メディアグランプリ

相棒は、白い靴


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:甲斐菜々子(チーム天狼院)
 
 
初めて地元を離れる春、母と新生活のための買い物をしていた時だった。
ディスプレイされている真っ白な靴が目に飛び込んできた。
ニューバランスの、真っ白な靴。
我慢しきれず試し履きをして、鏡の前でくるりと回る。
素敵だった。白くて眩しかった。
欲しい、と思ったけど
新生活でたくさん買い物をしてしまったから流石に買えないな、と諦めかけた私に
 
「新生活なんやから! 新しい気持ちで、新しいものを履きよ」
 
と母は買ってくれた。
お母さんも買っちゃおうかな、とちゃっかりと選び始めた母の笑顔がとても可愛かったことを覚えている。
ちなみに、その靴を新しく下ろした日に、母が土足で踏んづけてケンカしたことも覚えている。
それだけ、真っ白な靴が私はお気に入りだったことも。
 
大学生になってからは、気がつけばその靴を履いていた気がする。
青のワンポイントが入った白い靴は私の服装によく合ったし、軽い素材は私の気持ちも軽くしてくれた。
いろんなことを経験するぞ、という意気込みを後押ししてくれるようなその靴がお気に入りだった。キラキラしていた一年前が、なんだか懐かしくて、我ながら幸せな考え方をしてたな、とも思う。
 
そして、大学2年の春。
わたしは常にスケジュール帳とにらめっこする日々を過ごしていた。
忙しい実習の中で、周りの人との関係づくりのために多くの場所を訪れなければならない。バイトもしないと暮らしていけない。ほぼ休みなんてなかった。ヒールなんて履いてられないから、実用性抜群のスニーカーを履いて、本当に走り回っていた。大学生活が人生の夏休みなんて嘘だ。そんなこと言っていた高校時代の先生を少し恨めしく思う。洗濯も自炊も、家の片付けも回らなくて一人暮らしを放棄し始めたわたしは、心底疲れていた。
もはや、人と会うことも話すことも嫌になった。スケジュール帳が、ぎっしりと文字で埋まる毎日がわたしの日常だった。
 
疲れがたまってバイトでもミスが多発した。ついに怒られてしまった日、帰りの電車の中で何もかも嫌になって、
はぁ、と深いため息をつくと目線が下がった。
そして、ふと気づいた。
この靴こんなに汚れてたっけ?
そういえばこの靴結構履いているけど、洗ったことないんじゃ……?
 
そうだ。やっぱり洗えていない。
そう気づいて、生活の回らなさにいよいよ情けなくなる。
 
私が実家にいるとき、靴を洗うということはとても日常的だった。というか、母が厳しかった。
 
「素敵な靴は素敵なところに連れてってくれるんよ」
 
と母はよく言っていた。
何かのことわざなのか、誰かの名言なのかよく知らないけど、わたしの記憶の中では母のセリフだった。
母は新しい靴を買うときも言うのだけれど、わたしが靴を洗うのを怠けたりすると、ブツブツとこのセリフをつぶやきながら洗ってくれていた。
 
 
洗おう、と思った。この汚れた靴を洗えば、気分転換にもなるんじゃないかとも思った。
 
綺麗になるかわからないけど今すぐ洗おう。急いで電車を降りて、靴屋に向かう。
自分にとってはすこし高級なスニーカーは、手入れするにはなにが必要なのか全くわからなくて、靴屋の店員に聞くと、消しゴムみたいなものを渡された。
丸洗いできないんですか? ときくと、こういうスニーカーは洗剤で洗うと縮んだりしてよくないんですよ、と言われた。この消しゴムだと、全部は綺麗にできないかもしれないけど、とも。
 
だけど、わたしは思いっきりごしごしとブラシで洗って、ベランダで干して、ピカピカにしたかった。実家で洗っていたあの靴たちみたいに生まれ変わらせたいのだ。
やっぱりいいです、と渡してくれた消しゴムを返して、わたしはドラッグストアに行き、靴専用の洗剤と、大きなブラシを買った。
 
明日の朝、絶対にこの靴を生まれ変わらせるのだと決意して目覚ましをセットする。
 
次の日の朝、目がさめると本当にいい天気で嬉しくなった。
さて。覚悟しろよ、真っ白にしてやるんだから。
おもいきり洗剤を垂らして、大きなブラシでごっしごしと洗う。砂や、汚れが目に見えて落ちていく様子が気持ちよかった。こんな感覚は久しぶりだった。白くなれ、もっと白くなるはずだと夢中で洗った。指の関節が痛くなるほど真剣にこすっていた手を止めて黒い泡を流したとき、心の疲れも黒い気持ちも、全部流れていくようだった。鼻歌を歌いながら泡を流しきり、水をよく切る。
洗い場からベランダに靴を運ぶまでに水が垂れて、よく怒られていたことを思い出しながら、ひとりでちょっと笑ってしまった。
ドアを開けると気持ちいい風が吹いていて、公園から子供の笑い声が響く穏やかな光の中に、そっと、靴を置く。一人暮らしの狭いベランダでは、さほど太陽には当たらないけれど、それでも光に当たってキラキラした。
 
しばらく、風に吹かれる靴をぼうっと眺めているうちに、お母さん元気かなと急に思った。
最近忙しさに怠けて、しばらく母と連絡を取っていなかった。でもいざ連絡を取ろうとしたら何を送っていいかわからなくて、洗いたての靴の写真を送った。
 
ひさしぶりに洗ったらぴかぴかになったよ。
 
その一文を添えて、1年前、母と一緒に買った靴の写真を送った。あの頃に限りなく近づいた、白くてピカピカな靴。すぐ既読がついて、
 
よかったね。心機一転!
 
最後にはニコちゃんマーク付き。母の笑顔がそこに見えるようだった。
 
そうだね。心機一転。がんばれわたし。
何をへこんでいるんだ!
 
今日も午後から予定はいっぱいだけど。
真っ白な靴を履く自分を想像すると、まだまだ走れそうな気がした。
 
***

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2018-07-01 | Posted in メディアグランプリ

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