メディアグランプリ

笑顔という戦闘服


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:田中 伸一 (ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「田中君。明日の本番は笑顔で私らを見てほしいんや。田中君の笑顔を見たらみんな安心すんねん」
ふだんは大人しい石田さんが、いきなり言い出した。
……えっ、? 嘘やろ?
不意を突かれて、指揮台で絶句した。周りから「気持ち悪い」と言われることはあっても、自分の顔を見て「安心する」なんて、信じられない。
明日は、高校生活最後のクラス対抗合唱祭だ。吹奏楽部にいたから、というだけの理由で、指揮をしている。大学受験も間近だというのに、みんなが時間を都合して、優勝を狙って練習してきた。責任重大だ。
まだまだ直したいところがあるのに、もう時間がない。みんながストレスと緊張感でいっぱいだ。
そこへ、思いがけない石田さんの発言である。完全に混乱した。
モヤモヤしたままで、本番当日を迎えた。私は完全にテンパってしまい、本番でどんな表情だったのか、覚えていない。当然、優勝どころではなかった。
優勝できなかった悔しさと、石田さんの謎の言葉を抱えたまま、私は高校を卒業した。
 
大学に入り、体育会に入部した。夏になって、合宿に行った。体力面でも、精神面でも追い込まれた。
疲労困憊で最終日に集合写真を撮った、はずだった。
ところが、その後、現像された写真を見て、先輩が言った。
「なんだよ、田中。お前一人だけ『どんないいことがあったんだ?』って聞きたくなるような笑顔じゃないか。そんなに合宿が終わるのが嬉しかったのか?」
投げてよこされた写真を見て驚いた。
確かに、自分だけスポットライトを浴びたように天真爛漫な笑顔で写っている。
……石田さんが言っていたのはこれか!
その時になって合点した。
それと同時に、暗い気持ちになった。本当の思いと関係なく習慣化している笑顔のレベルが上がりすぎている。それは、私にとって良いものとは言い難かった。
 
そのころの私にとって、笑顔は戦闘服だった。
周りの人に対して、防御壁をつくるイメージだ。何を言われても笑顔ではね返す。誰からも相手にされなくても、笑顔にしていれば平気だと思われる。
だから、一人でいる時どんな顔をしていたとしても、誰かの目があるところでは笑顔を身にまとう。戦闘開始だ。
そんな習慣がついたのには、理由がある。
 
小学校に上がった頃から、私に対する周囲の評価は、
「オカマちゃん」
であった。
最初は些細なことからだったかもしれない。だが、次第に私は「期待されるオカマ像」に自分を合わせるようになっていった。中学高校と進むにつれて、ヒゲやスネ毛が生え、身体は男性化していった。その一方で内面では、「どんどん女性化しなければならない」と思い込む自分がいた。その一方で、新宿二丁目に出入りするようなホントのオカマになったら、人生終わりだと勝手に決めつけていた。
「LGBTの人権」どころか、そんなヤツは病気だとされていた時代である。
当然、陰に陽にからかわれ、いじめを受けたこともあった。
一体この先どうしたらいいのか。激しい自己否定の一方で、小学校以来慣れ親しんできたオカマちゃんのポジションでしか振る舞えない自分がいた。
オカマちゃんのポジションというのは、男の集団にも女の集団にも属さない。どちらにも出入り自由と言えばそうだ。社交的と見えるかもしれない。でも実際は、根無し草のようなものだ。ひとりぼっちになることも多い。いじられても、真に受けてへこんでいたら、きりがない。常に感じる生きづらさを隠し続けなければ、いよいよ居場所がなくなってしまう。
 
だから、毎朝鏡に向かって笑顔の練習をした。
上の歯が10本見えるように口角を上げる。左右のバランスが大切だ。気を緩めると左側だけで笑っている。右の口角をしっかり上げて両方同じになるように調整する。目じりを少し下げる。眉間が十分に伸びていること、目じりにシワが入っていることを確認する。
悔しいことがあっても、居場所がないと思っても、それを顔に出してはいけない。
鏡の中の自分に命令し、能天気な笑顔を鏡の中に確認してから、登校した。
学校が終わった帰り道、クラスメートと別れて電車のホームで笑顔を外す。頬の筋肉がこわばっている。ごしごしと手でほぐす。それが日課だった。
女性が朝に化粧して出勤し、夜に化粧を落としてリラックスするのと同じである。
そうやって、笑顔を戦闘服として身に着ける習慣がついていった。
 
誰にも心を開かないための戦闘服。笑顔の裏側に、いつも後ろめたさがあった。でも、やめられない。
 
社会人になると、さすがに面と向かって「女みたい」「気持ち悪い」などと言われることはなくなった。でも、自分を守るための笑顔の習慣が残った。
「どんなに叱っても笑顔で聞いているから、叱りがいがない」
と言われたこともあった。緊張すればするほど、戦闘服としての笑顔が発動しただけのことだが、そんなこと、職場の人たちには関係ない。説明したくもない。古傷は、触れないに限る。
 
笑顔の裏にある後ろめたさから自由になるまで、20年以上かかった。
やっと自分の中の女性的なものに折り合いがついて、常に自分を守り続けなければいけない、と思わなくてよくなった。
そうなって、はじめて石田さんが教えてくれたことが素直に受け止められた。私の笑顔には、人を安心させる力がある。
「田中さんの笑顔を見ていると、ついつい余計なことまでしゃべっちゃうんですよね」
と言いながら、重要な情報を教えてくれる人もいた。
「笑顔で厳しいことを言われると、素直に聞けるんです」
と言う人まで現れた。
専守防衛のつもりでいたが、どうやら私の笑顔は、破壊力抜群らしい。
 
そうなると、疑問がわいてくる。10代の頃、笑顔という戦闘服を着装しなければいけなかったというのは、本当だろうか。
石田さんだけではなく、案外と多くの人が、
「田中は、ああいうヤツだから」
と受け容れて、私の笑顔で安心してくれていたのかもしれない。
自分一人で勝手に心を閉ざし、自分で自分を苦しめていただけだったとしたら……よけいな回り道をしていた可能性が高い。穴があったら入りたい気持ちだ。
 
 
今日も、鏡に向かって笑顔の練習をする。10代の頃とは違って、相手の心に飛び込むために。周りの人たちに安心を与えるために。
完璧な笑顔を作ってから、鏡の中の自分と会話する。
「あなたは、とても恵まれていますね!」
「はい、そうですね」
「みんなに愛されて、幸せですね」
「ほんとうに。私もそう思います。感謝です!」

 
 
***

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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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