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プロフェッショナル・ゼミ

これが家族へつながる切符《プロフェッショナル・ゼミ》


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記事:永井聖司(プロフェッショナル・ゼミ)
 
 
パン! パンパパンッ!!
それは確か、僕が小学校低学年の時のことだった。庭で1人砂遊びをしていたら背後から銃声がして、僕はビックリして立ち上がった。
「ハハハッ!」
「驚いてる驚いてる!」
振り返った先にあったのは自分の家で、声はその上の方から振ってきた。
7歳離れた、当時中学生の兄と、その友達の、今や教師となったアキちゃんだ。二階の兄の部屋の窓際に立った二人の手には黒いエアガンが握られていて、その銃口が間違いなく、僕の方に向けられていた。
距離にして十数メートル。当たったところで大した怪我にはならないだろうけれど、まだ幼い僕に、そんなことなどわかるはずもない。
戸惑う僕と目が合った二人の顔にニヤァ、とイヤらしい笑みが浮かぶ。無邪気で邪悪な、ハンターの目だった。
パパパパパパパッ!!!
そして引き金が引かれれば銃声が鳴り響き、僕は頭を手で抱え、ハンターに背を向けて無茶苦茶に庭の中を逃げ回った。
「ハハハ!!」
「逃げてる逃げてる!!」
逃げ回る獲物の姿を笑う悪魔の声が降ってくることだけが記憶に残り、弾が命中したかどうかは、まるで覚えていない。
僕にとっての悪魔であり王でもある兄との、最大級にイヤな記憶の1つ。
 
どうしてこんなことを、そのセリフを聞いた瞬間に思い出したのか、僕自身、とても不思議だった。
スクリーンの中で叫ぶ母親のセリフが、とてもずっしりと重く、心に響いた。
7歳上の兄と6歳上の姉のいる末っ子の僕は、両親からそんなことを言われたことはないし、言われるはずもない。
それでも何故か、兄との記憶が、大嫌いだった兄との記憶が、蘇ってきた。
 
兄は、我が家にとっての王様だった。昔から身長も大きく顔も怖く、姉と僕は、逆らおうと思ったこともないまま、当然のごとく兄の召使いとなっていた。
「新聞」「リモコン」と、兄が横になった状態で言えば半ば条件反射のように体が動いてその手元にお望みの品をお届けする。チャンネル権は当然のごとく兄のものであり、一家団欒の夕食となっても兄が一度席につけば動くことはなく、姉や僕や母の手によって箸やらおかずやらごはんやらが並べられ、王様の夕食は開始される。
そして時に召使いは、王様の戯れにも巻き込まれることとなる。
 
「聖司、少しやるか?」
とある休日。ボケッと横になってテレビを見ていた僕の前に、王様がいきなり何かを差し出した。高校生になって身長が180センチを突破した兄は、寝転がっている僕からすればただの巨人にしか見えない。
そんな、魔王のようにも感じられる姿から差し出されたのは、赤いボクシンググローブだった。兄は、高校生になってボクシングを始め、最終的にはインターハイにも出場した実力の持ち主だった。
言葉の意味は、すぐにわかった。ボクシングで少し遊んでやる、という意味だ。
でも、僕はただただ混乱した。そもそも、兄と2人でまともに遊んだ記憶すら無いのだ。それまでも、バドミントンや庭の砂遊びなど、遊んでくれたのは姉ばかりで、兄とそんなことをした記憶はない。なのにいきなり一体、どういう風の吹き回しなのだろう。それでも召使いの僕に断る権利などあるわけもなく、そして同時に、王子様に見初められた少女のように、遊んでくれた記憶すら無い兄が遊んでくれることへの喜びも、なかったわけではない。戸惑い、照れながら兄と2人庭に出て、ガードする兄に向かってパンチを打ち込む。
「お、良いね良いね〜」
なんて、普段王様から掛けられることのない優しい言葉が降ってくれば僕は調子に乗り、リズムに乗ってパンチを打ち込む。そしてその時間がどれぐらい経ったかわからない、兄と僕の周りに今まで見たこともないお花畑が見え始めた頃、その幻想は無残にも、文字通り一撃で打ち砕かれた。
「フッ」
兄が小さく息を含んだような声がした後、ドフッ! と、僕のみぞおちに衝撃が叩き込まれたのだ。
「ゲハッ!」
アニメでしか聞いたことのないような変な声が僕の口から漏れて、体中に緊急指令が出される。危険危険。すぐに兄から離れないと危険。危険危険危険! そして逃げるように兄から距離を取れば立っていられず、僕はヘナヘナと地面にしゃがみこんだ。
重くて、痛い。感じたことのない痛みが胸の中心にあって、息が上手く吸えないような感覚になる。高校生と小学生の対決であり、兄が本気を出していないのは明白だった。それでも、痛かった。こうなることを想像していなかったわけはないはずだけど、想像していたものの数十倍、痛かった。
「クッ、ハハハ……!」
そしてそんな僕の頭上からやはり、王様の笑いが降ってきた。エアガンを撃ってきた時よりも随分落ち着いた笑いにはなったけれどそれでもやはり、邪悪さは変わらない。
やっぱり悪魔だ……。
先ほどの甘い言葉で騙されかけたけれど、兄への認識を、僕は再度改め直した。
こんな悪魔と、同じようになってはいけない。
兄のしていることは、良くないことだ。兄と逆方向の道に、僕はいかなければいけない。
そんな思いにとりつかれた僕は自然と、兄を反面教師にしてその後の人生を歩み始めた。
 
