メディアグランプリ

不器用なポジティブマインド


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:井上文江(ライティング・ゼミ朝コース)

 
 
夕方駅前の喫茶店。
1日の用事を終えて、私は抹茶ラテとともにカウンター席に座った。
おおきなテーブルのカウンター席の一番右端、ノートを広げて書き物をしても隣の人から覗かれない安心できる席だ。
 
一口ラテを飲んでほっとしたとき、隣の席に人が来た。良く見ずに「あ、隣になんか変な人が来た」と思った。
隣に来たのはたぶんお年寄り。女性かな? あえて確認しない。
その人物は、机に正面向いて座らず椅子に斜めに腰かけて体を右隣の私のほうに向けている。なんか見られている感じ。嫌だな。
 
駅前の喫茶店はお年寄りの常連客が多く、誰かと話しをするために来ている人もいる。過去にひとりで来店しているお年寄りに話しかけられたことがあった。
私は、年配のかたから見ると話しかけやすいらしい。街を歩いていてよく道を尋ねられたりする。第一印象は「優しそう」だと良く言われる。
 
夕方になって時間が出来てゼミの課題文章を書こうと思ってやってきた。だから今日は話しかけられたくない。私は顔をあわせないように、考えに集中してるふうを装った。少しすると隣から、
「チュパ、チュパ……。チュパ、チュパ」
と音が聞こえる。たぶん口を鳴らす音だ。唾液を呑み込む音、咀嚼するときに出る音。
うわっ、気になる。どうしよう。
 
席を移動すれば解決する話なのだけど、せっかく良い席に座れたのに移動したくない。このままやりすごせないだろうか。
 
とりあえずipodを出してイヤホンで音楽を聴くことにした。
曲はベートーヴェンのピアノソナタ第8番『悲愴』。第1楽章は、重厚な和音で始まる激しさと悲しさと戸惑いを表した曲。第2楽章は、ドラマ『のだめカンタービレ』の主人公、のだめちゃんと千秋先輩が出会うきっかけの曲。最近では競艇のCMでナオミさんがアレンジしたものを歌っている。ベートーヴェンのこの曲を聴くと心が休まる気がする。好きな曲だ。
 
老人が出すチュパ、チュパ音が聴こえないように音量を大きくしていく。どんどん、どんどん……音量を上げてみるけれど聴こえてくる。うーん、ピアノ曲では無理だ!  音の隙間に顔をだすように「チュパ、チュパ」という音が入ってきて余計に気になる。
 
なんとなくツイてない気分になってきた。
 
そんなとき、最近何人もの人から偶然同じ話を聞いたことを思い出した。
それは、
出かける前にゲタの鼻緒が切れたとき、あなたはどう思う?
という話。その答えによって成功マインドを持っているかどうかがわかるというもの。
 
「出がけに鼻緒が切れるなんて、運が悪いな」
と思った人は否定的な人。成功しにくい人。
「ただ鼻緒が切れただけだ。寿命がきたんだな」
と思った人は普通の人。
「出がけに鼻緒が切れてよかった。出先だったら大変だった、助かった」
と思う人は成功しやすい人、だそうだ。
 
成功者のマインドだったら今の私の状況をどうとらえるのだろう。
 
ツイてないと思った私は成功しにくいマインドの人ということになる、残念。
じゃあ、老人が音をたてて食べるのは仕方ない、と思うのは普通の人?
じゃあじゃあ、今で良かった、と思うのが成功する人? わからなくなる。
 
ふと思う。
この人がもしも自分の家族だったらどうだろう?
きっとお歳のせいで音を鳴らすのは止められないのだろう。一緒にいる家族としてはきっと周りを気にするだろうな。どうか周りの人の気に障りませんように……迷惑になりませんように……と祈るかもしれない。
 
ちょっと待てよ。私は上司からのモラハラ・パワハラで苦しんでいたことがあったので今は「ありのままの自分でいたい」と思っている。だけどここで隣のお年寄りのありのままを否定するとしたら、それはバランスが悪くないだろうか。
 
思い切って隣の御老人に目を向けた。
80歳は越えているだろう白髪の女性だった。良く見るとフランスパンにハムやレタスがはさまっているサンドイッチを手でちぎりながらコーヒーに浸して食べている。硬くて食べるのが大変そうだった。聞こえてくるチュパチュパは、堅いパンを時間をかけて食べている音だ。
 
考えてみれば私の父も80歳をすぎて、堅いものを食べるのに苦労している。噛んでも呑み込めないレタスの繊維を吐き出したりしている。お隣の女性は、そのお歳で良く食べているじゃないか。だんだん食べる姿が勇ましく見えてきた。
「食べることは命の営みだ」なんてちょっと大げさに思ってみたりした。
 
とはいうもののやっぱり集中できない。
こうなったら仕方ない、もっと激しい音楽を聴こう。
 
ピアノソナタはやめて、私のお気に入りスピッツベスト集をかけた。
1曲目に『運命の人』が流れてきた。
満員電車で押しつぶされそうになった時に聴いていて励みになった曲だ。
イントロが流れて草野マサムネの歌が始まった。
「バスの~揺れ方で、人生の意~味が、わかっ~た日曜日♪」
歌詞を聞いてはっとした。
あ、今日はこういう日なんだ、つまり、なるようにしかならない日。
 
自分ではどうにもできないことが人生にはたくさん起こる。どうにもできないことの真ん中でもっと感じてみようじゃないか。
(草野マサムネさんの作詞の意図とは違うかもしれないけれど)そんなふうに言っているように思えた。腑に落ちたというよりは、心でわかる感覚がした。
 
結局、30分もしないうちに引き上げてきた。
喫茶店に来て飲み物を熱いうちに飲み干したのは久しぶりだった。課題文は書けなかった。だけどなぜだか気分はスッキリしていた。
 
 
***

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2018-05-23 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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