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プロフェッショナル・ゼミ

「ありえたかもしれない恋」のつづき《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:まりは(プロフェッショナル・ゼミ)
 
「7月の3連休、空いてるー? 久しぶりに大阪に行くんだけど、ごはんでもどう?」
6月下旬、2年近く会っていない「ありえたかもしれない恋」の相手に久しぶりにラインを送った。
送ってから一日半ほど経ってようやく返信がきたが、「予定が見えたら連絡します」というそっけないものだった。
あれから予定は「見えない」らしく、その後の連絡は未だに来ない。
今日は金曜日の夜。大阪行きは、明日の朝だ。
 
仕事の都合で大阪には4年半ほど暮らしていた。
北海道で育ち、大学を東京で過ごしたわたしは関西に縁もゆかりもなく、恥ずかしい話、大阪に引っ越すまで京都・兵庫以外の関西の地理がわからず、滋賀や和歌山がどこにあるのか知らなかった。
職場の人たちはすごく親切にしてくれたのだが、ハキハキした口調の関西弁にいつまでも慣れなかった。慣れない土地の慣れない仕事ということもあり、赴任当初からストレスがかなり溜まった。頼れる友達もとくになく、学生時代から付き合っていた彼氏とも遠距離恋愛になり、わたしはとにかくさみしくて仕方なかった。
 
さみしがるわたしを見かねて職場の同期は「大阪で友達を作ればいいやんか!」とアドバイスをくれた。そのアドバイスはまったくもって正しいのだが、わたしはそのアドバイス通りにうまく友達を作ることができなかった。
人見知りな性格というのもあるが、わたしが「どうせ大阪には数年しかいないし……」と見切っていたのが一番の原因だった。友達なんて作ったって、離れたときにさみしいだけじゃん。そうおこがましくも思っていた。
 
東京にいる彼氏に電話で愚痴を言うのは気がひける。
同期と飲みにいくことはあっても、最近はあまり付き合ってくれなくなった。
軽〜く一杯ビールを飲みながら、ちょっとしたストレスを発散したい。
気楽にだれかと話がしたい。
ただそれだけなんだよなぁ~。
 
そんなことを思っていたって、さみしさは薄れない。
どうしたものか……と悩んでいた時に出会ったのが、後輩の森下だった。
 
森下は一年下の後輩だが、浪人していたので年齢は同い年だった。
身長は170センチくらい。かなり細身で、色黒。顔は俳優の松田翔太のようなエキゾチックな目元をしている。
第一印象は「細い子だなぁ」というなんともないものだが、同じ部署に配属されてからは仕事のやりとりをすることが増え、ある日の残業帰りに近くの居酒屋で飲みに行ったときに一気に話が弾んだ。
 
普段はおとなしいタイプの森下だが、お酒が入ると饒舌になった。
仕事のことだけでなく、プライベートなことも少しだけ話してくれた。
本当は公務員を目指していたことや、趣味はスケートボードで、今でもたまに公園で滑っていることなど。
 
わたしも適度にあいづちを打ちながら、自分の話を聞いてもらった。
同い年だからか、共通の話題も多い。ビールを飲みながらわたしたちはすっかり意気投合した。
そうそう、わたしが欲しかったのはこれ! と思った。
相手は男だけれど、職場だし、そこまで込み入った関係にもならないだろう。
わたしはそうタカをくくっていた。
 
それからわたしはこれまでのさみしさを埋めるかのように、事あるごとに森下を誘った。
森下は生粋の大阪人で、大阪に友人もたくさんいる。断られることもあったがたいていは誘いに付き合ってくれ、他愛ない話でビールを飲んで盛り上がった。
 
わたしと森下の家が近所だったのも大きかった。電車で二駅しか離れておらず、残業で終電を逃しては深夜タクシーに相乗りした。森下は車を持っていたため、仕事で接待ゴルフが必要になった時には練習のために近くの打ちっぱなしに車で連れて行ってもらったり、週末にゴルフコースをまわったりした。
 
