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プロフェッショナル・ゼミ

かつて「次に売れる」と期待された男の20年後《プロフェッショナル・ゼミ》


*この記事は、「ライティング・ゼミ プロフェッショナル」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:牧 美帆(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
「19時半から? ええよ。仕事17時までやし。終わったら一緒に行こう」
 
 私の予想に反し、ヒロコはあっさりとOKした。
 
「え、ほんまに? 一応、Twitterを見る限り、バンド時代の曲中心で行くみたいやけど、知らん曲とかも演奏すると思うで」
「ええよええよ。いい曲もいっぱいあったもん。牧ちゃん昔CD貸してくれたよね」
 
 ヒロコは高校時代の同級生。
 久しぶりにカフェで会っておしゃべりしていると、自然と話は高校時代の思い出に。
 その流れで、高校時代に好きだったバンドのヴォーカルが、1ヶ月後に京都でライブをする。しかもバンド時代の曲を中心にするとTwitterで告知していたことをふっと思い出した。そこで、
「今はもう、一人で行くのは抵抗があるけど、ヒロコが一緒に行ってくれるなら行きたいなー」
 と軽い気持ちで言ってみたのだった。
 
 CD売上が100万枚を超えることも珍しくなかった1990年代後半。
 当時高校生だった私は、あるバンドに夢中だった。
 そのバンドは、ヴォーカル、ギター、ベース、ドラムという定番の編成。
 一人で地元大阪のライブにせっせと足を運び、アルバイト代をはたいてグッズを買い漁った。
 とにかく、めちゃくちゃ好きだった。
 
「懐かしいわぁ。牧ちゃん、あのバンドめっちゃ好きやったよね。でも売れへんかったんよねぇ。ビジュアルも微妙やったし」
「う、まあ、そうかも……」
「ビジュアルがよかったら、もうちょっと売れたかもね」
 
 容赦なく言い放つヒロコ。
 しかしそのとおりだった。
 
 何枚めかのシングルがお菓子のCMに起用され、注目を浴びた。
 深夜の音楽番組や音楽雑誌で組まれる「次に売れるアーティスト」特集では、こぞって取り上げられ、次の曲で大ヒットするのではと期待した人も多かった。
 
 しかし、満を持して出した次のシングルは、思うように売れなかった。
 初回20万枚限定と銘打ったポストカード入りのシングルは、ずっとCD屋で売れ残っていた。
 そして、そのまま勢いを盛り返すことはなく、数年後に解散した。
 
「まきちゃんはさ、解散してからずっと、その人のライブには行ってなかったん?」
 
「2回だけ行ったよ。でももう10年以上前の話やで」
 
 1回目は、解散の翌年。
 彼は解散後にソロデビューを果たす。
 今みたいに、名前の横にカッコ書きでバンド名を添えたりしなかった。
 バンド時代とは異なるミュージシャンのサポートを受けながら、彼は歌っていた。
 きっと演奏したら盛り上がるであろう、バンド時代の曲は、1曲もやらなかった。
 まだまだ俺はいける、そんな輝きに満ちたライブだったように思う。
 
 2回目は、その2年後。
 バンドメンバーの一人が、30そこそこの若さで他界したのだ。
 数カ月後、メンバーの追悼ライブがあった。
 ファンも沢山泣いていたし、彼も泣きながら歌っていた。
 
 そのライブ以降、私は彼を積極的に追いかけることをしなくなった。
 
 はっきりとわかった。
 私は「バンドの中で歌う彼」が好きだったのだ。「グループにいるときは応援するのに、グループを卒業したとたんそのアイドルを追いかけるファン」に近いのかもしれない。
 ソロデビュー後もしばらく彼を追いかけていたのは、「いつか再結成するかもしれない」という期待を持っていたからだった。
 
 それが叶わなくなった今、気持ちが離れてしまった。
 それからは、数年に1回、気が向いたときにネットで「今どうしてるんだろう」と名前を検索するくらいになった。
 ちょうど今年が、その「数年に1回」のタイミングだったのだ。
 
