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父親スイッチはどこだ?


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:吉田順一(ライティング・ゼミ日曜コース)

 
 
「子供が出来たからって、自分が変わるわけじゃない。
 父親ってスイッチが自分の中に出来るだけさ」
 
愛娘の写真を部屋中に飾り、穏やかな顔で笑う親友は
どう見ても一人の立派な父親の顔だった。
 
彼女に子供が出来たんだ。
そう言って、学生結婚をした大学時代の親友。
聞かされた時は、何故か涙がこみ上げ、おめでとう! 
と言いつつ、泣きながら酒を酌み交わした。
 
ちょっと早すぎるんじゃないか?
 
学生時代に一緒にバカなおふざけをしていた彼が
急に遠く離れていってしまったような寂しさを
覚えた。
 
「おめでとう! 女の子だよ」
それから10年を経て、自分も子供を授かった。
 
オレも父親になった、のか?
電話で告げられた時は、まるで実感が沸かなかった。
 
翌朝、病院で抱きかかえた娘は、壊れそうな人形の
ように柔らかく、小さかった。
 
大丈夫かな? 落っことしたら大変だ。
可愛いね、と口にしてみたものの、内心はハラハラ
し通し。しみじみ感慨にふける余裕はゼロだった。
逆に妻は、日を追うごとに母親の貫禄が増していく。
 
「さあ、お風呂に入れる練習をしようか」
台所の流し台に立ち、たらいのような小さな
風呂桶にお湯を貯め、娘を入れる。
 
「ほら、気持ちいいって笑っているでしょ?」
そうだね、と妻の話に相槌を打つが、いやあ、
オレには無理だな……とビビって手が出なかった。
 
いつ父親らしくなれるんだろう?
 
おしめを上手く替えられなかったり、ぬる過ぎる
ミルクを作ってしまったり、上手くいかないことが
次々と増える。極めつけは、やっぱりお風呂。
 
び、びえぇぇぇ~~~。
 
シャンプーの最中、うっかり娘の顔にシャワーをかけて、
毎日大泣きされる。風呂場中に反響する赤子の鳴き声で
耳の中でウワァァ~~ンとエコーが響く。
 
そんなに泣くなよ……。わざとじゃないんだから。
 
そう思う自分は、やっぱりまだまだ父親じゃないな……。
風呂上り、一人でよく落ち込んでいた。
 
娘が一才になり、保育園に通う日々が始まった。
毎朝、娘をベビーカーに載せ、地下鉄一駅分ほどの距離を
歩いて向かう。子供と二人で過ごす貴重な時間だったが、
私の頭の中はしょっちゅう仕事のことでいっぱいだった。
 
今日は何時が最初のアポイントだっけ?
出勤したら、あの資料をすぐ作らなきゃ。
あの人には、この話をした方がいいかな?
 
当時、勤務先で一つの事業を任され、人生で初めて自分の
チームを持つことになった。自分がチームや事業を引っ張っていく
んだと思う一方で、やらなきゃいけないと思うことは日々溜まっていく。
 
せめて1時間、もう30分早く出社できればなあ……。
 
忙しいと思う日は、そんな焦りにしょっちゅう駆られた。
娘を保育園のお迎えに行く日は、さらに焦った。やりかけの仕事を
投げ捨てても、急ぎ保育園に駆け付けなければいけない。
 
ああ、もう少し、あと1つだけでも片付けられれば……。
 
ほぼ毎日お迎えにいく妻の手前、決して口には出せなかったが
本当はもう少し仕事をしたい、そんな思いを捨てきれなかった。
 
そんな日々のまま、4年が過ぎた。
会社から告げられたのは、担当事業の閉鎖とチームの解散。
忙しく走り続けた日々が、ほんの一言で終わりを迎えた。
閉鎖のためにそれまでの取引先に頭を下げ続け、
残務処理だけが仕事となった。
 
悩んで、悩んで、時には寝れなくて。
オレの仕事って、いったい何だったんだ……。
何のために、ここまで……。
 
いつも通り、娘を保育園に送る朝。
ここを出て、会社に向かうのさえ辛い。
保育園の廊下で思わず跪き、ため息をつく私の頬を
娘の小さな手が触れた。
 
「パパ、お仕事がんばってね。負けないでね」
 
思わぬ娘の言葉に、ハッと顔を上げた。
瞼の裏が熱くなる。「うん、ありがとう。頑張るね」
さすがに保育園では泣けず、必死に笑いかえした。
 
今も、時折思い出す。
あれは、本当に娘が言った言葉か?
3歳の娘に私が落ち込んでいるのが分かったのか?
いつの間に、そんなに成長していたんだ?
 
『それはね、ものごとはハートで見なくちゃいけない、
 っていうことなんだ。大切なことは、目に見えない
 からね。』
 
寝かしつけに娘に読んだ童話に、その答えが書いてあった。
サン=テグジュペリの『星の王子様』に登場するキツネは
王子にそう教え諭す。王子の星で、王子にワガママを言い続けた
一つのバラの花がいた。それが嫌になって王子は自分の星を出る。
でも、世話を焼かせてくれたおかげで、王子にとって、そのバラ
は特別な存在になっていた。
 
きっと、あの頃の自分には大切な何かが見えていなかった。
ともに暮らす娘の成長すら目に入っていなかったのだ。
 
「来年から小学生だから、お父さんとお風呂に入るのは
 今年が最後だね」
 
今年6才になった娘は、最近そんなことを言い出すようになった。
そのたびに、急に寂しい気持ちにさせられてしまう。
知らないうちに、自分の中にも父親スイッチが出来上がっていた。

 
 
***

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2018-06-08 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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