サッカー、ボクシングとスポーツで活躍をした兄とは正反対に、中学生から大学まで、演劇を続けた。私立の高校・大学へと進んだ兄と、公立の高校・大学へと進んだ僕。母親が学校に呼び出しを受けた兄とは違い、真面目な学生生活を送った僕。大学卒業後に数年間フリーターをしていた兄と、大学卒業後すぐに就職をした僕。モテモテだった兄とは違い、モテない人生を送った……。などなど、僕の人生を振り返ってみれば、自分自身驚くほど多くの決断や選択が、兄との比較によって決められてきたのだ。
それぐらい僕は兄のことを忌み嫌い、同時に、強烈に羨ましがっていた。
家の中で王のように振る舞い、姉や僕をアゴで使うことが、羨ましかった。そしてそんな地位を家の中で確立し、わがままを許されている兄はそれだけ、両親からも愛されているように僕には感じていた。そう思ったきっかけは多分、家の中で見つけた、アルバムだった。
いつのことだったか、家の中で10冊近くあったアルバムを見つけた僕はその中に、見たことのない兄や両親、姉の姿があるのを見つけた。兄の小さい頃の姿、卒園式、小学校の入学式、卒業式、中学校の入学式などなど、ここまで写真って残っているものなのか? と思うぐらいの量と種類のアルバムが残されていたのを、不思議と僕は覚えている。対して僕のアルバムはと思って探してみれば、当時両親の仕事が忙しくてアルバムの整理がされていなかったこと、そしてそもそも末っ子の宿命と言おうか、残されている写真の点数自体が少ないせいで、2冊ぐらいしかなかったのだ。その数の差が強烈に悔しく悲しかったことを、今でも僕は、覚えている。
そしてそのことがきっと、後々僕が兄とは正反対の人生を選んでいくきっかけになっている。
兄のほうが沢山愛されていて、僕の方が愛されていない。その愛情の差を、まざまざと見せつけられた、そう思っていた。
 
でも、そうではないのかもしれない。僕は大きな勘違いをしていたのかもしれないと、僕はその瞬間に思った。
 
「もう! お兄ちゃんなんだから、もっと優しくてしてあげて!」
 
スクリーンの中で、母親が叫んでいた。
怒られた男の子、くんちゃんは、妹に振り下ろそうとしていた新幹線を持った手をビクリと止め、大声で泣きわめき始めた。生まれたばかりの赤ちゃんにばかり両親の目と手がいき、自分に愛情が注がれなくなったことへの我慢が、爆発した瞬間だった。
愛らしい子どもの絶叫が描かれたアニメーションに僕は少し笑うと同時に、その何十倍も悲しく感じていた。
 
もしかしたら兄も、こんな気持ちを抱いていたのかもしれないという思いが、強烈に僕の中に押し寄せてきた。
映画の中の兄弟、くんちゃんと未来ちゃんの年齢は、兄と僕の年齢と、そう変わらないはずだ。そして兄が、この作品の中のくんちゃんと同じ気持ちを抱いていたかもしれない可能性を、今まで微塵も考えてこなかった自分自身のことに気付けば強烈に恥ずかしく、同時に悲しかった。
 
そして不意に、姉が言った言葉を思い出す。
「聖司が1番、甘やかされて育ってるよねぇ」
何を言っているんだろうと、言われた時は思っていた。兄も姉も大学の関係で家を離れ、家に残ったのは僕一人になっていたとある日、帰省してきた姉の言葉だった。確かに邪魔な兄も姉もいなくなり、僕に自由がもたらされた。しかしだからと言って、両親の愛情を一心に受けられたかと言われればそうでもない。仕事が忙しかった両親と顔を合わすのは食事の時と休みの日に少しぐらいで、僕はいわゆる鍵っ子に近い状態になっていた。両親と3人で泊りがけの旅行、なんてことも、兄と姉が家を離れてからの6年間では皆無。半日かそこらの小旅行でさえ、片手分あったかどうかも怪しいほどだ。
それに僕は知っている。アルバムの中に、僕が生まれる前に、家族でディズニーランドに言った写真があったことを。
それなのに甘やかされているとは、どこをどういう風に見たらそう言えるのだろう。3人兄弟の中で一番両親の愛情を受け取ったのは間違いなく、兄じゃないか! 姉の言葉を聞きつつその場にいない兄への恨みを、僕は増幅させていた。
でももしかしたら、姉の言ったことは正しかったのかもしれないと、映画を見ながら僕は思えるようになっていた。
僕が、色々と我慢をしてきたのだと思うのと同じぐらい、もしかしたらそれよりもずっと多くの我慢を、兄はしてきたのかもしれない。僕が兄を羨ましく思っていたように、兄も僕のことを、羨ましく思っていたのかもしれない。もしも機会があったら聞いてみよう、兄に。
 
兄にエアガンで撃たれたこと、兄のパンチがみぞおちに叩き込まれたこと。そんなことは、僕の記憶のどこかに閉まっていたはずなのに、映画『未来のミライ』を見ていたら不思議と、その記憶までのトンネルを掘られ、発掘されてしまったようだ。
『未来のミライ』は、僕と、僕の家族の記憶とを繋ぐ切符のような作品だった。
兄だけではない、姉についても両親についても、僕の知らないことは、いっぱいある。それらへと繋がる線路も、ぼんやりとだけど、見えてきた。その中の少しでも聞くことが出来たら、なにかが変わるのかもしれない。なにかもっといい方向に、僕の人生を導いてくれるのかもしれない。
そう、思った。
 
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