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母の4ヶ月の月命日に寄せて


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:安光伸江(ライティング・ゼミ平日コース)
 
 
今日5月18日は、母が亡くなって4ヶ月の月命日。早いものだ。
 
母の最期はがんだった。圧迫骨折で3年あまりほぼ寝たきりで介護していたのだが、よく吐くようになったのでお医者さんを変えるなどして、ショートステイに入れたらそこでも吐いて、病院に入院したら肝腫瘍が見つかった。大病院で検査をしたら、胃の入り口にがんができているということで、肝腫瘍はそこからの転移だったらしい。末期がんだ。積極的な治療をするより、穏やかに逝かせた方がいい、ということで元の病院に戻って年末年始を過ごし、年明けに緩和ケア病棟のある病院に転院して8日で亡くなった。
 
亡くなったあとは毎日何度もお線香をあげて、母と話をしている。2年前に亡くなった父とも話をしている。まだ生きているような、ただ遠くに住んでいるような、不思議な感覚もある。私にとっては鳥が母のシンボルなので、鳥の声を聞くと母が話しかけてくれているような気分になる。「おねぇちゃんおねぇちゃん! ママだよ! ママのこと大好きでいてね!」といっている気がする。
 
正直言って、母が死ぬ前の方がしんどかった。病院に入れた時は「私では介護しきれない、限界だ」と悩み、かなり落ち込んだ。私が長く患っているうつ病もその頃だいぶ悪化し、うちに精神科の訪問看護の方が来てくださるようにもなった。いろいろ話を聞いてくださったのでずいぶん救われたが、母が死ぬ前後はほんとにつらい話ばかりしていた記憶がある。
 
母を病院に入れて、いつ死ぬかもわからないという状態になったとき。すごく怖かった。もう、母は家には戻ってこられない。生きて帰ってくることはない。朝ご飯の卵焼きを作ってあげることもない。だから、この家にとっては母は死んだのと同じことだった。それがつらかった。ママ死んじゃうんだよ、と、ぬいぐるみのくまたちと一緒に泣いた。いっぱい泣いた。それでもできるだけ長く生きていてほしい気持ちと、病気が悪くなってるんだからあまり苦しませずに逝かせてあげた方がいいのではないかという気持ちとが戦っていた。
 
1月17日、母の見舞いに行ったとき、翌日は私の乳がん治療の点滴があるから見舞いには来ないからね、といって帰った。
 
18日2時半頃だったか、ケータイが鳴った。こんな時間に鳴るのは病院からに決まっている。恐れていたものがついにきた。
 
「呼吸が悪くなっているので、すぐ来てください!」
 
大慌てで暗い色の服を着て、大慌てでタクシーを呼んで、大慌てで病院に行った。支払いにてまどり、昼間とは違う雰囲気の病院の中で迷い、あたふたして病棟にあがると
 
「さっき呼吸が止まりました」
 
私が病院で迷っている間だったのだろうか。最期の瞬間には立ち会えなかった。
 
ひとは息を吐いて生まれ、息を吸って亡くなるという話を聞いたことがある。
息を引き取る、というが、す~っと息を吸って亡くなるというのだ。私はそれを見たかった。
父の時は病院にも行けなかったので、母の最期の瞬間は、見たかった。
 
でも
間に合わなかった。あと少しのところで。
 
間に合わなくてごめんね。と思ったけれども
 
最期の瞬間は見なくていいよ、と言ってくれてたのかもしれない、とも思う。
 
家で介護をしていた時も、病院に入院してからも、母は眠っている時間が多かった。ときどきしか話ができなかった。最後の頃の母の記憶は、ほとんど寝顔だ。だから、寝顔と死んだ顔と、あまり区別はできなかった。
 
当直の先生に死亡確認していただいたあと、きれいに死に化粧をしていただき、葬儀社の車で運ばれた母。眠っているようだった。
 
ああ、死んだんだね、がんの痛みや苦しみから解放されたんだね、と静かに思った。
 
母の葬儀は火葬場直送のプランにした。時間の関係もあってまずは葬儀社の部屋に安置され、一晩たってから火葬場につれていってもらった。葬儀社の部屋はアパートの一室のようなところで、簡素ではあるが祭壇みたいなのが作ってあった。その日は何もすることがないということで、私はタクシーで家に帰り、予定通り乳がん治療の点滴に行った。これでよかったのだろうか、という後悔の念はあった。親戚に来てもらった方がよかったんじゃないか、火葬場直送ではなく、小さくても家族葬にした方がよかったんじゃないか。
 
そう悩みつつ、親戚に連絡したら、叔父たちが葬儀社の部屋に母の顔を見に来てくれた。私はその時間病院にいたのでご挨拶もできずじまいだった。私はよくわからないので兄のいうままに火葬場直送プランにして、お寺さんにも連絡しなかったのだが、後から聞いた話では「おつとめにいきましたのに」ということだった。枕経とかちゃんとしてもらった方がよかったんじゃないかな、と今では思うけど、その時はどうしたらいいのかほんとによくわからなかった。
 
だから
 
縁起でもないと思うかもしれないけど、できれば親御さんが元気なうちに、亡くなった時にどう弔ってほしいか、話をしておいた方がいいんじゃないかなと思う。うちの父は急に亡くなったし、母は寝たきりだったし、両親の希望通りにできたとはあまり思えない。兄は宗教にはまったく関心がない人なので火葬場直送でよかったと思っているようだが、私としてはちょっとまだ心にひっかかりがある。
 
どうか、後悔することのないように
 
といってもこの4ヶ月ずっと、母の魂と毎日のように話はしてきた。葬儀はちゃんとしたものではなかったけれど、ずっとずっと母のことを想ってきた。たぶん、これからもずっと母と話をし続けるだろう。
 
鳥の声が母の声だなんて、気のせいかもしれないけど、それでもいい。
天国? あの世? どこにいるのかしらないけれど、別の世界に行ってしまった母に、ありがとう、大好きだよ、と話しかけたい。
 
なんて思っていたら、今日はスタバのアンケートレシートが当たった。アンケートに答えたらお好みのトールサイズの飲み物を飲めるというクーポンだ。すごく久しぶりに出た! きっと母が当ててくれたんだな、と思った。
 
ママ、ありがとう。ずっと大好きでいるからね!

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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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