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裏切り者の思いは誰も知らない、否、唯一知る者がいた


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:ジル鹿島(ライティング・ゼミ朝コース)
 
※この記事はフィクションです。
 
関ケ原は霧が晴れ、合戦の模様は高台からは一目瞭然であった。
松尾山上に陣を敷く小早川秀秋は自軍に語った。
「東軍を討つ。我は本体の半分を率い徳川本陣に向かう。残りは大谷殿の加勢に馳せ参じよ。全軍突撃せよ」 
衝動に突き動かされ小早川隊は、一斉に松尾山を駆け下りた。
開戦以来、一進一退の攻防はたちまち西軍の有利と変わり東軍は総崩れとなった。小早川隊は猛将揃いの本多隊の抵抗に合うも、数にものを言わせ側面を蹴散らし敵本陣に向かった。硝煙の中、そこに着いた時は、徳川家康は既に中山道から撤退を終えていた。
 
 
数日後、大阪城は西軍の大勝利に沸いていた。西軍諸将は豊臣秀頼公への謁見の場にあった。「秀秋殿、先の勝利はそなたの功労が大きいと聞いている。次も頼りにしておるぞ」秀頼公の横にいる淀君が嬉しそうに語ったが、横に座している石田三成は黙していた。
 
 
その後まもなく恩賞が発表されたが、小早川家への加録はわずかなものであった。聞くところによると三成の意向だという。もともと秀秋は豊臣家にゆかりが深いとはいえ、家康にも個人的な恩義が多く西軍への加勢を最後まで躊躇していた。三成は、参戦をためらっていた秀秋を信頼していなかった。むしろ参戦の遅れを咎める話までしていたそうだが、それを改めるよう具申したのは大谷吉継であった。確かに大谷隊の受け持ったのは、東軍精鋭部隊で、小早川隊の参戦がなければ持ちこたえられなかったであろう。吉継はそれを恩に感じていた。
 
 
後日、大阪城で秀秋は吉継に出くわした。
「このたびの恩賞については、大谷殿が石田殿にいろいろご意見していただいたと聞き及んでおります。感謝の念に堪えません」と持ち出した。
「いやいや、小早川殿の加勢がなければ、我が隊は持ちこたえられなかったでありましょう。こちらこそ感謝しておりまする」
大谷吉継は正義の人であった。秀秋は話すうち、その人柄に魅了された。吉継も若く才気にあふれた秀秋に好感を覚えた。二人はすぐに意気投合した。
「秀秋殿。この戦は長引く。頼りにしております。これからも共に戦いましょうぞ」
「吉継殿にそう言っていただき感極まります」
 
 
吉継の予言は当たった。家康の消息はしれないものの、徳川秀忠率いる徳川本体は、関ケ原に間に合わなかったとはいえ、ほぼ無傷で東国に折り返し座していた。九州北部は未だ黒田が抑えているため西軍の名目上の大将の毛利はうかつには動けない。西軍の主力は三成周辺の諸将に限られて、尾張を境に東軍と小競り合いを続けることになった。
 
 
数年の小康状態が過ぎた。豊臣政権の内部調整を担っていた吉継の持病が悪化し病床から動けなくなった。秀秋は吉継を見舞った。
「秀秋殿。わしは最後まで三成に戦を思いとどまるよう説得したのだ。三成は清廉潔白の良き男だが、家康殿のような人望がない。今後、世はさらに乱れるであろう」
「何を弱気な。吉継殿の支えがなければ我らは困りまする」
「あとは頼む……」
 
 
大谷吉継を失った石田三成主導の豊臣政権に内部崩壊が起きつつあった。東軍もリーダー不在のせいか決定力を欠き全土に群雄割拠がおき、各地で小規模な戦が繰り返されていた。世は戦乱で荒れ、田畑は荒れ各地で一揆が多発した。
(これでは戦国時代のほうが、まだましであったろうに……。神仏や民草に申し訳がたたん)
秀秋は嘆いた。
(もしあの時、家康殿に加勢しておれば、このような事態にはならなかったかもしれん……)
 
