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プロフェッショナル・ゼミ

最終電車が乗せているものは……《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:松下広美(プロフェッショナル・ゼミ)
 
あ、そろそろ最終だから!
 
そう言って、店を飛び出した。
土曜の夜、新人さんの歓迎会だった。普段は車で通勤しているけれど、お酒を飲みたいので、普段は使わない電車を使った。
会計も早めに済ませて、あとは電車に乗るだけ。結構ギリギリの時間だったけれど、駅前のお店だったのもあって、走るまでもなさそうだ。
課長も同じ沿線なので一緒にお店を出た。
「お、一本早いのに乗れそうだ」
ホームに着くと、電車が到着していた。
「私は次の急行に乗ります。お疲れ様でした!」
「お疲れさまー」
課長は最終よりもひとつ早い普通電車に乗っていった。私は最終の急行に乗っていった方が早く家に着くので、最終を待った。
 
「さっき、ここで騒いでたやつがいたんだよ」
ホームで最終電車を待っていると、ちょっと酔ったおじいちゃんがいた。そのおじいちゃんが急に話しかけてきた。
「そうなんですか」
と応えると、
「俺はね、最終に乗るときは座らないんだよ」
と、話し出した。私も暇だったので「へー」と返事を返すと
「座っちゃうと、寝ちゃうでしょ」
ふふっと笑って、「そうですね」と答える。
しばらく、おじいちゃんと話していると、階段をガヤガヤと話しながら上がってくる団体がいた。最終電車を目指して来る人は、案外多いみたいだ。
電車が到着すると、話していたおじいちゃんは別れを告げることもなく、さっきまで話していたことすら忘れてしまったかのように電車に乗りこんでいった。
私も最終電車に乗りこむと、異国の若いおにいさんと、日本のおねえさんふたりが楽しそうに話をしていた。
みんな楽しく飲んでいたんだろうなと思わせる週末の最終電車。
そんな最終電車は、いろんな人を乗せて走る。
ウトウトしている人。
楽しそうに話す人。
そして、ほとんどの人は携帯に夢中になっている。
 
うわっ!
ふたり分くらい空けて隣にいた男性が上半身を倒して寝始めた。かろうじて頭いっこ分くらい空いているからいいものの……。気にはなりつつも、まぁ、最終電車だし酔っ払ってる人もいるよね、と、そのまま電車に揺られていた。
しばらくすると、その男性は急に立ち上がる。
立ち上がったかと思ったら、向かい側のシートに、寝そべった。
いやーベッドじゃないし。
男性が横になったシートの端っこに、お兄さんが座っていた。そのお兄さんと目が合い、思わず苦笑する。お兄さんは、顔をしかめて、いかにも迷惑そうな表情をする。うんうん、そうだよね。目線だけで、無言のやりとり。同情しつつも、向かい側にいってくれて、ちょっとホッとしていた。
それからは、横になった男性から、目が離せなかった。完全に寝てしまったわけではなく、ずっとゴソゴソ動いている。あー、もしかして気持ち悪いのかな……。目を合わせないように注意しながら観察していると、どうもそんな感じだった。
次の瞬間、床に寝そべりはじめた。
おいおい、それはいかんだろ。家じゃないんだし。と、心の中で突っ込みながらも、直接言えるわけはない。
それにしても、そんな人は見たことないな、と内心ちょっと面白い。
落ち着いたかなーと思うと、またシートの上に横になる。ずっと、ゴソゴソ動いている。
次の駅に着いても、その男性は降りる気配はない。
乗りこんできた人も、チラッと見るものの、「大丈夫ですか」と話しかける人もいない。
 
「んだよっ!」
おっ! 立ち上がった。
誰かに殴りかかるのか……心配しながら見守ると、ドアの方へ向かう。
あ、降りるのか。でも、まだ駅に着く気配はない。
ガンッ!
今度はドアを蹴りはじめたよー。
立つのがやっとな感じの男性は、ドアを蹴ってはフラついている。
向かい側のお兄さんと目が合い、おもわず苦笑い。
 
これ、いつまで続くんだろうなーと思っていると、次の駅で酔っ払い男性は降りていった。
「発車します」
ドアが閉まり、アナウンスが聞こえる。
 
「あいつ、マジ動画撮ってやろうかと思ったよ」
さっきまで目配せで会話をしていたお兄さんが、口を開く。
私は、ふふっ、と笑って返事の代わりにする。
さっきまでピリピリして張り詰めていた車内が、ちょっとほぐれる。
 
次の瞬間。
走り出したかと思った電車が止まる。
え? そんな次の駅がすぐじゃないよね?
 
