフの了解メールを確認すると、玄関を出て彼に付いて行った。
彼に付いて行くと、タンポポの花がたくさん咲いている場所に出た。彼はそこに座って綿毛をフ〜ッと吹いて飛ばした。
百キロ近くある巨漢の体を、体育座りでひざを抱えてコンパクトにたたみながら、タンポポの綿毛をフ〜ッと飛ばした。
のどかな田園に綿毛が飛んで、それを目で追いながらフフフと笑っていた。
その姿が凄く可愛くて、後にスタッフみんなに話した。
その姿が見たいと言ったスタッフもいたが、彼からはなかなかお誘いがなかったようだ。
 
その後も、一緒に菜の花畑やコスモス畑でのんびり過ごしたりした。
あの日の私の顔や腕に付いたアザや腫れは、早いうちに引いてしまっていたが、そのアザと腫れこそが私に決心させたんだ。
あの日のあの瞬間があったから、彼との距離の取り方も、付き合い方も、そしてこの姿も知ることもできた。
 
一年後、私は約束通りに施設を去った。
けれど、一瞬の顔と腕に彼がくれた勲章は、今も心に残っているし、障害がどんなに重くても、真っ正面から向き合うことの大事さは、これからも決して忘れることはないだろう。

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2018-05-16 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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