メディアグランプリ

ライティング・ゼミはめんどくさいことばかりなのに


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:近藤頌(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
誰しもそうだと思うのだが、辛かったり、しんどかったり、身動きの取れなかったり、無感覚であったりする日が、1年も2年も3年もと続いていくと、自然と日記に手が伸びるのだと思う。もしくは人からオススメされるか。
 
ぼくが初めて日記を書いたのは小学6年の時。これは宿題だった。
小学6年の春。引越し先の山梨県のとある小学校のその担任の先生は、宿題に週原稿用紙2枚分の日記と毎日の読書を課していた。他に宿題はなし。漢字覚えも計算ドリルもなにもなく、ただ毎週400字詰の原稿用紙を2枚分、つまりは2つの文章を毎週毎週課せられていた。
当時は本当に嫌で嫌でたまらなかったわけで、どうしても書けないときは国語の教科書の書写でも可となっていたので、よく宮沢賢治の『やまなし』は書いていて、そこ登場する「クラムボンはぷかぷかわらったよ」はよくわからないにも関わらず今も頭に残っている。
しかしながら小学校卒業時、ファイリングされた原稿用紙の束を持った時の重みにはなかなかの充足感があり、今でも、大切にとは言い難いが、保管はされている。
 
人の日記を読むのは大変に興味深いことだ。と思うのはぼくだけではないと思う。それはきっと“覗き”の行為そのものだからだろう。
自分は安全圏にいながらにして、それを読むことでその日記の書き手が経験したことを追体験した気になる。
日記に人が期待するのは、その人が本当のところなに思っているのか、どうやって日々をその人は生きていたのか、なにをどう乗り越えていったのか、といった至極個人的な、重々しくも、また生々しくも、どこか切実で、吐き出さずにはいられなかった言葉たちではないだろうか。
 
今回、ライティング・ゼミに参加して、ぼくの念頭にあったのはこの小学校の課題での経験だった。
日記をどこまで突き詰めれば人様に読んでもらえるようになるのか。または読んでよかったと感じられるようになるのか、ということを体当たりでおこなってみたという節がある。
人によっては、自分語り(自分晒しとしてもよいが)を嫌う傾向のある人がいるのは百も承知である。だからこそ尚のこと、そういう人たちでも読んで嫌な気分にならないようにするにはどうすればいいのだろうか、というのはなかなか難しいところであった。し、週に1度2000字の文章を提出するというライティング・ゼミ期間の4ヶ月間を今終えようとしている身であるにも関わらず、その手応えはほとんど無いといっていい。
 
だいたいこういう書き方をしていると、扱う題材の良し悪しに大きく左右されるというのははっきりした。良し悪しというのは言い方を変えると、自分の興味関心の高さ低さともいえる。
興味や関心のある事柄は、当たり前の話だが、スラスラスラスラ書けるものである。
しかし興味関心があまりないのに、あるふりをして書き始めると途端に堅苦しい文章になってしまう。書いているこっちも息苦しい。なによりも楽しくない。
 
だからといって興味関心のあることばかりの世の中ではないのは確かなので、あっという間に書きたいこと、書いておきたいことというのはなくなってしまう。困ったものである。
 
これはなかなか大変な事実を知ってしまったなあ、とちょっと後悔している。
 
つまりは、人様に読んでもらえるようになるには、興味関心を心から持てるようになるまで、見つけた題材についてとことん調べたり知ったりしていく必要があるということなのだ。
インターネットをちょっと検索してバババッと上位のサイトを覗きみて、概要をなんとなく頭に入れただけでは、書く文章に説得力が乗っかって来ないのである。
 
これは本当にめんどくさいことを知ってしまった。
さらにもうひと段階のめんどくさいこと。
 
それは、その興味関心を持ち合わせた上で、自分の気持ちに素直になるということである。
いや、もしかしたらこれは興味関心を心から抱いているがゆえに、嘘がつけないとも言えるかもしれない。
思い入れがあるからこそ、見過ごせないと反応する部分が胸の内に発生し、それこそ言わずにおれない心境に追い込まれるのかもしれない。
 
本当にめんどくさい。
なんで追い込まれなければならないのだと、文句の1つも言いたくなる。
 
しかしこの追い込まれてからが、楽しかったのだった。
追い込まれて、うわーっと書いていると、いつの間にか追いかけられていたはずの気持ちが何かを追いかけているのだから。
鬼ごっこもなんだかんだいって追いかける側が楽しいのである。特に、追いかける相手が手の届く位置にあるときは。
 
この4ヶ月でぼくが知ってしまっためんどくさいことはきっと一生付いて回るだろう。けれど、追いかけ回されてくたびれた時もきっと堂々としていられるだろう。だってそのあと、追いかける楽しさが待っているのだから。

 
 
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2018-06-07 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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