「ただいま、トラブルが発生しました。お急ぎのお客様には申し訳ありませんが、しばらくお待ちください」
 
あれ? 緊急停止?
ちょっとほぐれてゆったりしたと思った車内が、ザワザワし始める。
 
車内のアナウンスを聞いていても、何が起こったのかはよくわからない。
アナウンスをしている人の声からも、なんだか焦った様子が伺える。
 
「さっきの酔っ払いじゃねぇの?」
向かいのお兄さんが、再び口を開く。
「降りて、階段の方に向かったのは確認したんだけどなー」
私も、確認した。
ホームの、階段を降りようとしている瞬間が見えた。でも、こっちを見ていたのが、ちょっと気になっていた。
まさか。
そう思うが、さっきの酔っ払いの男性が関係していると考える方がしっくりくる。
「マジかー。帰れねーじゃんか」
お兄さんの話を聞くと、次の名古屋駅で乗り換えて、家に帰るつもりだったらしい。乗車した駅では最終の電車だったけれど、名古屋駅ではまだ他の電車に乗り継ぎができる時間だった。
いや、それにしても、なんで止まったんだろう?
とにかく、待つしかないので車内の様子を見ながら、待っていた。
サイレンの音が聞こえ、外を見ると、救急車がきた。
あ、誰か、怪我でもしたのかな?
次に、消防車。そして、パトカー。
 
「事故みたいだわ」
いつの間にか席を立って何処かへ行っていたお兄さんが、車掌さんに聞いたらしく、教えてくれた。
 
お兄さんの話によると、さっきの酔っ払いが、何かをして電車と接触した。
その事故の実況見分があるから、1時間くらいは電車が動かないらしい。
後ろの車両がホームに着いてるから、降りたい人は降りられるし、トイレにも行ける。
 
お兄さんの情報収集能力に、脱帽した。
車掌さんや運転手さんがバタバタ車内を走り回っている状況で、私だったら聞けないと思う。ただボーッと待って、自分の身のことしか考えられない。お兄さんは、自分が情報を得ただけではなくて、みんなに伝えている。私が感心している間にも、他の人に情報を伝え歩いている。
 
そうか、みんな大変だよな。
私は、今乗っている電車に乗っていれば最寄りの駅に着くから、あまり深くは考えていなかった。でも、乗り継ぎがあると考えると、帰れない人が大勢いるんだ。1時間も止まっていたら、帰る手段なんて、なくなってしまう。
 
「どちらまで、なんですか?」
隣の人に、尋ねてみた。
「高畑までなんですよ。地下鉄乗り継いで……でも、もう無理ですかね」
「大変ですね」
 
隣の人に、ちょっと、声をかけることくらいしか、できない。
電車を動かすことなんかできないし、エンターティナーのように何か面白いことをして乗客を和ませることができるわけでもない。
それでも何もせずに、ずっと電車に閉じ込められているよりは、いい気がした。
だから、逆の隣の人にも「どちらまでなんですか?」と、聞いてみた。
 
 
最終電車は、いろいろ乗せていく。
 
迷惑な乗客。
電車の接触事故。
世話焼きなおにいさん。
スマホから目を離さない、傍観者。
事故に気づかず、寝ている人。
 
私は、どこに属するのだろう。
どんな役割なんだろう。
 
 
「ご迷惑をおかけしました。まもなく電車が発車いたします」
 
1時間くらいしたら、電車が動いた。
次の駅に着くと、情報収集をしたお兄さんと、隣の声をかけたお兄さんが降りていった。
 
「お疲れさまでした。お気をつけて」
お互い、声をかけて、笑顔になる。
 
 
最寄りの駅について、駅から外に出る。
あはは、と笑いが止まらない。
 
深夜の1時過ぎなのを思い出し、笑いをぐっとこらえる。
代わりに持っていた傘を振り回し、ニヤニヤしながら家までの道を歩く。
 
ちょっとした事件を、面白がっている自分がいた。
 
 
「電車、なんで止まってたの?」
家に帰ると、私が1時間くらい前にFacebookに『電車、止まった』と投稿したのを、確認したばかりの母から心配そうに聞かれる。
「あのね……」
 
最終電車の、ちょっとした事件を話しながら、平和だな、としみじみ思う。
 
***

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