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メディアグランプリ

未曾有の状況でも、これだけは必ず持ち出すこと


*この記事は、「ライティング・ゼミ」にご参加のお客様に書いていただいたものです。

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記事:高林忠正(ライティング・ゼミ日曜コース)
 
 
「緊急のとき、これだけは必ず持ち出すこと」
百貨店に入社した私は、先輩からいきなり言われた。
天災や人災を問わず、未曾有の事態や予想もつかない状況のとき、
結果として店舗から逃げなければならないとき、他のものはともかく、「これだけは持って出る」というルールがあった。
 
百貨店の店頭は、品物であふれている。
いざというとき、品物を持って出るには限りがある。
高価な品物ということで、たとえばダイヤモンドの指輪であっても、ポケットに入るのはせいぜい数十個だ。
 
持ち出すものは、品物ではなかった。お金でもなかった。
 
最初、私はその意味がわからなかった。
初めて聞いたとき、「なんで?」と思った。ワケがわからなかった。
 
極端な話、百貨店生活で「命の次に大事なもの」とは?
 
それは、お客さまからお預かりした品物のリスト、いわゆる「台帳」だった。
  
私が勤務していた百貨店は江戸時代の呉服商が発祥である。
入社した年は、呉服商時代から数えて創業306年目だった。
創業時、江戸の呉服商として後発だったため、大名や豪商に売掛による「呉服のあつらえ」では勝負にならなかった。
そのため、江戸の庶民をターゲットに始めたビジネスが、現金による反物の切り売り販売だった。今日のキャッシュフロー経営のさきがけだった。江戸時代のアントレプレナーとも言われた。
 
現代であっても、江戸時代から大切に受け継がれてきたルールがいくつもあった。
 
それらは、「伝統」といえば聞こえはいいが、まるで徒弟制度のなかの「掟(おきて)」のようなものだった。
 
その一つが、お客さまからお預かりした品物に対するものだった。
百貨店では、指輪やネックレスのような宝飾品、ハンドバッグなどの服飾雑貨の品、あるいは家具であっても、お使いになっている間には修理が必要になることがある。
アパレルであったなら、ジャケットの袖の長さや、ズボンの裾(すそ)の調整、ボタンかけなどの直しが発生するものである。
不具合を感じたお客さまは、お買いになられた店舗に、「なんとかならないか?」という意味を込めてご来店される。お客さまとしては、買った当時とまでいかなくても、期待を持っていらっしゃるのである。
 
20代前半の私は、お客さまの気持ちに寄り添えなかった。
お客さまが修理などで品物をお持ちになる品は新しいものばかりではなかった。
その都度、「こんなもの(品物)、修理するのかよ」という心の声が沸き起こってきた。
今から思うと、そのときの自分は感情が顔に出てしまったのではなかったかと思う。
 
仕事の流れは次のようなものだ。
修理などでお客さまからお預かりする際、お客さまに、お名前、ご住所、連絡先の電話番号を、2枚綴りの専用のフォームにお書きいただく。
 
次に、店頭の販売員は、そのフォームに品物名を書く。
 
三番目に、販売員は、お預かりの理由を書く。
修理の場合は、修理に要する期間を書いて、コストが発生する場合は、お客さまに後日連絡することの許可をいただく。
 
最終的に、お客さまにはカーボンになっている「お預かりの控え」を手渡す。
 
その後、お客さまがお帰りになったあと、専用フォームに記載された内容を「お預かりした品物専用の台帳(通称、先地台帳)に起票して、上司からの承認をもらうのである。
 
ただし、承認の段階で、お預かりの理由や書類に不備があった場合は、上司から厳しく叱責された。
 
紳士服の販売を担当していたときだった。
その日は、お客さまから袖の直しとボタンかけの依頼を受けた。
私は専用フォームの品名欄には「紳士服 紺色スーツ」と書いただけだった。
当然のことながら台帳には、「紺色スーツ」とだけ書いて、上司の承認を受けようとした。
 
上司は言った。
「紺色スーツだけだったらわからないだろ。品物の内容を詳しく書くんだよ」
 
「何があるかわからないだろ、メーカー名と品物についているタグに書かれた商品番号も必ず書くクセをつけろよ」
 
「お客さまとのお約束である以上、具体的にいつまでお預かりするかを必ず書けよ」
 
そのときの指摘はお説教にしか聞こえなかった。
はっきり言って面倒だと思った。自分自身、内容について詳細を書くことは得意ではなかった。
上司の説明を聞きながら、入った会社を間違えてしまったと思った。
 
お預かりした品物は、販売する商品とは別のものである。
万が一、間違って販売しようものなら大変なことである。
さらに紛失などあってはならないことである。
お預かりの品物の保管と、台帳管理は徹底されていた。
 
百貨店では、「いらっしゃいませ」に代表されるように、表の部分しか見えない。
しかし、ウラに隠れているチェック機能こそ、伝統の真骨頂だった。
できる上司ほど、この面倒で煩雑な管理を徹底していた。
 
「表に現れる実績や成果は、ウラの管理がしっかりしてのもの」
後に、ゼロから海外店舗を立ち上げることになる上司は言っていた。
その上司が異動後、気がつくと、同じ言葉を後輩たちに言っている自分がいた。
 
お客さまからお預かりした品物は、直接的な収益や売上高につながらない。
それらは、もともとがお客さまの資産である。
私たちにとってみれば、お客さまの資産をお預かりして、修理やお直しなど、しかるべき手を加えて、お客さまにお返しするものなのである。
要は信用に関わる問題なのだ。
 
私にとっての百貨店生活は、無意識のうちに表とウラを認識していた。
具体的には、店頭や営業の場でのお客さまのご満足のために、舞台裏での準備と管理を常に意識することになった28年間ともいえる。
「信用とは1日にして成らぬ」ことを教えられた日々だった。

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2018-07-18 | Posted in メディアグランプリ, 記事

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