 
その晩、床についた時、気配がした。
「何者だ?」
そこには美しい女が立っていた。この世のものとは思えぬ美しさであった。
「本日、お供をさせていただく刻(トキ)と申します」
「呼んだ覚えはない」
「いえ、あなた様が私を呼んだのです。私は望まれればどこにでもいるのです」
 
一瞬、恐れを感じたものの、その発する声の音に魅了された。
「もしや、そちは怪異か、あやかしの類か?」
「あなた様は時を戻したいとお考えですね。私と契れば、一度だけ時を巻き戻してさし上げましょう」
「そちはわしの望みを知っておるというのか?」
「私があなた様の望むところへ連れて行って差し上げます。あなたが間違ったと思うことを正しなさい」
 
普段から考えていることを読まれているような気になった。女は言った。
「そちは本当に、わしの望みを知っておるというのか?」
「もちろんですとも。但し条件がございます。貴方様の評判をひどく、末代まで貶めさせていただきます。日ノ本有史以来の裏切り者とさせて頂きます。あなた様にはその国士無双の才気にあふれています。我ら怪異は、その貶められた魂のうめきを欲するのです」
 
「わしはどうなるのだ」
「あなたが正しいと思う道を歩みなさい。あなたの正しさは誰も知る由もありません。知っているのは私だけ。それでもあなた様の心の欲するままに」
その耐え難い妖艶に身をまかせると、たちまち睡魔に襲われて眠りに落ちた。
 
 
 
(長い眠りにおちていたような気がする)
気が付くと、秀秋は霧がかかった丘の上にたっていた。
右手より鉄砲の音が鳴り響く。
「申し上げます。徳川殿が参戦を促しております」
(そうか……。我が心の欲した場所は、やはりここなのか……)
関ケ原の霧が晴れた。見覚えのある景色が広がる。
「皆の者よく聞け。我らこれより西軍を討つ。全軍、目の前の大谷勢に向けて突撃せよ」
小早川軍は一斉に松尾山を駆け下った。
涙があふれてきた。
(民草が迷わぬ世をつくるにはこれしかないのだ。大谷殿。すまない……)
西軍は総崩れとなった。
(これでいいのだ。これで)
秀秋は敗走する西軍を見て気が卒倒し倒れ込んだ。
 
 
 
気がつくと病院のベッドの上だった。
「あれ?」
「きがついた? 無理しんちゃんなよ。試合中デッドボールを受けてケガしたけぇー頭がにがるんよ」
もう何年も眠っていたような気がする。見覚えのある顔が目の前にある。
「夢を見ていた」
「何々? どがいな夢」
「お前はいったいだれだっけ? 会ったことはあるけど名前が思い出せん」
「あれ。やっぱりまだ動かんほうがええよ。マネージャーの私がわからんの?」
 
病院で頭部の精密検査をうけた後、徐々に記憶を取り戻した。俺は広島西城高野球部の小早川秀樹。野球の試合で頭にデッドボールを受けて入院していた。県予選決勝後半、スコアは同点。2アウト満塁で打席に立っていた。いつもチャンスに弱く、いつも期待を裏切るので「裏切り者」と影で呼ばれていた。
たぶん苗字も影響していたんだと思う。そんな自分を払拭したいといつも心から願っていた。死ぬほど練習に打ち込んだ。
 
後で聞いたところによると、自分へのデッドボールでチームは勝ち越し、結局それが決勝点で甲子園初出場の切符を手にした。俺個人的にはカッコ悪いがチームは勝利し期待を裏切らずにすんだ。
 
唯一、記憶と現実が異なることがあった。
(野球部にマネージャーなんかおらんかったような……)
 
翌日、チームメイトや関係者が大勢見舞いにきた。みんなが帰った後を見計らったようにマネージャーが見舞いにやって来た。
(そうだ。思い出した。あの夢のなかの、あやかしかによう似とる)
「また、来ちゃった……」
彼女は顔を近づけてきて屈託のない表情で笑った。
 
 
***

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2018-06-14 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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