「なあなあ、その人、Twitterとかしてるん?」
 ヒロコが鞄からスマホを取り出す。
「ああ、してるよ」
 TwitterのIDを教える。
「オッケー、ありがとー」
 ヒロコは慣れた手付きで、スマホに乗せた指をサッとスライドさせる。
「あ、あったあった。……えっ? フォロワー二桁? 引くわぁ。私の方がフォロワーおるし」
「ああ……何回かTwitterアカウント変えてみたいで。把握しただけで3回。最初のアカウントはさすがに数百人おったんやで」
 
 mixi、Twitter、Facebook。
 彼はソロになってから、アカウントを開設しては、閉鎖するということを繰り返していた。
 音楽活動も、復活したり、引退したりを何度かしている。
 
 2ちゃんねる(今は5ちゃんねると言うのだろうか)では、アンチがいろいろなことを書いていた。
「現地妻がいる」
「隠し子がいる」
「ヒモをしている」
「ホストをやっている」
 とにかく、散々な言われようだった。
 どこまでが本当かわからないが、どのバンドもそれくらいは噂されているのかもしれないが、そういった「アンチ」が嫌がらせをして、アカウント閉鎖に追い込んだのかもしれないとは想像できた。
 そして、そういう書き込みを読んでも、「まあ、そういうこともあるかもね」と思うくらいには、私の気持ちは落ち着いていた。
 
 それからいくつかの他愛ない話をしたあと、待ち合わせの場所を決めてその日は別れた。
 
 
 そして1ヶ月後。
 ライブ当日。
 
 高校のときは、ライブの当日までワクワクして待ちきれなくて、勉強も手につかなくて。
 録画したTV番組の映像を何度もリピートしながら、早く早く! と心の中で叫んでいた。
 
 でもこの日電車に乗り込んだときの私の心境は、
「仕事を放ったらかしにしちゃった。明日頑張れば間に合うかなぁ」
 という、冷めたものだった。
 もしヒロコと約束していなかったら、仕事を優先し、ライブには行かなかったかもしれない。
  
 河原町でヒロコと待ち合わせる。
 そしてスマートフォンのナビを頼りに、ライブハウスへ。
「あの前を歩いている女の人さ、もしかしたら同じライブハウスに行くのかな?」
「そうかもね」
 そんな会話をしながら歩く。
 
 しかし、その女の人は、さっさと別の道へ曲がってしまった。
 
 そしてたどり着いたライブハウス。
 入り口には小さなホワイトボード。
 そこには黒いマジックで、名前、開演時間、開場時間、チケット代といった必要最低限の情報だけが、お世辞にも綺麗とは言えない字で殴り書きされている。
 嫌な予感がした。
 ヒロコの顔を見ると、彼女の顔も少し引きつっている。
「これ、本人の字かなぁ……」
「さ、さあ……わかんない」
「とりあえず、いこっか」
「う、うん」
 
 地下に向かう階段をゆっくりと降り、ギイ……と思いドアを開ける。
 
「うっ……」
 
 眼の前の光景に、二人して言葉を失う。
 薄暗い店内、定員50人くらいの会場。並べられた20脚そこそこの椅子。
 
 そして会場には、10人もお客さんがいなかった。
 
「開演時間、7時半やったよね? もう始まるよね」
「そうやね……」
 
 正直、ここまで少ないとは想像していなかった。
 百人とは言わないが、さすがに数十人はいるかなと思っていた。
 趣味でバンドをやっている友人のライブに足を運んだことは何度かあるが、彼らの方がずっと客の入りはよかった。
 
 20年前は、2000人くらいのホールをソールドアウトするくらいには、人気があったんやで!
 そう、横にいたヒロコに叫びたかった。
 彼らは一体、どこにいってしまったのだろう……。
 
 きっとSNSを何度かリセットするうちに、ファンが減ってしまったんだろう……。
 今回の私みたいに、ちょうどタイミングよく彼の名前で検索しようとしなければ、ライブの存在自体に気づかないだろう。
 
