メディアグランプリ

就職活動とは、言葉と出会う旅


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

【4月開講】人生を変えるライティング教室「天狼院ライティング・ゼミ《日曜コース》」〜なぜ受講生が書いた記事が次々にバズを起こせるのか?賞を取れるのか?プロも通うのか?〜

記事:吉田順一(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「すいません、最後に一つだけ聞いてもいい
ですか?」
緊張のためか、ひどく口が乾いていた。掠れ
そうな声を絞り出すように、私は聞いた。
 
年齢 33歳、職業 無職。
ただ履歴書にそう記入しただけなのに、
なぜだろう、ひどく情けない気持ちに
なってしまっていた。
 
北海道に移住して3年目の秋、私は移り住んだ
理由だったはずのプロバスケ球団の職場を
辞めた。次の仕事も決めずに。
 
最もやりたかった仕事、のはずだった。
北海道のバスケ人口は全国3位。プロ
チームを軌道に乗せれば、地方に住む子供
たちの夢も増やせる。
 
自分の好きな事を仕事にして、世の中を
少しだけ元気にできる、と思っていた。
 
3年を経て仕事にも慣れた。企業の協賛を
集め、プロ選手の試合の前座に同じ会場で
地元の子供たちがバスケの試合をする企画
も実現にこぎつけた。
 
自分が見てみたかった景色を、見れるはず
だった。だが、見る前に辞めた。
 
お金が無い。
一言で言えば、それが辞めた最大の理由だ。
自分も会社も常に資金不足。賞与や手当は
おろか交通費など必要経費の支給にまで支障が
出た。それが仕事上はストレスと変わり、職場
で人間関係の軋轢も生んだ。
 
稼ぐ役割の営業は自分を含めて2人だけ。
資金不足の解消には2人で1億円以上の売上
を作らなくてはいけなかった。早朝から深夜
1時、2時まで必死で働いても到底届かない。
 
いつしか食欲不振に陥り、眠れなくなった。
当時、結婚したばかりの妻にも心労が募る
ばかりで、改善の兆しは見えなかった。
 
この状況はやりたい事か? 違うだろ。
 
ふと、そう思えた時、辞めることに迷いは
無かった。だが、やりたい仕事を辞めた当時の
自分には、次の進路は何も思いつかなかった。
 
「経験に該当する職種が無いんですよねえ」
ハローワークでも、求職者セミナーでも、同じ
ような反応を聞いた。その度、自分の気持ち
も落ちていく。
 
自分が頑張った日々は、評価に値しない。
まるでそう言われているような気がした。
 
「営業をやってたんでしょ? 直接企業を
当たってみれば?」
 
そう言ってくれたのは、北海道で知り合った
保険の営業マンだった。やる気があるなら、
と分厚い企業年鑑も貸してくれた。
 
「もしもし、求人に関してお伺いしたいの
ですが」
 
季節は11月も半ばを過ぎ、12月になろうと
していた。無職の身で企業に電話するのは、
どこか恥ずかしかったが、企業年鑑を見ながら
断られても断られても電話をかけ続けた。
 
「採用担当者? それは私ですよ」
 
二週間が経過したころ、電話で
そう応えてくれる企業を見つけた。
 
「来週なら火曜の午後で。履歴書は
その時に持ってきてくれれば良いから」
 
無職の自分に会ってくれる企業があった。
電話を切った後、信じられない思いで
しばらく呆然とした。
 
面接できることになったのは、当時、札幌市
で洋菓子店を経営する企業だった。
 
その企業のHPには「現在、社員の募集は
行なっておりません」とはっきり書かれていた。
でも、できることならバスケ球団以外でも人を
笑顔にする仕事がしたいと思い、ダメ元で
電話しただけだった。
 
「初めまして。こっちへどうぞ」
訪れた会社で出てきたのは、常務取締役の肩書
が付いた男性だった。
 
「採用はとても大切だからね。私が直接会ってるんだ」
驚く私に、男性はそう答えた。
 
私の履歴書を丁寧に読み、一つ一つ、経歴に質問される。
質問後、緊張して固まっている私に言った。
「将来の人材として検討の可能性があるかもしれない。
ちょっと履歴書預かっていい? 社内で検討するよ」
 
「は、はい」
驚いて、間抜けな返事をしてしまった。
 
でも、何故なんだ? ケーキ作りなど全く繋がらない
経歴なのに? その思いをどうしても聞きたくて
質問した。
 
「なぜ私に会って頂けたのでしょうか?」
「バスケ球団の仕事、必死にやってきたんでしょ?
この仕事のハードさは並み大抵ではないだろうから」
「でも御社のHPには、現在求人はしていないって」
「確かに今、求人はしていない。でも人材は常に
探しているから」
 
企業が求めているかもしれない人材? 自分に
その可能性がある? その日の帰り道中、ずっと
人材、じんざい、ジンザイと頭の中で呟いて
いた。
 
結局、その企業での採用は見送られた。だが
自分が会った常務はその後も2度ほど会ってくれ
社長面接の機会もセッティングしてくれた。
 
思えば就職活動、転職活動とは不思議な
時間だ。自分という人間を語り、その思い
を伝え、それに向き合う人たちから自分に
関する印象を語られる。それは、時に忘れ
がたい言葉と出会う旅でもある。
 
私はその言葉に、落ちた面接で出会った。
その言葉に支えられ、私は無職の時期を
乗り越え、3か月後に次の仕事を見つけた。
 
人材は常に探しているんだよ。
 
なら、どんな状況でも人材と呼ばれる
人間になるよう成長すればいいんだ。
そう思えた。
 
その言葉は、内定以上に当時の私に
あきらめない勇気をくれた。

 
 
***

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2018-05-24 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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