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メディアグランプリ

無価値な自分をミシンが縫い直してくれた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:チミモン(ライティング・ゼミ朝コース)
 
「あなたは縫ってるよりもほどいてる時間のほうが長いのね」
学生の頃、家庭科の先生に言われた一言である。
私が一番嫌いだった科目は家庭科、なかでもミシンの授業は大嫌いだった。
 
私が通っていた学校の家庭科のカリキュラムは、前半がミシンで後半が調理実習。ミシンの授業は週に1度の2時間通しで、約3ヶ月で一つの作品を作り上げる。授業の冒頭15分で今日の課題が説明され、あとは黙々と進めるのである。
 
説明は理解できても、それを実践するのはとても難しい。私はありとあらゆる間違いをした。先生が「こうなったらダメだよ」という間違いはほぼ100%やった自信がある。そもそもミシンという機械は扱いが難しすぎるのだ。まず糸調子が全然整わない。上糸がひきつれる、下糸が絡まる。糸調子を整えるために何度も試し縫いをしなければならない。やっと整って作品に取りかかっても困難の連続だ。縫う速度を一定に保てない。生地の端を縫おうとすると生地から針が落ちる。曲線を縫おうとしても思ったように曲がってくれない。生地の厚いところで針が折れる。そして気がつくと下糸がまた絡まっている。せっかく時間をかけて縫ったのに結局ほどくことになるのだ。そういえば制服のスカーフを縫い込んでしまったこともあった。
授業のたびにこういうミスを繰り返すので、冒頭のセリフを頂戴することとなったのである。
恐ろしいことに作品は授業終わりに必ず回収され、鍵付きのロッカーに格納されてしまう。家に持ち帰ってこっそり母親に助けてもらうことができないので、とにかく自力で作らなければならない。そうしてできあがった作品はすっかりくたびれており、とても使う気になれる代物ではなかった。
6年間に及ぶ「ミシン失敗経験」により、「手作りはいいことがない」とう結論に行き着いた。生地だって決して安くはない。既成品を買ったほうが絶対に得だと確信した。
 
高校卒業を機にミシンから解放された私は、二度とミシンを使うことはないだろうと思っていた。
 
それから約10年後、私は初めての出産に向けて産休に入っていた。それまで仕事ばかりしていた私は、急にできてしまった時間を持て余した。毎日家事は朝8:30に終わってしまう。それから夕飯を作るまでの時間、散歩を兼ねた買い物しかすることがない。自分がどうしようもなく無価値に思えた。今まで「生産」側にいたのに完全に「消費」側に回ってしまった。もしこれで仕事に戻れなかったらずっと「消費」だけし続けて生きていくのだろうか。社会に不要な人間になってしまうのではないかという不安に押しつぶされそうだった。
「生産」できないなら少しでも「消費」を抑えるしかないと考えた私は、記録的な猛暑のなかエアコンを切ったり昼ごはんをできる限り安く済ませたりしていた。それでも今まで「生産」することに生きがいを感じていた人間が納得できる訳がない。何か「生産」できるもの・ことはないかと考えた。
 
そして、思い立ったのが「赤ちゃんグッズを作る」であった。既成品の赤ちゃんグッズも国産かつオーガニック素材のものは高価だ。自分で作ればこれを「生産」したことになる。そう考えた。
もちろんミシンのトラウマは消えていないので、手縫いで作れるものを探した。そして布製のガラガラを作ることにした。生地と付属品がセットになったキットを購入したのでムダもない。説明書に書いてあった目安時間の3倍ほどの時間をかけ、どこかいびつなガラガラができあがった。形こそ歪んではいるが、ガラガラとしては使えそうである。
「生産」できた。ちょっと気を良くした私は、次にスタイ(よだれかけ)を作ってみることにした。ネットで見つけた、2枚の布を縫い合わせてマジックテープをつけるだけの簡単レシピである。最小限かつ最安の布を買って作ってみた。初めの1枚はミスを連発してヨレヨレのスタイができた。2枚目は前の反省を生かしたため糸をほどくことはなかった。3枚目はだいぶきれいにできた。こうなると量産してみたくなる。とうとうミシンを使ってみようという気になったのである。
 
そして実家から古いミシンをもらい受けた。10年ぶりの再会である。あれだけ失敗していたにも関わらず使い方は覚えていてセッティングはできた。だがいざ縫い始めるとやはり手縫いのようにはいかない。速度が保てずガタガタになるし、最後の返し縫いでは下糸が絡まる。あの時のままだ。でも今回は「これを作ろう」という目的がはっきりしているし、いくらでも時間がある。先生からの嫌味もない。ゆっくり糸をほどいてやり直せばよいのだ。そう開き直って何枚も作っていたら短時間で上手に作れるようになった。
そうして少しずつ難しいものに挑戦した。同じ型紙で繰り返し作ると必ず上達した。徐々に作りたいものをミシンで作れるようになった。
 
結局私は仕事に復活できなかった。「前例がない」と退職を勧められ、それに従ったのだ。だが産休に入ったときのような虚無感はなかった。子育てに忙しかったことが一番の理由だが、あれだけ苦手だったミシンを克服したことで自信を持てたからだ。やろうと思えばなんでもできるのだ、と。
 
ミシンは私にとってジャイアンだ。意地悪で嫌なことばかりやらされる、できれば関わりたくない存在だったが、本当に困った時に助けに来てくれた。へこたれそうな自分を守ってくれた。
 
その後無事に転職することができ、ずっと働く母を続けられている。この年になっても仕事で初めてのことに挑戦すると必ず失敗する。でも繰り返すと少しずつ上達する。ミシンと一緒だ。
機会は減ったものの今でも子供の学用品や洋服をミシンで作ることがある。急に下糸が絡まると、「やっぱりジャイアン、意地悪だな」とクスッとしてしまう。
 
 
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2018-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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