 本当はこのショックをヒロコと共有したかったが、周りにファンもいるので、さすがにはばかられた。
 
 しばらくして、再度ガチャっという扉の開く音がした。
 
 白いシャツをまとった中年の男性が、後ろからカウンターに沿ってスタスタと歩いてくる。
 椅子に座り、ギターをジャーンと何度か鳴らす。
 会場のBGMが一瞬大きくなり、また小さくなりフェードアウトする。
 ぱっと、ステージの照明がついた。
 
「今日は雨で、足元が悪い中、来てくれてありがとうございます」
 
 あ、てっきり、サウンドチェックをするスタッフだと思っていた……。
 それくらい、申し訳ないが、華というかオーラがなかった。
 
 キャーと黄色い歓声を上げる人はいない。
 そのかわりに、パラパラと静かな拍手。
 
 彼はおもむろに、アコースティックギターをかき鳴らす。
 そして弾き語りで歌い始めた。
 
 その曲は、20年前に毎日のように聴いていた、大好きな曲のひとつだった。
 しかし私は、不覚にも、歌い始めるまでその曲に気づかなかった。
 エレキギター、ベース、ドラム。バンドサウンドの印象しかなかったからだ。
 アコースティックギターで弾き語れるように、アレンジされていた。
 
 20年前、憧れ、焦がれていた人が目の前で歌っている。
 小さな小さな豆粒ではない。
 指も、服の柄も、服のシワも、そして顔のシワも、はっきりと見える位置に彼がいる。
 
 でも、正直、実感がわかなかった。
 
 私の知っている彼は、大きなホールで、たくさんのスポットライトを浴び、たくさんの声援に囲まれて歌っていたんだ。
 
 もしかしたら、顔と声が似ているそっくりさんかもしれない、とすら思い始めていた。
 
 しかし、1曲歌い終わったあとのトークで、「本人だ」と確信した。
 
「久しぶりの京都です。俺が大学の頃と町並みがすっかり変わって驚いています……このライブハウスのマスターと俺は、なんと出身大学が同じなんですよ。マスターが工学部で、僕が法学部」
 
 そして挙げた大学名と学部。
 京都にある難関大学出身だということは、インタビューを読んで私もよく知っていた。
 高校3年のはじめに受けた模試で、その大学の名前を書き、見事にE判定を食らった苦い思い出が蘇る。
 そっくりさんなら、こんな話はしないだろう。
 
「ほぼ大学卒業と同時にデビューしたんですよね。レコーディングと、「これを受けないと留年」という試験が重なって、大変でした。もしかしたら、あのときちゃんと就職しとけばよかったかもね。でもバンドで売れてやるって思ったんですよ」
 
 その人はそういってハハッと笑うが、私は笑う気持ちになれない。
 過去形なのが、悲しい。
 そういう話を聞きに、わざわざ京都に来たわけではない。
 
「次は、俺らは売れると思って出したんですけど、あんまり売れなかった曲をやります」
 
 はいはい、知ってるよ! あの曲だよね!
 でも本人の口から改めて聞きたくはなかったよ!
 
「あのな、この人な、昔からあんまりトークが得意ちゃうねん」
 ヒロコにこそっと耳打ちする。
「そうみたいやなぁ」
 呆れた声のヒロコ。
 
 そういえば、バンド時代のトークは、ほとんど亡くなったメンバーがやってたっけなぁ……。
 
 来たことを、後悔し始めていた。
 やはり、思い出は思い出のままで、とどめておくべきだったのかもしれない。
 記憶の中の、20代の、ビッグになるという野心に燃えていた、彼のままで。
 
 しかし、2曲目が終わったあと、彼はハッとすることを口にした。
 
「……あのとき、メンバーの一人が脱退を申し出て、解散するかしないか、朝方までずっと議論しました」
 彼の顔を見る。彼と目があった。
「俺はバンドを続けたかった。でもあいつが解散を決めた。俺たちの一人でも抜けたらバンドとして成立しないって。俺はそれを最終的に受け入れました。疲れていたし、それに解散しても、またいつか、みんなで集まれるって軽い気持ちで考えていまいた」
 彼は下を向いた。
 
「まさかその数年後に、あいつが死ぬなんて思わなかった……」
 
 肩を震わせる。もともと静かな会場だが、さらに静まり返る。
 
「バンド結成から20年。いろいろ考えて、決めました。あいつの魂と共に、歌っていこうって。賛否はあると思います。でも、あいつのメロディーを伝えていけるのは、俺しかいないんです」
 
 そうして彼は、次の曲を演奏し始めた。
 それは、そのバンドが注目された、きっかけの曲だった。
 その曲を聴きながら、考えていた。
 
 この人、こんなにギター弾けたっけ……?
 
