メディアグランプリ

転職というジェットコースター


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:千歳頼子(ライティング・ゼミ平日コース)

 
 
「正社員登用は今回、見送りとさせていただきます」
3ヶ月の契約期間終了直前に行われた、人事部長・営業部長・営業顧問との4者面談。
人事部長からの言葉が空気を切り裂くように投げつけられた。
「え? それは正社員にはなれないということですか?」
部屋に入ったときから、どこか重苦しい空気を感じていた。でも信じて疑わなかった。自分の未来を。
「はい、残念ですが。千歳さんには、三重県から神奈川県に転職のために引っ越して来ていただいたのですが、今回は双方にとってのミスマッチという見解になりました」
そうだ。私は転職のために、工作機械メーカーの設計事務として10年間働いた会社を辞め、そして住み慣れた土地、家族、友人と離れる決意をしたのだ。
「確かに私はいろいろご迷惑をおかけしていますが、営業職も営業事務も初めてですし、トライアンドエラーは歓迎していただけるとおっしゃっていたではないですか。双方のミスマッチって言うことですか。私はできるならこれからも御社で頑張りたいと思っていました」
「無理して続けて1年後に辞めるよりも、3ヶ月という契約期間で終了したほうが千歳さんのこれからのためにもなると思います」
1年で辞めると思われているのか。
「……契約期間でこのように辞めるケースは、他にもあるのですか」
惨めだった。初めての転職。正社員として採用され、最初の3ヶ月の契約期間なんて名ばかりのものだと思っていた。
「はい、ちょうど千歳さんが入社される前にも3ヶ月で辞められた女性がいます」
衝撃だった。それはあの女性のことではないのか。私が最終的にこのオファーを受けるのに背中を押してくれた理由。それは私と同じように営業未経験から営業になった女性がいると、前例がある、といってくれたその人のことではないのか。ポジションとしては営業職での採用。ただ営業の経験が全くない私に、最初から営業は難しいだろうということであてがわれた営業事務。ここで段階を経て営業に育っていってほしいと言われた。とんだ茶番だ。育つもなにも、芽さえ出ないうちに育てることを諦めているではないか。
「3ヶ月の終了まであと数日ありますが、ご自身のメンタルケアや三重県に戻られるならその準備もありますし、残りの日数は出社して頂いても頂かなくてもどちらでもいいです」
まだ頭が上手く働かない。10年間働いた会社を辞め、夢と希望を胸に飛び出したのは3ヶ月前。たった3ヶ月で帰れというのか。震えそうになる声と、ぼやけ始めた視界にぐっと耐えた。耐えることが今の自分にできる唯一のことだった。
入社当初、「何かあったらいつでも相談してください」といってくれた人事部長の笑顔は面影もない。人の良い営業部長の視線は、下をむいたまま動かない。私を買ってくれていた営業顧問の申し訳無さそうな顔。まるでドラマの役者になった気分だ。夢なら覚めてほしい。双方のミスマッチという言葉を受け入れ、面談は静かに終わった。
 
2017年のクリスマスに引っ越した。年末になると配送会社が忙しくなる。しかしギリギリまで実家にいようと決めた結果、クリスマスになってしまったのだ。まだカーペットの敷かれていないフローリングは、歩くたびに足元から体温を奪った。ベッドが予定日に届かなくて、慌てて布団を買うことになった。引っ越してから、改めて友人、実家の温かさを思い知った。引っ越し、転職、環境、いろんな変化がストレスとなって一気に押し寄せてきた。でも転職を決めたのは自分。もっと成長したいと願って踏み出した一歩だった。誰にも頼ることは出来ない。弱音も吐けない。一生懸命頑張った結果がこれだった。
 
私が転職した年の数年前から、社内では転職者が続出していた。優秀な彼らはどこにいってもやっていけるだけの実力があった。しかし10年事務職をしていたからと言って、それが大したスキルにはならないことを私は理解していなかった。ただ、これから新しいことに挑戦したいという気持ちだけだった。事務職に飽きていた。もっと大きなことにチャレンジしたかった。私は乗りたかったのだ。ジェットコースターに。安室奈美恵のChase the Chanceの歌のように。スリルを味わって、ワクワクする環境に飛び込んで、アップダウンのある人生を経験したかった。もっと生きているということを実感したかった。その結果、私は落ちた。
 
会社の情けを受け取り、私は3ヶ月満了を待たずに終了とさせていただき、転職活動を始めた。ぜったいにこのまま地元に戻りたくなかった。5社のキャリアコンサルタントに相談し、200社以上エントリーした。多い日には1日に3社の面接を受けながら、合計30社以上の面接を受けた。転職活動を始めてから3ヶ月後には、ようやく3社から内定をもらえた。足の裏にはマメができていた。死にものぐるいだった。失業保険はもらえたが、社会人になって初めての無職という肩書に怯えた。将来に怯えた。働いていないということがこんなに不安になるなんて思いもしなかった。
 
しかし最初は緊張で震えて苦手だった面接も、途中からは楽しむ余裕が出てきた。まるで会社訪問のように感じた。世の中にはこんな企業もあるのかと。平日のカフェは意外と昼間でもサラリーマンが多い。彼らはカフェで仕事をしているのか、自分ももっと自由な働き方ができればと思う。夢が広がった。決められた枠を出て初めて、新しい世界を知ることが出来た。良い大学を出て、良い会社に勤めて、定年まで働き続ける。いまだ日本は学歴社会だが、そういったステレオタイプは崩壊しつつある。もっと自由に、人生を楽しみたい。いくつになっても遅すぎるなんてことはない。
箱の中に自分を閉じ込めて、越えられない壁にぶつかり続けてきた。ないものを欲しがり、自分を劣等感でいっぱいにしてきた。でも箱に閉じ込めているのも自分なら、壁にぶつかることを選択しているのも自分。目の前のコーヒーを飲みきり、カフェを出た。初夏の日差しに目を細め、空を仰いだ。足の裏にはマメを感じる。さぁ、今日も前に進もうじゃないか。

 
 
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2018-07-11 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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