そのときは彼氏よりも森下と会っていた時間が圧倒的に多かった。
タカをくくっていたわたしの気持ちが少しずつ変わっていくのを、自分でもうっすらと感じていた。
 
「森下って、細身だけど、意外と筋肉あるんだよな……」
「タイプじゃないけど、よく見たらカッコいいかも……」
 
無意識のうちにこんなことを考えている自分に気づき、罪悪感が猛烈に湧き上がった。
わたしは彼氏との結婚を考えていたのだが、転勤で結婚話は保留になっていた。異動希望は毎年上司に伝えていたが、「ちょっと今年は難しいから、また来年……」とはぐらかされていた。
 
たった数年だけだから大丈夫、と言ってうなずきあったわたしたちの固い決意はどこに行ったんだ。
いや、「わたしたち」じゃない。わたしだけの問題だ。
遠距離恋愛は想像以上に孤独だった。そしてわたしは思った以上に孤独に耐えられなかったのだ。
 
一方の森下は、彼女ができたり別れたりを繰り返していた。
学生時代に猛烈に好きになった相手に振られて以来、誰かに夢中になることができなくなったと言っていた。
そばで聞いていたわたしはふぅん、と言いながら、とても自分勝手なことを考えていた。
わたしが東京に戻るまで、しばらくそのままでいてほしいな。
森下に特定の彼女がいない、という事実はわたしにとってすごく好都合だったからだ。
 
わたしは森下のことを、気軽に飲めるビールのように扱っていた。
ビールはアルコール度数も少なく、のどごしが良い。そしてこの気軽さが、わたしを楽にさせてくれる。
そして森下も、わたしのことをうっとうしがらずに飲みに付き合ってくれる。たまに向こうから誘ってくることもあり、向こうも好意的に思ってくれているのだろうな、とうぬぼれた。
 
ビールを飲みすぎて酔っ払ったときには、わたしはさらによこしまな考えにふけった。
 
「森下が彼氏だったら、この車でいろんなところに連れて行ってもらえそうだな」
「スケートボードが得意なら、きっとスノーボードもできるだろうな。スノーボードなら一緒にできるかもしれない」
 
酔いが覚めたときの罪悪感は、これまでの比ではない。
なんてことを考えてしまったんだ、わたしは!! と猛省して気を引き締めるのだが、またしばらくするとよこしまな妄想がむくむくと頭の中に湧き上がるのだった。
 
それ以来、森下と会うと、ほろ酔いの幸福感と罪悪感の両方が同時に襲ってきた。
 
お酒はほどほどに、が鉄則だ。
だが、それができていない。
気づけば大阪に赴任して4年経っていた。仕事に慣れるとハードルがどんどん上がり、ストレスも比例して増えた。
入社したときは週末くらいしかお酒を飲んでいなかったのに、いつのまにか毎日のように飲酒する習慣がついていた。
森下への依存度も、どんどん増していった。
コントロールが、次第に効かなくなっているのを感じた。
 
どうしよう。
このままでは取り返しのつかないことになる……。
そう思いながら過ごしていた矢先にようやく東京異動の内示が出て、わたしは大阪から東京に引っ越した。
それが今から2年前のことだ。
 
東京に異動すると同時に、遠距離恋愛をしていた彼氏と一緒に暮らし始めた。
これまで月に一度しか会えなかった反動から、彼との生活に夢中になり、森下のことを思い出すこともほぼなくなっていった。
 
あのときの「ありえたかもしれない恋」は、ビールからウイスキーのようなものに変わっていったんだなぁ、と思っていた。
テレビで松田翔太を見かけたときに、ふと思い出す程度。
少し胸が高鳴るだけ。
ウイスキーのようにちびちび飲んで、あの頃の思い出に一瞬だけ浸る。
そしてわたしはあのまま深みにハマらなくて良かった、と心から安堵していた。
 
しかし東京に引っ越して2年経ち、東京生活にすっかり慣れると急に大阪が懐かしく思えてきた。
孤独で、仕事もしんどくて、ストレスで追い込まれていた地・大阪。
わたしはいつまでもそんなネガティブな思いを抱えたままで本当に良いのだろうか。
できれば、大阪も「良いところだった!」と手放しで言いたい。しかし思い出すのはネガティブなことばかり。
わたしはそれを払拭したいと思い、7月の連休に大阪に行くことに決めた。
 