 バンド時代も、全くギターを弾かないわけではなかった。
 自らアコースティックギターを抱え、ステージに立つ姿もよく目にした。
 しかし、彼の手の動きは、常に四拍子を規則正しく刻むだけの単調なものだった。
 
 しかし今は、違う。
 ただコードを刻むだけではなく、1音ずつ奏でたり、リズムの裏を取ったり。
 エレキギターがいなくても、ベースがいなくても、ドラムがいなくても。
 サポートしてくれるミュージシャンがいなくても。
 弾き語りだけで曲が成立するように、アレンジされているのだ。
 
 もちろん、プロのギタリストとは比べるべくもない。
 でも、少しギターをかじった人ならわかると思う。弾きながら歌うことの難しさを。
  
 最初にTwitterで、彼がバンド時代の曲を歌うために復帰すると宣言したのを目にしたとき。
 申し訳ないけど、真っ先に「お金に困ってるのかな」という下世話な考えが浮かんだ。
 でも、お金のためもあるかもしれないけど、彼はしっかり弾き語り用にかつてのアレンジし、練習しているのだ。
 私はよくわからないけど、自分がライブで歌っても問題ないように、著作権の手続きもしたらしい。
 
 それに、このライブハウスのレンタル料は3万円。
 そして、チケットは3千円。
 つまり、赤字なのである……。
 
 その後も、驚くことがあった。
 1時間後、彼は
「すみません、このライブは2部制にします。ちょっと体力がもたなくて……」
 と控室に引っ込み、10分間の休憩を挟んだ。
 2時間のライブで2部制なんて、聞いたこともない。
 
 しかし確かに、いっとき引退もしていたアラフィフのおじさんが2時間通して歌い続けるというのは、確かに大変だろう。
 そういえば、曲と曲の間に必ず喋っている。しかもちょっと長め。
 普通のバンドのライブだと、ドラムやギターのソロの時間があって、その合間にヴォーカルは休憩を取る。
 しかし、彼は今、たった一人で歌っているのだ。
 
 そして開演から2時間後、最後の曲を歌い終わり、彼は力強く言った。
 
「次は9月、また京都に帰ってきます」
 
 よかった、と心から思った。
 活動を続けていれば、きっと足が遠のいていたかつてのファンも、気づくだろう。
 大変だと思うが、歌い続けてほしい。そう願った。
 
 帰りの電車の中で、ヒロコは
「ちょっとびっくりしたけど……でも良かったよ。声が変わってないよね。昔のまま。すごいなって思うよ」
 と、感想を述べた。
 
「あ、ほら見て牧ちゃん。さっそくつぶやきに「いいね」してもらえたよ」
 ヒロコがスマホを見せる。
 ヒロコはいつの間にか、「京都でライブでした! 来てくださったみなさま、ありがとうございました」という彼のつぶやきに感想を返信していた。早い。
 そしてその下のハートマークの横に、「1」とある。
 私も感想をツイートした。数分後、持っていたスマホに彼が「いいね」しましたと通知が来た。
 
 彼のフォロワーは、3桁を超えていた。
 
「9月のライブも行こっか」
 別れ際、そう言ってヒロコは笑った。
 
 20年前の私へ。
 20年後には、憧れていた彼の間近でライブが見れて、声を聴けるんだよ。
 そして感想のメッセージを言って、反応がもらえるんだよ。
 
 もし、青春時代に好きなアーティストやバンドがいて、しばらく
 今どうしてるかなって、検索してみてほしい。
 もしかしたら、当時は手の届かなかったその人を、ぐっと近くに感じることができるかもしれない。
 
***

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