ホテルと新幹線の予約をし、大阪の同期に連絡を取り、飲み会の予定を立てる。
2年ぶりの同期との再会。大阪の仕事の話も気になるし、同期の結婚話も聞きたいなぁ。
心が踊った。仕事では辛いことが多かったが、苦楽を共にした仲間がいるのは唯一の救いだった。
 
同期と連絡を取りながら、ずっと森下のことが頭をよぎっていた。
森下に連絡をとろうか、どうしようか……。
 
あの頃はたまたま家が近かったから飲みに誘っていただけで、わざわざ大阪に行く! と連絡して会うこともないのではないか。
向こうは向こうでいろいろと忙しいかもしれないし。彼女できてそれどころではないかもしれないし……。
 
そう思いながらも、わたしの手は森下のラインを検索していた。
そして誘いのラインを送り、そっけない返信がきたとき、わたしはものすごく後悔した。
 
あーーーーー。やっちまったー。
わたしは自分の都合の良いように自分を納得させて、森下にラインを送ってしまった。
森下に会って、どうしたかったんだ、わたしは。
「ありえたかもしれない恋」を、もう一度やりたかったのか?
いや、ただ懐かしくなって、お互いの近況報告ができればいいなぁと思って送ったまでだ。
いや、それは嘘だ。
わたしはあわよくばもういちど「ありえたかもしれない恋」を味わいたかったのだ。
 
「ありえたかもしれない恋」がそのままで残っているかも、とわたしは都合よく期待してしまった。
時は過ぎたのだ。
時が過ぎれば、環境なり人間関係なり、どうしたって変わる。わたしにも彼にもいろんな出会いがあり、それぞれ年を重ねたことで、考えていることも変わる。
 
どうしてわたしは森下も「会いたい」と思っているのではないか、とうぬぼれてしまったのだろうか。
大阪にいた時に、仲良くなりすぎてしまったからか。
車の中の距離が、近過ぎたからか。
 
わたしは「ありえたかもしれない恋」はビールになり、ウイスキーになり、そしてワインのように熟成されてより美味しくなる、と勘違いしてしまった。
「ありえたかもしれない恋」のアルコールはすっかり抜けて、味気ない飲み物に変わったのだ。
 
「ありえたかもしれない恋」のつづきなんて、あるはずがないのだ。
 
あーーーーー。とふたたび悶絶する。
一瞬だけ、なんだよ「予定が見えたら」って! と森下を恨む。
恨んですぐに、いやいや、森下にも森下の人生があるだろうよ……ていうか、自分勝手すぎるだろ……と自己嫌悪に陥る。
 
わたしは、森下にそっけない態度をとられてようやく気がついた。
過去の思い出に浸ったままではいけないと。
過去にとらわれてばかりでは、前に進めない。
 
わたしは「自分は弱くて不器用だ」という現実から目を背けて生きてきたのだと思う。
ひとりになると、さみしさに耐えられない弱さとまわりに頼れない不器用さを身に染みて感じてしまうから、とりあえずビールを飲んで、ビールのような「ありえたかもしれない恋」に酔ってひたすらごまかしていたのだと思う。
わたしは現実を受け入れるべきだった。
自分の弱さと不器用さにきちんと向き合うべきだった。
そうすれば、「ありえたかもしれない恋」なんて危なっかしいものに、ここまで執着しなかったのではないかと思うのだ。
 
そもそもわたしはこのことにもっと罪悪感を覚えるべきだ。
彼との交際はいまでも続き、今年で交際10年になろうとしている。
わたしのよこしまな思いは交際10年への慢心に他ならない。どんなしっぺ返しがくるかわからないのだから、もっと罪悪感を持って、彼を大事にしないといけない。
 
今回のことは、わたしにとってすごく教訓になった。
「ありえたかもしれない恋」だなんて、若かったわね! と早く笑えるようになりたい。
そしてできることなら、森下の幸せを心から祝福できる人になりたい。
 
とは言え予定は変更せず、明日わたしは2年ぶりに大阪へ行く。
森下に会えないのは少し残念だけれど、いまではそれで良かったのだ、と思えるくらいに切り替えができている。
きっと「ありえたかもしれない恋」の酔いが、どんどん覚めてきているのだろう。
もう、時は過ぎたのだ。
 
明日はどんな気持ちで大阪の景色を見られるだろうか。
弱い自分を受け入れて、少しずつ前進していけたら良いなと思う。
 
***

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